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2013年05月18日 20:02
Jacquesさん返信ありがとうございます。 反論ではないようですが、少し補足します。 絶対的な価値観は存在するのか、といえば存在しないと思います。 存在しても良いですが、取るに足りないことだろうと思います。 要は「わたし達が普遍的だと信じる価値観は何だ」ということです。 これが海外特にアメリカとの議論では重要だということです。 橋下氏の弱点は、価値相対説を「憲法論議」や「戦時下における性暴力」といった話題についても適用してしまうことだと思っています。 彼は憲法改正についても価値相対説を主張していますが、「お前には命がけで守る価値観はないのか」ということです。 仮に「創価学会を戴きに持つ仏の国日本」が「積み上げた功徳を基準に人権を付与する軍事国家」となった場合、抵抗しないのかということです。 わたしはこういった国になった場合、元の価値観(憲法)に戻す動きが合法的な革命と認められない場合、クーデターこそが正義だと思っています。 要は血なまぐさいリアリティを必要とする議論において「人それぞれ」といった論調は説得力がないということです。 慰安婦問題も同じことだと思います。 奴隷制度を廃止するのに戦争までした国と議論するのに「人それぞれ」で通用するわけがないのです。 「アメリカよお前らが沖縄でやってきた性暴力は正義か。あれは個々の軍人が悪いのだ、そうやってくさいものに蓋をするのは正義か。」 こういった橋下氏が信じる価値観、正義を全面に押し出さない限り議論にすらならないということです。 わたしは橋下氏はこの辺りを修正してきていると思います。 そして、ロジックを整理し英訳も考慮し発言し続けることで風穴が開くと期待しています。
2013年05月17日 22:50
(つづき) さらに、狭義の強制でない、国の関与しない身売りがなぜ問題なのか。 これは、「貧しいものにとって身売りは致し方ないではないか。娘以外に売るものがなければそれで良いではないか。」といった当時の価値観に従って慰安所が運営されており、それに対する批判なんだと思います。 アメリカは奴隷制の是非から南北戦争にまで発展したのだと思います。 一方わたし達の国では、アメリカから押し付けられた価値観(憲法)に従って身売りを悪いことだと規定しているに過ぎないのかも知れません。 わたしは現状でアメリカに切り込むのは厳しいと思います。 しかし、「世界からの不当な評価には毅然と反論すべし」とする態度や沖縄米軍の性暴行に対する問題意識は大いに支持したいと思います。
2013年05月17日 22:49
13日の会見には問題がありますが、本来の趣旨については理解できます。 13日の会見では「軍人に女性を供することの合理性」が示されたと思います。 これは問答無用でまずいと思います。 個人的に橋下氏には普遍的な価値観がごっそり抜け落ちた印象を持つことがあります。 中国的な感じです。 「皇帝が替われば正義や価値観は変わるのだ。」といった感じです。 わたしには国際感覚がありませんので推測ですが。 アメリカでなぜ買売春が禁止されてるかといえば、それは「悪いことだから」だと思います。 それゆえ法で禁じているのだ、ということ。 一方日本では「そういう決まりごとだから。」というのが一般的な理解。 それゆえ「戦前は違法ではないから問題ないのだ。今も合法的な買売春は存在するが、それは合法だから問題ないのだ。」といった意見が出てくる。 それは「何が正しいのか。」ではなく「悪法と言えども法である。」という感覚。 理性と理性の対話により形成された、普遍的な価値観がごっそり抜け落ちた感じだと思います。 国が慰安所を管理することが何故ダメなのか。 これは現代で言えばマフィアを許認可制にするのと同じ。 「マフィアの暴力、不正利益を管理するには補助金を出して彼らを公的管理下に置けば良い。一定のドンバチは致し方ないが、補助金を出せば彼らはアウトローとして自由に振る舞いつつも、安定した生活ができるはずだ。したがってブラックマネーは減少するはずだ。」 といったとこ。 さすがにこれをやったら「マフィア国家」と笑われるでしょう。
2013年05月14日 20:10
(つづき) 米軍へ風俗産業の利用を促したということですが、これも「大っぴらにやっちゃまずい」という文化を持つ相手への提案として問題だと思います。 下品なたとえでいえば、 「わたしは犬を飼っている。とてもかわいがっている。しかしその犬が死んだら、わたしはその犬を食べることにしている。こうすれば食費が節約でき合理的だからだ。みなさんが理性的で合理的な人間でありたいのなら、愛犬が亡くなった際はセンチな感情に浸ることなく、犬食を実行すべきだ。」 わたしも愛犬家ですが、こう提案されたとすれば、怒ることはないにしても会話を拒否するでしょう。 今回の橋下氏の主張も同じケースだと思います。 ある部分だけを眺めそれが合理的に見えたとしても、異なる文化を持つ人間にとってそれが受け入れられるとは限りません。 わたしは、発言を撤回し謝罪すべきだと思います。
慰安婦問題に対する基本的な立ち位置は支持しますが、それを肯定するのはまずいように思います。 他の国もやってるではないか、ということでしょうが、国が管理していたことが問題なんだと思います。 わたしは以前よりそう考えていたわけではありません。冷泉彰彦氏のコラム(http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/01/post-514.php)を読んで考え方が変わりました。 要は「大っぴらにやっちゃまずいだろ」ということです。 軍人の性欲を管理し性病やレイプを防ぎ、また軍の士気や規律を維持するといった考え方は一見良いように思いますが、そこには女性の立場に立った視点はないように思います。 やはり女性の人権が「お上が性欲を管理し維持される秩序」の犠牲になるのは肯定できないと思います。 さらに、お上が軍人の性欲を管理せず、それ故レイプや暴行が行われたとすれば、それはそれぞれの軍人が悪いのであり、「お上が性欲を管理し維持される秩序」を目指し、その為に国が女性の人権を軽んじるよりはマシということなのかも知れません。 要は「日本の常識、世界の非常識」ということです。
2013年05月13日 12:38
理論的にどうかは分かりませんが、クーデターや革命でなければ変えられない価値観はあると思います。 自民党案は、戦後の日本人が守ってきた価値観をひっくり返すものであり、革命に該当すると思います。 ただ、こういった合法的な革命は主張されて良いと思います。 でなければ、彼らはクーデターによってしか主張できず、それはそれでまずいような気がします。 96条については、現在の方向性を維持したままで変更するならば、革命ではないと思います。 今の改正案には反対ですが、当時の国会でも96条は議論されていないようですし、「発議の実現可能性を高める」ために議論されるのは良いことだと思います。 96条については、かつて「1/2+1/2+国民投票、ただし2/3+2/3ならば国会だけで決定」といった案があったようです。 この場合、後者については、「国民の代表者の決定といえども、国民の直接の意思表明の替わりにはならない」とされていたようです。 個人的には、この辺りが基準になると思っています。 橋下氏の主張には「国会でチャンチャンと発議して国民投票で決めれば良いじゃない。間違えたら元に戻せば良いし。」といった軽さが見えます。 政権交代は選択の機会が必ずやってきますが、憲法は違います。 国民に発議権はありませんし、天皇制のように一度変更すると元に戻せない規定もあります。 彼のあの軽さは修正されて当然だと思います。 やはり、立憲主義や法の支配といったものは死守すべきものとして、天皇制や安全保障、人権規定は特に慎重に扱うべきものとして明確に整理することが望ましいと思います。 また、こういった感覚は日本人の皮膚感覚にも一致しているのであり、憲法改正はこのスタンスでしか成しえないと思います。
2013年05月11日 16:13
自民党の改憲草案は全く評価していませんが、筆者の訳はさすがにやりすぎです。 真正面から罵倒すべきだと思います。 わたし個人の感覚では、 ①政府はもっと自由であるべき。 ②日本は、お上が価値を規定し、皆がそれに従い、一致団結することで秩序が維持される国である。 といったところが、自民党案の思想だと思います。 ②については「お上」を「左翼インテリ」に置き換えれば、そのまま左翼思想になります。 要は左翼と右翼は双子ということです。 時々安倍政権と共産党が意気投合するのが良い例です。 別に良いと思いますよ。 それはそれで。 わたしは遠慮しますけどね。
2013年05月11日 14:48
(つづき) 筆者の指摘する最低投票率については、技術的な困難さがあるようです。 憲法で規定しなければならないとか、民意のパラドックス、ボイコット問題といったところのようです。 また、有権者の一定の賛成を求める方法では、イギリスなどが40%ルールを用いていますが、厳しすぎるといった指摘があるようです。 どういったやり方が良いのか判断付きませんが、わたしは、2/3のままで最低投票率も設けずにやれば良いと思います。 やってみて不都合があれば変えれば良いのではないかと。 わたしは、今の96条先行には反対です。 護憲VS改憲の不毛な論争になっている現状も残念なところです。 しかし、いずれ落ち着いた議論になることを期待しながら、細かい点を検証するのはそれはそれで良いのかなと思うところです。 *「諸外国の国民投票法制及び実施例」(http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0650.pdf) *「国民投票による憲法改正の諸問題」 (http://www.omiyalaw.ac.jp/library/lawreview/No.6/No.6-fukui.pdf) *「憲法改正国民投票における最低投票率」 (http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20111108098.pdf)
2013年05月11日 14:47
現行の2/3の規定は何なのかと言えば、それは9条と天皇制のバーターだったと思います。 仮に1/2であれば、政治はより不安定になり、戦後の経済発展を成しえたのか疑問です。 その意味で、イデオロギーを棚に上げ経済重視路線に転換した自民党は評価されるのであり、それを支持した当時の国民は間違ってなかったのだと思います。 しかし小沢一郎が自民党を飛び出して以降、なぜ発議すらされなかったのかは検証されてしかるべきでしょう。 わたしは党議拘束こそが諸悪の根源のように思います。 これは安倍首相の「アメリカも2/3だが日本では党議拘束があるのでそうはいかない。」という発言に表れていると思います。 アメリカでは今までに33件発議され27件が成立していますが、議会に提出された案は約11,000件になります。 アメリカのやり方が全て正しいとは思いませんが、わたしには高いハードルを越えようとする気迫のようなものを感じます。 彼らが「国民投票は立法権の侵害である。」とするのは一理あるように思います。 一方で、現状のまま発議要件を1/2に下げる場合、国民投票の要件により随分と変わるように思います。 オーストラリアでは両院の1/2で可決された後、国民投票に付されます。 全体で過半数の他、過半数の州で賛成多数である必要があります。 また、国民投票は義務であり、投票しないと罰金です。 それ故投票率は常に90%を超えており、成立する確立はきわめて低くなっています。(約18%、44の改正案に対し8案のみ成立。) フランスでは発議のたびに投票法が制定されますが、今のところ厳しい要件は課されていないようです。 9回の国民投票が行われ、その内7回が成立しています。(憲法について言えば2/3) 2000年の憲法改正国民投票では投票率30.2%、全有権者数の22.1%の賛成で成立しています。
2013年05月11日 14:33
(つづき) わたしは親韓でも嫌韓でもありませんが、お隣さんらしいなと思います。 中国的な「権力者が変われば正義や価値観は変わるのだ」といった感覚や、権力者の「憲法の縛りから逃れたいという欲求」が如実に表れていると思います。 木村氏の言う「改正すれば良いというものではない」というのは、少なくとも韓国については当てはまるように思います。 資料:諸外国の憲法事情・韓国(http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/document/2003/2/20030204.pdf)
(つづき) *1952年・・・大統領の再選を危ぶんだ与党が、暴力と不法手段を用いて、国会議員を威嚇し、強制連行して議事堂に軟禁する等、恐怖政治を行った上で改憲案を議会に提案し可決される。(当時は国民投票の制度はない。) なお、この改憲は手続き上瑕疵があり、違憲性が指摘されている。 *1954年・・・大統領の三選は認められていなかったが、李承晩がもう一回やりたかった為、改憲を試みる。本来は1票足りなかったが「四捨五入すれば良いではないか」という理屈が通り可決される。 もちろん違憲である。 *1962年・・・朴正煕を中心とする軍事クーデターが起こる。憲法も全面改正案が公告され1ヶ月後に国民投票で承認される。 *1969年・・・大統領の三選は認められていなかったが、朴正煕がもう一回やりたかった為、改憲を試みる。野党が強く反対していたため、国会の議事堂ではない場所で、与党議員だけの出席により奇襲的に可決し、国民投票に付される。1ヶ月後の国民投票で承認される。 *1972年・・・支持率低下に危機感を抱いた朴正煕が国家非常事態を宣布する。さらに、超憲法的な権力を行使するための特別法を制定する。また翌年に「国家の団結を図る必要がある」との名目で非常戒厳を宣布する。 非常戒厳下で改憲案が公告され、国民投票が行われ承認される。 *1980年・・・朴正煕が暗殺され18年に及ぶ軍事独裁政権が幕を下ろす。この後自由な空気の中で憲法改正論議が進みかけたが、すぐに全斗煥による軍事クーデターがおこる。軍主導の改憲作業が行われ、国民投票で承認される。
動画を見ましたが大変良い企画だと思いました。 橋下氏と小林氏の対談なども是非見てみたいものです。 自民党案についてはすでに終わっていると思います。 これは「政府にもっと自由を」と言っているに過ぎず、真に受けるようなものではないでしょう。 ただ、権力の側がもっている、憲法の縛りから逃れたいという欲求を、まざまざと見せつけたという点において、国民にとって良い資料だと思います。 番組で韓国の憲法改正について触れていましたので、少し調べてみました。 韓国は1948年の制定以降、9回改正していますが、まともな改憲は1回だけであり、それ以降(1987年以降)は行われていません。 ややまともな改憲も2回ありますが(1960年)、すぐに軍事クーデターでひっくり返されています(1962年)。 それ以外の改憲はかなりくるものがあります。
2013年05月09日 16:30
わたしからもお願いする。 スクロールが面倒くさいのです。 あぁコメントは中々良いと思います。 気が利いています。 もちろん読んだことありません。
2013年05月07日 22:11
celttyさん >ようやく草案を理解もせずに改憲賛成だの叫んでいたことを認めましたね。 確かにそうですね。 頭かくして尻かくさずでしょう。 やっぱりな、という感じです。 橋下氏の産経案批判=自民案批判であることに気が付いていなかったんでしょう。 自民党案は橋下氏がいう 「本気で改憲しようと思ったら国防軍なんぞと書くわけがない。国家が価値を規定する自民党案は憲法の基本がわかってない。」 といった評価が妥当だと思います。 わたしには、自民党はカードを切りすぎたように思えます。
2013年05月07日 17:21
橋下氏がなぜ石原氏に共感するのか、毎日のインタビューを読んで理解できました。 要はこういうことです。 「そもそも現行憲法の制定過程には問題がある。それはアメリカに押し付けられたからといった情緒ではなく、国民の意思が十分に反映されていないということ。96条については、改正限界を超えるという意見もあるが、それを言えば現行憲法の存在も怪しくなる。無血革命のようなものだと国民が理解した上で、改正限界を超えるのであれば問題ない。自ら憲法に関わることで日本人の政治意識は大きく変わる。そして民主主義はより成熟するはずだ。」 結構なことだと思います。 維新の名にふさわしい心意気だと思います。 革命については「そこまで言ってない。」と言うでしょう。 「別に良いじゃない。言い切ってしまえ。」とわたしは思います。 なぜ左右のメディアをこれほどまでに叩くのか。 「本音でいこうや」ということでしょう。 9条も天皇制もタブー視することなく議論せよ、国民に議論の土台を示せ、ということです。 産経が「日本は天皇を戴きにもつ神の国である。」と主張しているのだから、朝日は「首相公選制も支持されているのだし、天皇制から大統領制への移行も検討すべきではないか。」と本音で主張すれば良い、ということです。 9条は軽武装化により経済の発展に貢献し、天皇制は戦前世代の精神安定剤として貢献しました。 そして、この二つはある意味バーターだったといえます。 二つとも一定の役割を終え見直されても良い時期です。 二つともタブー視することなく議論されることが本音の憲法論議だろうと思います。
2013年05月07日 12:39
別に良いんじゃないでしょうか。 なぜあのような結果になったのか、日本人の手で評価することは必要だと思います。 わたし達の中には、9条や天皇制をタブー視する空気がありますが、そういう時代ではないということでしょう。 個人的には、統治機構改革こそ必要だと言う立場ですが、その意味でも天皇制は避けてとおれないのかも知れません。 9条や天皇制をタブー視せずに議論すべきとする、田原氏の問題意識に大いに賛同します。
2013年05月06日 18:46
今のところ反対ですね。 自民党案については、もう終わっていると評価しています。 「本気で改正したいなら国防軍なんて書くわけがない。」という橋下氏の主張が全てを物語っていると思います。 本人達もまさか世間が真に受けるとは考えていなかったのでしょう。 自民党はカードをほとんど切ってしまった状態であり、あとは橋下氏などに乗っかっていくしかないところだと思います。 一方橋下氏の主張もまだ納得できるものではありません。 「改憲論議の活性化」「時間戦略」「リアリティ」といったところが出てきていますが、まだ不十分です。 橋下氏の主張には「国会でチャンチャンと発議して国民投票すれば良いんじゃない。間違えたら又元に戻せば良いんだし。」といった軽い面がみられます。 天皇制など一度変更すると元に戻すのが実質不可能な規定も憲法にはあります。 その辺りは最低限整理されてしかるべきだと思っています。 また、今まで何故発議すらされなかったのか、またその前提となる改憲論議がタブー視されてきたのはなぜか、55年体制時はともかく、小沢一郎が自民党を出て以降、さらに国民投票法成立以後、なぜ議論されなかったのかは検証されてしかるべきでしょう。 個人的には党議拘束が諸悪の根源だと思っています。 自民党や維新の会、民主党など、現在の二大政党制を志向する選挙制度では、必然的に大きな党は思想の総合デパートとなってしまいます。 やはり、党議拘束を緩やかにし、議員一人一人が信念に基づいて議論するのが本来の姿だろうと思います。 もちろん、ゼニにも票にもならないからといって避けるのはもっての他だと思います。 みんなの党や新党改革なども96条の改正には賛成しているようです。 どのような問題意識を持っているのかじっくり話を聞いて判断したいと思います。
2013年05月04日 23:30
筆者の思想はともかく「なるほどな」と思いました。 3日の橋下氏のインタビュー(毎日新聞)と通じるものがあるように思います。 小林節氏などの主張は、「96条の改正は改正限界を超える」というもの。 これは、自民党の改正案に対しては有効だといえます。 なぜなら、あの草案はこのような理論的な整合性は全く考慮されておらず、いわば「憲法と言うフォーマットを利用して自らの思想を表現した」に過ぎないのであり、石破氏などはそれを認めつつあるからです。 しかし、橋下氏の主張を意訳すると 「そもそも現行憲法の制定過程に問題があるのだ。それはアメリカに押し付けられたからといった情緒ではなく、国民の意思が十分に反映されていないということ。だからどのような憲法が日本にふさわしいのか今議論することには価値がある。要は、一種の合法的なクーデターまたは無血革命のようなものだと国民が理解した上で、改正限界を超えて改正されるとすればそれは合法であり、真の自主憲法制定だということ。」 さらに 「96条については、当時の国会は全く議論していない。したがって改正規定について議論することには意義がある。」 ということなんでしょう。 「最初からそう言ってんじゃん。」と右翼に叱られそうですが、一理あるといえば一理ありますね。 自主憲法制定派といえば一般に「お上が価値を規定し、皆がそれに従うことで秩序が維持される」とする価値観。 橋下氏のように、ガチガチの立憲主義に立脚して自主憲法制定を主張するのは新鮮といえば新鮮。 2/3を1/2に変更することについては反対ですが、こういった主張はそれはそれで良いのではないでしょうか。 理論的にどうなのか気になるところですが、小林節VS橋下といった議論を見てみたいものです。
2013年05月04日 22:46
あえて100歩譲るという態度で話を伺いましたが、やはり「リアリティに欠く提案である」という評価は変わりません。 実現可能性を考えるとハードルが高いですし、ハードルをクリアしても実現可能性は低いように思います。 日本語の上手なフィリピン人にとって水商売などの方がメリットがありそうですし、看護師や介護士などの需要にありつければそちらの方が旨みがあるように思います。 介護士でいえば、看護師と比べハードルは低いですし、潜在的な需要は多く、それは政策レベルでも指摘されているところです。 また介護と保育を比べた場合、サービスを受ける側、預ける側の要求レベルは保育の方が高いと評価できます。 その意味でやはり実現可能性は低いと思います。 ただ、ベビーシッターの需要はあるのは事実です。 供給がないだけであり、現在は時短勤務や時間外勤務の制限といったところで対応しているようです。 提案として情報発信されるのは良いことだと思います。
2013年05月04日 01:24
田原氏の憲法に対する感覚は真っ当だと思います。 やはり自民党の96条改正案は稚拙な感じがします。 ただ、橋下氏やみんなの党がどこに問題意識を持っているのか、その辺りはじっくり話を聞いてみたいと思います。 田原氏の世代は物心ついたときから世は軍国主義であり、国は正義の戦争をしているのだと教えられ、教育勅語はバイブルだったんだと思います。 戦争が終わり途端に誰も何も言わなくなり平和主義になり、それを田原氏は「国はウソつくんだ」と理解しているのだと思います。 同じ世代の石原慎太郎氏は逆に「戦後が間違ってるんだ」と理解しているのでしょう。 わたしの父も同世代ですが、同じような心中の葛藤、ねじれがあるように思います。 わたしはこの世代の葛藤を目にすると、やはり国家が価値を規定するのは危険なことなのだと思います。 その意味で今の憲法がもっている立憲主義の原則は守っていくべきだと思います。 また、国民の間ではこういった立憲主義に対するコンセンサスは得られているように思います。 一方でわたし達の価値観が憲法に反映されるべきなのだ、という意識は薄いように思います。 やはりこれまで自らの手で憲法に関わってこなかったことも影響しているのでしょう。 憲法をどう変えるかだけではなく、わたし達の法意識も問われているのだと思います。
2013年05月03日 23:34
筆者の法意識について疑問に思います。 筆者の考えによれば、仮に刑法で正当防衛が条文化されていなかった場合、「人を殺して正当防衛が認められるのはおかしい」となるような気がします。 何ていうか、単に「悪法と言えども法である」といった風に聞こえます。 ~これを私なりに意訳すると「日本国憲法は守る必要が全くない」~ この引用などもまさに間違った法意識を表しているように思います。 5/2のニコ生×BLOGOSにおける小林節氏と木村草太氏によれば、9条の解釈については、解釈の範囲を超えているとする説と範囲内だとする説があるとしていました。 あらためて、自衛権について国民的議論が起こり、9条がわたしたち国民の価値観が反映された日本語的に齟齬のないものになるのであれば、わたしは9条改正に反対ではありません。 一方で木村草太氏がいうように法意識についても国民的な議論が深まって良いように思います。 またドイツなどでは伝統的に解釈の幅が狭く必然的に憲法改正が多いのだとも述べられていました。 それはそれで一つのあり方だろうとは思います。
2013年05月03日 23:01
>費用対効果は十分にあると書いたつもりです。 そう意味ではないです。 食事や居住費などは現物給付なのかと言う意味です。
2013年05月03日 20:19
単純に5万円の費用の対価は何なのかということですよ。 基本的に24時間拘束されるのだ、しかし居住の場所は提供され、食事も提供される、もちろん睡眠時間も確保される、ということですよね。 外観は人の売買にみえます。 もちろん奴隷制度が悪いと言う意味ではありません。 結局、拘束時間その他どのような契約を結ぶのかということです。
2013年05月02日 20:35
雇用保険の持続可能性については中長期的という但し書きつきですので意見の相違ということでしょう。 外国人ベビーシッターについては、リアリティを欠くという印象は変わりません。 また 「政府債務の減少と、経済成長の為の女性の労働力確保という両方の目的を同時に叶える為には、税金や企業の負担増によらない解決策が必要」 と仰っていますので、市場価格による保育系のサービスの供給が念頭にあるのだと思います。 したがって次のような点についてクリアできる目処を示せばリアリティのある提案となるのではないでしょうか。 ①保育系のサービスが市場価格で供給可能なのか、その場合経済政策や福祉政策との整合性は図れるのか。 ②外国人を月5万円で住み込みで雇うことにした場合、労働法制との兼ね合いはどうなるのか、また「外観は人の売買ではないのか」とは言わないまでも人権上の問題はどうなるのか。 個人的にはベビーシッターの活用は現在の制度上でも俎上にあがっていたと思います。 したがって、日本人のベビーシッターの活用がある程度普及した後に案としてあがってくるのが自然のように思います。 また、高齢者支援から若者支援へシフトすべきとする議論もあります。 現在は11:1ほどで高齢者支援に傾きすぎていると言われています。 このあたりも議論の対象になってしかるべきだと思います。
2013年05月02日 20:27
終身雇用制にこそ問題があるのだ、企業が労働者の面倒をみる社会から、国が労働者を守る社会への転換が必要だ。 ダイナミックにそこへ転換できなければブラック企業の問題はなくなることがない、ということでしょう。 だとすれば真っ当な意見だと思います。 ただ、終身雇用が崩壊している企業でもサービス残業を強要する風潮はあると思います。 足下をみているということです。 その意味で一部の方が記事に反発するのも自然なことのように思います。 企業からみれば仕方ない面もあると思います。 多少きついことを要求しても辞めないのですから。 さらに求人かければナンボでも応募があるわけですから自然のことだともいえます。 わたし達の国の法システムでは社会が価値を決定することになっています。 企業と労働者の関係はどうあるべきか、わたしたちが考えそれが労働法制等の法秩序に反映されるのだろうと思います。 課題を国民、労働者の側に投げかけるその問題意識は大いに支持します。
2013年05月02日 19:22
労働者の側も残業代をあてにしている面もありますから、36協定ぐらいチャンチャンと事務でやってくれ、というのはありますよ。 そういった雇用慣行を行政が追認しているのが現状だと思います。
2013年05月02日 19:04
36協定は労組なくても大丈夫ですよ。 従業員の代表と協定を結ぶとかそんな感じですので。 おもむろに労務を担当している事務職員がサインしているケースもあるみたいです。
2013年05月02日 00:28
0歳時の子育てが大変であるというのは同意します。 またこの期間の保障を最も充実させるべきだと思います。 育児休業給付について財政的な問題を指摘する人もいますが、それは違うように思います。 現在の育児休業給付は23年度で2600億、その内1/8が国庫負担(約320億)という状況です。 雇用保険料率は25年度で労働者負担が0.5%。 介護保険料の負担(40歳以上)が0.775%。 雇用保険料率は、1%程度まで引き上げる余地はあるのではないでしょうか。 財政的な面に関して情緒的な反応が多いように思います。 この点については冷静な反応を希望します。 同時に高齢者支援と比較し若者支援は後回しにされてきたと思います。 高齢者の社会保障から若者支援へといったところも議論されて良いと思います。
2013年05月01日 22:09
石水さん返信ありがとうございます。 リアリティに欠けるという印象は変わりませんが、100歩譲りましょう。 その上で、2点質問させてください。 ①住み込みだとほとんどの子育て家庭でスペース的に難しいのでは、と思いますがいかがですか。 ②本山氏のブログでも指摘しましたが、わたしは雇用保険財政は余裕があると評価していますがこの点についてはいかがですか。
2013年05月01日 00:38
(つづき) ここでいえるのは、西洋型のシステムでは社会において共有される価値観が未成熟であれば、それはストレートに法秩序に反映されるということです。 その意味で、明治政府型のトップダウンにより価値が規定されるシステム、「お上が価値を規定し、皆がそれに従い、一致団結することで秩序が維持される。」とするシステムに比べ危うさがあるように思います。 それは、西洋型のボトムアップで価値が規定されるシステムには付き物であり、それ故自律的な個人像が前提になるのだと思います。 またトップダウン型のシステムは日本人には親和性が高いように思います。 それは予定された調和を生み出しやすいのであり、その美しさに対するノスタルジーも存在すると思います。 西洋型のシステムも明治政府型のシステムもフィクションであることに変わりはないでしょう。 しかしわたしには、ボトムアップ型の法秩序の中で、古き良き時代の価値観や伝統の継承といったものは可能だと思っています。 そしてこういった論点は改憲議論などにも内包されているのであり、こういった議論が行われることは日本社会において意義のあることだと思っています。
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2013年05月18日 20:02
Jacquesさん返信ありがとうございます。 反論ではないようですが、少し補足します。 絶対的な価値観は存在するのか、といえば存在しないと思います。 存在しても良いですが、取るに足りないことだろうと思います。 要は「わたし達が普遍的だと信じる価値観は何だ」ということです。 これが海外特にアメリカとの議論では重要だということです。 橋下氏の弱点は、価値相対説を「憲法論議」や「戦時下における性暴力」といった話題についても適用してしまうことだと思っています。 彼は憲法改正についても価値相対説を主張していますが、「お前には命がけで守る価値観はないのか」ということです。 仮に「創価学会を戴きに持つ仏の国日本」が「積み上げた功徳を基準に人権を付与する軍事国家」となった場合、抵抗しないのかということです。 わたしはこういった国になった場合、元の価値観(憲法)に戻す動きが合法的な革命と認められない場合、クーデターこそが正義だと思っています。 要は血なまぐさいリアリティを必要とする議論において「人それぞれ」といった論調は説得力がないということです。 慰安婦問題も同じことだと思います。 奴隷制度を廃止するのに戦争までした国と議論するのに「人それぞれ」で通用するわけがないのです。 「アメリカよお前らが沖縄でやってきた性暴力は正義か。あれは個々の軍人が悪いのだ、そうやってくさいものに蓋をするのは正義か。」 こういった橋下氏が信じる価値観、正義を全面に押し出さない限り議論にすらならないということです。 わたしは橋下氏はこの辺りを修正してきていると思います。 そして、ロジックを整理し英訳も考慮し発言し続けることで風穴が開くと期待しています。
2013年05月17日 22:50
(つづき) さらに、狭義の強制でない、国の関与しない身売りがなぜ問題なのか。 これは、「貧しいものにとって身売りは致し方ないではないか。娘以外に売るものがなければそれで良いではないか。」といった当時の価値観に従って慰安所が運営されており、それに対する批判なんだと思います。 アメリカは奴隷制の是非から南北戦争にまで発展したのだと思います。 一方わたし達の国では、アメリカから押し付けられた価値観(憲法)に従って身売りを悪いことだと規定しているに過ぎないのかも知れません。 わたしは現状でアメリカに切り込むのは厳しいと思います。 しかし、「世界からの不当な評価には毅然と反論すべし」とする態度や沖縄米軍の性暴行に対する問題意識は大いに支持したいと思います。
2013年05月17日 22:49
13日の会見には問題がありますが、本来の趣旨については理解できます。 13日の会見では「軍人に女性を供することの合理性」が示されたと思います。 これは問答無用でまずいと思います。 個人的に橋下氏には普遍的な価値観がごっそり抜け落ちた印象を持つことがあります。 中国的な感じです。 「皇帝が替われば正義や価値観は変わるのだ。」といった感じです。 わたしには国際感覚がありませんので推測ですが。 アメリカでなぜ買売春が禁止されてるかといえば、それは「悪いことだから」だと思います。 それゆえ法で禁じているのだ、ということ。 一方日本では「そういう決まりごとだから。」というのが一般的な理解。 それゆえ「戦前は違法ではないから問題ないのだ。今も合法的な買売春は存在するが、それは合法だから問題ないのだ。」といった意見が出てくる。 それは「何が正しいのか。」ではなく「悪法と言えども法である。」という感覚。 理性と理性の対話により形成された、普遍的な価値観がごっそり抜け落ちた感じだと思います。 国が慰安所を管理することが何故ダメなのか。 これは現代で言えばマフィアを許認可制にするのと同じ。 「マフィアの暴力、不正利益を管理するには補助金を出して彼らを公的管理下に置けば良い。一定のドンバチは致し方ないが、補助金を出せば彼らはアウトローとして自由に振る舞いつつも、安定した生活ができるはずだ。したがってブラックマネーは減少するはずだ。」 といったとこ。 さすがにこれをやったら「マフィア国家」と笑われるでしょう。
2013年05月14日 20:10
(つづき) 米軍へ風俗産業の利用を促したということですが、これも「大っぴらにやっちゃまずい」という文化を持つ相手への提案として問題だと思います。 下品なたとえでいえば、 「わたしは犬を飼っている。とてもかわいがっている。しかしその犬が死んだら、わたしはその犬を食べることにしている。こうすれば食費が節約でき合理的だからだ。みなさんが理性的で合理的な人間でありたいのなら、愛犬が亡くなった際はセンチな感情に浸ることなく、犬食を実行すべきだ。」 わたしも愛犬家ですが、こう提案されたとすれば、怒ることはないにしても会話を拒否するでしょう。 今回の橋下氏の主張も同じケースだと思います。 ある部分だけを眺めそれが合理的に見えたとしても、異なる文化を持つ人間にとってそれが受け入れられるとは限りません。 わたしは、発言を撤回し謝罪すべきだと思います。
2013年05月14日 20:10
慰安婦問題に対する基本的な立ち位置は支持しますが、それを肯定するのはまずいように思います。 他の国もやってるではないか、ということでしょうが、国が管理していたことが問題なんだと思います。 わたしは以前よりそう考えていたわけではありません。冷泉彰彦氏のコラム(http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/01/post-514.php)を読んで考え方が変わりました。 要は「大っぴらにやっちゃまずいだろ」ということです。 軍人の性欲を管理し性病やレイプを防ぎ、また軍の士気や規律を維持するといった考え方は一見良いように思いますが、そこには女性の立場に立った視点はないように思います。 やはり女性の人権が「お上が性欲を管理し維持される秩序」の犠牲になるのは肯定できないと思います。 さらに、お上が軍人の性欲を管理せず、それ故レイプや暴行が行われたとすれば、それはそれぞれの軍人が悪いのであり、「お上が性欲を管理し維持される秩序」を目指し、その為に国が女性の人権を軽んじるよりはマシということなのかも知れません。 要は「日本の常識、世界の非常識」ということです。
2013年05月13日 12:38
理論的にどうかは分かりませんが、クーデターや革命でなければ変えられない価値観はあると思います。 自民党案は、戦後の日本人が守ってきた価値観をひっくり返すものであり、革命に該当すると思います。 ただ、こういった合法的な革命は主張されて良いと思います。 でなければ、彼らはクーデターによってしか主張できず、それはそれでまずいような気がします。 96条については、現在の方向性を維持したままで変更するならば、革命ではないと思います。 今の改正案には反対ですが、当時の国会でも96条は議論されていないようですし、「発議の実現可能性を高める」ために議論されるのは良いことだと思います。 96条については、かつて「1/2+1/2+国民投票、ただし2/3+2/3ならば国会だけで決定」といった案があったようです。 この場合、後者については、「国民の代表者の決定といえども、国民の直接の意思表明の替わりにはならない」とされていたようです。 個人的には、この辺りが基準になると思っています。 橋下氏の主張には「国会でチャンチャンと発議して国民投票で決めれば良いじゃない。間違えたら元に戻せば良いし。」といった軽さが見えます。 政権交代は選択の機会が必ずやってきますが、憲法は違います。 国民に発議権はありませんし、天皇制のように一度変更すると元に戻せない規定もあります。 彼のあの軽さは修正されて当然だと思います。 やはり、立憲主義や法の支配といったものは死守すべきものとして、天皇制や安全保障、人権規定は特に慎重に扱うべきものとして明確に整理することが望ましいと思います。 また、こういった感覚は日本人の皮膚感覚にも一致しているのであり、憲法改正はこのスタンスでしか成しえないと思います。
2013年05月11日 16:13
自民党の改憲草案は全く評価していませんが、筆者の訳はさすがにやりすぎです。 真正面から罵倒すべきだと思います。 わたし個人の感覚では、 ①政府はもっと自由であるべき。 ②日本は、お上が価値を規定し、皆がそれに従い、一致団結することで秩序が維持される国である。 といったところが、自民党案の思想だと思います。 ②については「お上」を「左翼インテリ」に置き換えれば、そのまま左翼思想になります。 要は左翼と右翼は双子ということです。 時々安倍政権と共産党が意気投合するのが良い例です。 別に良いと思いますよ。 それはそれで。 わたしは遠慮しますけどね。
2013年05月11日 14:48
(つづき) 筆者の指摘する最低投票率については、技術的な困難さがあるようです。 憲法で規定しなければならないとか、民意のパラドックス、ボイコット問題といったところのようです。 また、有権者の一定の賛成を求める方法では、イギリスなどが40%ルールを用いていますが、厳しすぎるといった指摘があるようです。 どういったやり方が良いのか判断付きませんが、わたしは、2/3のままで最低投票率も設けずにやれば良いと思います。 やってみて不都合があれば変えれば良いのではないかと。 わたしは、今の96条先行には反対です。 護憲VS改憲の不毛な論争になっている現状も残念なところです。 しかし、いずれ落ち着いた議論になることを期待しながら、細かい点を検証するのはそれはそれで良いのかなと思うところです。 *「諸外国の国民投票法制及び実施例」(http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue/0650.pdf) *「国民投票による憲法改正の諸問題」 (http://www.omiyalaw.ac.jp/library/lawreview/No.6/No.6-fukui.pdf) *「憲法改正国民投票における最低投票率」 (http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20111108098.pdf)
2013年05月11日 14:47
現行の2/3の規定は何なのかと言えば、それは9条と天皇制のバーターだったと思います。 仮に1/2であれば、政治はより不安定になり、戦後の経済発展を成しえたのか疑問です。 その意味で、イデオロギーを棚に上げ経済重視路線に転換した自民党は評価されるのであり、それを支持した当時の国民は間違ってなかったのだと思います。 しかし小沢一郎が自民党を飛び出して以降、なぜ発議すらされなかったのかは検証されてしかるべきでしょう。 わたしは党議拘束こそが諸悪の根源のように思います。 これは安倍首相の「アメリカも2/3だが日本では党議拘束があるのでそうはいかない。」という発言に表れていると思います。 アメリカでは今までに33件発議され27件が成立していますが、議会に提出された案は約11,000件になります。 アメリカのやり方が全て正しいとは思いませんが、わたしには高いハードルを越えようとする気迫のようなものを感じます。 彼らが「国民投票は立法権の侵害である。」とするのは一理あるように思います。 一方で、現状のまま発議要件を1/2に下げる場合、国民投票の要件により随分と変わるように思います。 オーストラリアでは両院の1/2で可決された後、国民投票に付されます。 全体で過半数の他、過半数の州で賛成多数である必要があります。 また、国民投票は義務であり、投票しないと罰金です。 それ故投票率は常に90%を超えており、成立する確立はきわめて低くなっています。(約18%、44の改正案に対し8案のみ成立。) フランスでは発議のたびに投票法が制定されますが、今のところ厳しい要件は課されていないようです。 9回の国民投票が行われ、その内7回が成立しています。(憲法について言えば2/3) 2000年の憲法改正国民投票では投票率30.2%、全有権者数の22.1%の賛成で成立しています。
2013年05月11日 14:33
(つづき) わたしは親韓でも嫌韓でもありませんが、お隣さんらしいなと思います。 中国的な「権力者が変われば正義や価値観は変わるのだ」といった感覚や、権力者の「憲法の縛りから逃れたいという欲求」が如実に表れていると思います。 木村氏の言う「改正すれば良いというものではない」というのは、少なくとも韓国については当てはまるように思います。 資料:諸外国の憲法事情・韓国(http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/document/2003/2/20030204.pdf)
2013年05月11日 14:33
(つづき) *1952年・・・大統領の再選を危ぶんだ与党が、暴力と不法手段を用いて、国会議員を威嚇し、強制連行して議事堂に軟禁する等、恐怖政治を行った上で改憲案を議会に提案し可決される。(当時は国民投票の制度はない。) なお、この改憲は手続き上瑕疵があり、違憲性が指摘されている。 *1954年・・・大統領の三選は認められていなかったが、李承晩がもう一回やりたかった為、改憲を試みる。本来は1票足りなかったが「四捨五入すれば良いではないか」という理屈が通り可決される。 もちろん違憲である。 *1962年・・・朴正煕を中心とする軍事クーデターが起こる。憲法も全面改正案が公告され1ヶ月後に国民投票で承認される。 *1969年・・・大統領の三選は認められていなかったが、朴正煕がもう一回やりたかった為、改憲を試みる。野党が強く反対していたため、国会の議事堂ではない場所で、与党議員だけの出席により奇襲的に可決し、国民投票に付される。1ヶ月後の国民投票で承認される。 *1972年・・・支持率低下に危機感を抱いた朴正煕が国家非常事態を宣布する。さらに、超憲法的な権力を行使するための特別法を制定する。また翌年に「国家の団結を図る必要がある」との名目で非常戒厳を宣布する。 非常戒厳下で改憲案が公告され、国民投票が行われ承認される。 *1980年・・・朴正煕が暗殺され18年に及ぶ軍事独裁政権が幕を下ろす。この後自由な空気の中で憲法改正論議が進みかけたが、すぐに全斗煥による軍事クーデターがおこる。軍主導の改憲作業が行われ、国民投票で承認される。
2013年05月11日 14:33
動画を見ましたが大変良い企画だと思いました。 橋下氏と小林氏の対談なども是非見てみたいものです。 自民党案についてはすでに終わっていると思います。 これは「政府にもっと自由を」と言っているに過ぎず、真に受けるようなものではないでしょう。 ただ、権力の側がもっている、憲法の縛りから逃れたいという欲求を、まざまざと見せつけたという点において、国民にとって良い資料だと思います。 番組で韓国の憲法改正について触れていましたので、少し調べてみました。 韓国は1948年の制定以降、9回改正していますが、まともな改憲は1回だけであり、それ以降(1987年以降)は行われていません。 ややまともな改憲も2回ありますが(1960年)、すぐに軍事クーデターでひっくり返されています(1962年)。 それ以外の改憲はかなりくるものがあります。
2013年05月09日 16:30
わたしからもお願いする。 スクロールが面倒くさいのです。 あぁコメントは中々良いと思います。 気が利いています。 もちろん読んだことありません。
2013年05月07日 22:11
celttyさん >ようやく草案を理解もせずに改憲賛成だの叫んでいたことを認めましたね。 確かにそうですね。 頭かくして尻かくさずでしょう。 やっぱりな、という感じです。 橋下氏の産経案批判=自民案批判であることに気が付いていなかったんでしょう。 自民党案は橋下氏がいう 「本気で改憲しようと思ったら国防軍なんぞと書くわけがない。国家が価値を規定する自民党案は憲法の基本がわかってない。」 といった評価が妥当だと思います。 わたしには、自民党はカードを切りすぎたように思えます。
2013年05月07日 17:21
橋下氏がなぜ石原氏に共感するのか、毎日のインタビューを読んで理解できました。 要はこういうことです。 「そもそも現行憲法の制定過程には問題がある。それはアメリカに押し付けられたからといった情緒ではなく、国民の意思が十分に反映されていないということ。96条については、改正限界を超えるという意見もあるが、それを言えば現行憲法の存在も怪しくなる。無血革命のようなものだと国民が理解した上で、改正限界を超えるのであれば問題ない。自ら憲法に関わることで日本人の政治意識は大きく変わる。そして民主主義はより成熟するはずだ。」 結構なことだと思います。 維新の名にふさわしい心意気だと思います。 革命については「そこまで言ってない。」と言うでしょう。 「別に良いじゃない。言い切ってしまえ。」とわたしは思います。 なぜ左右のメディアをこれほどまでに叩くのか。 「本音でいこうや」ということでしょう。 9条も天皇制もタブー視することなく議論せよ、国民に議論の土台を示せ、ということです。 産経が「日本は天皇を戴きにもつ神の国である。」と主張しているのだから、朝日は「首相公選制も支持されているのだし、天皇制から大統領制への移行も検討すべきではないか。」と本音で主張すれば良い、ということです。 9条は軽武装化により経済の発展に貢献し、天皇制は戦前世代の精神安定剤として貢献しました。 そして、この二つはある意味バーターだったといえます。 二つとも一定の役割を終え見直されても良い時期です。 二つともタブー視することなく議論されることが本音の憲法論議だろうと思います。
2013年05月07日 12:39
別に良いんじゃないでしょうか。 なぜあのような結果になったのか、日本人の手で評価することは必要だと思います。 わたし達の中には、9条や天皇制をタブー視する空気がありますが、そういう時代ではないということでしょう。 個人的には、統治機構改革こそ必要だと言う立場ですが、その意味でも天皇制は避けてとおれないのかも知れません。 9条や天皇制をタブー視せずに議論すべきとする、田原氏の問題意識に大いに賛同します。
2013年05月06日 18:46
今のところ反対ですね。 自民党案については、もう終わっていると評価しています。 「本気で改正したいなら国防軍なんて書くわけがない。」という橋下氏の主張が全てを物語っていると思います。 本人達もまさか世間が真に受けるとは考えていなかったのでしょう。 自民党はカードをほとんど切ってしまった状態であり、あとは橋下氏などに乗っかっていくしかないところだと思います。 一方橋下氏の主張もまだ納得できるものではありません。 「改憲論議の活性化」「時間戦略」「リアリティ」といったところが出てきていますが、まだ不十分です。 橋下氏の主張には「国会でチャンチャンと発議して国民投票すれば良いんじゃない。間違えたら又元に戻せば良いんだし。」といった軽い面がみられます。 天皇制など一度変更すると元に戻すのが実質不可能な規定も憲法にはあります。 その辺りは最低限整理されてしかるべきだと思っています。 また、今まで何故発議すらされなかったのか、またその前提となる改憲論議がタブー視されてきたのはなぜか、55年体制時はともかく、小沢一郎が自民党を出て以降、さらに国民投票法成立以後、なぜ議論されなかったのかは検証されてしかるべきでしょう。 個人的には党議拘束が諸悪の根源だと思っています。 自民党や維新の会、民主党など、現在の二大政党制を志向する選挙制度では、必然的に大きな党は思想の総合デパートとなってしまいます。 やはり、党議拘束を緩やかにし、議員一人一人が信念に基づいて議論するのが本来の姿だろうと思います。 もちろん、ゼニにも票にもならないからといって避けるのはもっての他だと思います。 みんなの党や新党改革なども96条の改正には賛成しているようです。 どのような問題意識を持っているのかじっくり話を聞いて判断したいと思います。
2013年05月04日 23:30
筆者の思想はともかく「なるほどな」と思いました。 3日の橋下氏のインタビュー(毎日新聞)と通じるものがあるように思います。 小林節氏などの主張は、「96条の改正は改正限界を超える」というもの。 これは、自民党の改正案に対しては有効だといえます。 なぜなら、あの草案はこのような理論的な整合性は全く考慮されておらず、いわば「憲法と言うフォーマットを利用して自らの思想を表現した」に過ぎないのであり、石破氏などはそれを認めつつあるからです。 しかし、橋下氏の主張を意訳すると 「そもそも現行憲法の制定過程に問題があるのだ。それはアメリカに押し付けられたからといった情緒ではなく、国民の意思が十分に反映されていないということ。だからどのような憲法が日本にふさわしいのか今議論することには価値がある。要は、一種の合法的なクーデターまたは無血革命のようなものだと国民が理解した上で、改正限界を超えて改正されるとすればそれは合法であり、真の自主憲法制定だということ。」 さらに 「96条については、当時の国会は全く議論していない。したがって改正規定について議論することには意義がある。」 ということなんでしょう。 「最初からそう言ってんじゃん。」と右翼に叱られそうですが、一理あるといえば一理ありますね。 自主憲法制定派といえば一般に「お上が価値を規定し、皆がそれに従うことで秩序が維持される」とする価値観。 橋下氏のように、ガチガチの立憲主義に立脚して自主憲法制定を主張するのは新鮮といえば新鮮。 2/3を1/2に変更することについては反対ですが、こういった主張はそれはそれで良いのではないでしょうか。 理論的にどうなのか気になるところですが、小林節VS橋下といった議論を見てみたいものです。
2013年05月04日 22:46
あえて100歩譲るという態度で話を伺いましたが、やはり「リアリティに欠く提案である」という評価は変わりません。 実現可能性を考えるとハードルが高いですし、ハードルをクリアしても実現可能性は低いように思います。 日本語の上手なフィリピン人にとって水商売などの方がメリットがありそうですし、看護師や介護士などの需要にありつければそちらの方が旨みがあるように思います。 介護士でいえば、看護師と比べハードルは低いですし、潜在的な需要は多く、それは政策レベルでも指摘されているところです。 また介護と保育を比べた場合、サービスを受ける側、預ける側の要求レベルは保育の方が高いと評価できます。 その意味でやはり実現可能性は低いと思います。 ただ、ベビーシッターの需要はあるのは事実です。 供給がないだけであり、現在は時短勤務や時間外勤務の制限といったところで対応しているようです。 提案として情報発信されるのは良いことだと思います。
2013年05月04日 01:24
田原氏の憲法に対する感覚は真っ当だと思います。 やはり自民党の96条改正案は稚拙な感じがします。 ただ、橋下氏やみんなの党がどこに問題意識を持っているのか、その辺りはじっくり話を聞いてみたいと思います。 田原氏の世代は物心ついたときから世は軍国主義であり、国は正義の戦争をしているのだと教えられ、教育勅語はバイブルだったんだと思います。 戦争が終わり途端に誰も何も言わなくなり平和主義になり、それを田原氏は「国はウソつくんだ」と理解しているのだと思います。 同じ世代の石原慎太郎氏は逆に「戦後が間違ってるんだ」と理解しているのでしょう。 わたしの父も同世代ですが、同じような心中の葛藤、ねじれがあるように思います。 わたしはこの世代の葛藤を目にすると、やはり国家が価値を規定するのは危険なことなのだと思います。 その意味で今の憲法がもっている立憲主義の原則は守っていくべきだと思います。 また、国民の間ではこういった立憲主義に対するコンセンサスは得られているように思います。 一方でわたし達の価値観が憲法に反映されるべきなのだ、という意識は薄いように思います。 やはりこれまで自らの手で憲法に関わってこなかったことも影響しているのでしょう。 憲法をどう変えるかだけではなく、わたし達の法意識も問われているのだと思います。
2013年05月03日 23:34
筆者の法意識について疑問に思います。 筆者の考えによれば、仮に刑法で正当防衛が条文化されていなかった場合、「人を殺して正当防衛が認められるのはおかしい」となるような気がします。 何ていうか、単に「悪法と言えども法である」といった風に聞こえます。 ~これを私なりに意訳すると「日本国憲法は守る必要が全くない」~ この引用などもまさに間違った法意識を表しているように思います。 5/2のニコ生×BLOGOSにおける小林節氏と木村草太氏によれば、9条の解釈については、解釈の範囲を超えているとする説と範囲内だとする説があるとしていました。 あらためて、自衛権について国民的議論が起こり、9条がわたしたち国民の価値観が反映された日本語的に齟齬のないものになるのであれば、わたしは9条改正に反対ではありません。 一方で木村草太氏がいうように法意識についても国民的な議論が深まって良いように思います。 またドイツなどでは伝統的に解釈の幅が狭く必然的に憲法改正が多いのだとも述べられていました。 それはそれで一つのあり方だろうとは思います。
2013年05月03日 23:01
>費用対効果は十分にあると書いたつもりです。 そう意味ではないです。 食事や居住費などは現物給付なのかと言う意味です。
2013年05月03日 20:19
単純に5万円の費用の対価は何なのかということですよ。 基本的に24時間拘束されるのだ、しかし居住の場所は提供され、食事も提供される、もちろん睡眠時間も確保される、ということですよね。 外観は人の売買にみえます。 もちろん奴隷制度が悪いと言う意味ではありません。 結局、拘束時間その他どのような契約を結ぶのかということです。
2013年05月02日 20:35
雇用保険の持続可能性については中長期的という但し書きつきですので意見の相違ということでしょう。 外国人ベビーシッターについては、リアリティを欠くという印象は変わりません。 また 「政府債務の減少と、経済成長の為の女性の労働力確保という両方の目的を同時に叶える為には、税金や企業の負担増によらない解決策が必要」 と仰っていますので、市場価格による保育系のサービスの供給が念頭にあるのだと思います。 したがって次のような点についてクリアできる目処を示せばリアリティのある提案となるのではないでしょうか。 ①保育系のサービスが市場価格で供給可能なのか、その場合経済政策や福祉政策との整合性は図れるのか。 ②外国人を月5万円で住み込みで雇うことにした場合、労働法制との兼ね合いはどうなるのか、また「外観は人の売買ではないのか」とは言わないまでも人権上の問題はどうなるのか。 個人的にはベビーシッターの活用は現在の制度上でも俎上にあがっていたと思います。 したがって、日本人のベビーシッターの活用がある程度普及した後に案としてあがってくるのが自然のように思います。 また、高齢者支援から若者支援へシフトすべきとする議論もあります。 現在は11:1ほどで高齢者支援に傾きすぎていると言われています。 このあたりも議論の対象になってしかるべきだと思います。
2013年05月02日 20:27
終身雇用制にこそ問題があるのだ、企業が労働者の面倒をみる社会から、国が労働者を守る社会への転換が必要だ。 ダイナミックにそこへ転換できなければブラック企業の問題はなくなることがない、ということでしょう。 だとすれば真っ当な意見だと思います。 ただ、終身雇用が崩壊している企業でもサービス残業を強要する風潮はあると思います。 足下をみているということです。 その意味で一部の方が記事に反発するのも自然なことのように思います。 企業からみれば仕方ない面もあると思います。 多少きついことを要求しても辞めないのですから。 さらに求人かければナンボでも応募があるわけですから自然のことだともいえます。 わたし達の国の法システムでは社会が価値を決定することになっています。 企業と労働者の関係はどうあるべきか、わたしたちが考えそれが労働法制等の法秩序に反映されるのだろうと思います。 課題を国民、労働者の側に投げかけるその問題意識は大いに支持します。
2013年05月02日 19:22
労働者の側も残業代をあてにしている面もありますから、36協定ぐらいチャンチャンと事務でやってくれ、というのはありますよ。 そういった雇用慣行を行政が追認しているのが現状だと思います。
2013年05月02日 19:04
36協定は労組なくても大丈夫ですよ。 従業員の代表と協定を結ぶとかそんな感じですので。 おもむろに労務を担当している事務職員がサインしているケースもあるみたいです。
2013年05月02日 00:28
0歳時の子育てが大変であるというのは同意します。 またこの期間の保障を最も充実させるべきだと思います。 育児休業給付について財政的な問題を指摘する人もいますが、それは違うように思います。 現在の育児休業給付は23年度で2600億、その内1/8が国庫負担(約320億)という状況です。 雇用保険料率は25年度で労働者負担が0.5%。 介護保険料の負担(40歳以上)が0.775%。 雇用保険料率は、1%程度まで引き上げる余地はあるのではないでしょうか。 財政的な面に関して情緒的な反応が多いように思います。 この点については冷静な反応を希望します。 同時に高齢者支援と比較し若者支援は後回しにされてきたと思います。 高齢者の社会保障から若者支援へといったところも議論されて良いと思います。
2013年05月01日 22:09
石水さん返信ありがとうございます。 リアリティに欠けるという印象は変わりませんが、100歩譲りましょう。 その上で、2点質問させてください。 ①住み込みだとほとんどの子育て家庭でスペース的に難しいのでは、と思いますがいかがですか。 ②本山氏のブログでも指摘しましたが、わたしは雇用保険財政は余裕があると評価していますがこの点についてはいかがですか。
2013年05月01日 00:38
(つづき) ここでいえるのは、西洋型のシステムでは社会において共有される価値観が未成熟であれば、それはストレートに法秩序に反映されるということです。 その意味で、明治政府型のトップダウンにより価値が規定されるシステム、「お上が価値を規定し、皆がそれに従い、一致団結することで秩序が維持される。」とするシステムに比べ危うさがあるように思います。 それは、西洋型のボトムアップで価値が規定されるシステムには付き物であり、それ故自律的な個人像が前提になるのだと思います。 またトップダウン型のシステムは日本人には親和性が高いように思います。 それは予定された調和を生み出しやすいのであり、その美しさに対するノスタルジーも存在すると思います。 西洋型のシステムも明治政府型のシステムもフィクションであることに変わりはないでしょう。 しかしわたしには、ボトムアップ型の法秩序の中で、古き良き時代の価値観や伝統の継承といったものは可能だと思っています。 そしてこういった論点は改憲議論などにも内包されているのであり、こういった議論が行われることは日本社会において意義のあることだと思っています。