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- 2010年08月30日 11:13
大メディアの精神的貧困
筆者はこのブログで、「気分本位」ではなく「事実本位」でものごとを判断したいという思いを、おりにふれて書いてきた。もちろん、「事実」とは何かを問われれば、話はがぜん哲学的になり、簡単に答えは出ない。ここでいう「事実本位」とは、思い込みや、テレビの断片情報から受けるイメージなど、判断を歪めるさまざまな呪縛から自らを解き放ち、可能な限りさまざまな資料にあたって、すなおに解釈したい、ということである。



