記事
- 2015年09月07日 15:45
それぞれの創生期
こういう仕事をしているので一流の人の創生期を目撃することがある。最初に思い出すのはビートたけしさんである。デビュー当時は、無口で黙々と仕事をこなす人だった。そのうち「オレたちひょうきん族」や「天才・たけしの元気が出るテレビ」でお笑いの頂点に達した頃は、特番の打ち合わせの四谷三丁目の寿司屋でも迫力と緊張で私は一貫も握りが食べれなかった。そして1986年講談社のフライデー事件。
トピックス
ランキング
-
1
イソジンうがいで新型コロナの重症化予防という話はどうなったか追いかけてみた
-
2
ALPS処理水の海洋放出について
-
3
「都心に残るか、地方移住するか」堀江貴文がコロナ禍に辿り着いた最終結論
-
4
経産省と「幹部の過半数」に見切られた東芝・車谷社長「男子の本懐」
-
5
わきまえない人・森喜朗の晩節に政界が捧げる「忖度なきマイナス査定」 - 新潮社 フォーサイト
-
6
賃金水準がG7最下位に転落した日本 最大の理由は官僚や大企業経営者の「保身」
-
7
TBS「ラヴィット!」が成功するためのいくつかの提案
-
8
大阪のコロナ 病床 医療者が足りない もう自衛隊しかない?
-
9
トリチウムのキャラ化で、原発処理水の説明ページが公開休止に。次なる議論の焦点は、福島原発処理水の「特殊性」か
-
10
緊急事態宣言はやればやるほど効き目がなくなります