外岡 浩の公開コメント一覧

  • 2013年05月09日 08:00

    「学びの一手段として、本を活用する」という考え方に共感しました。記事にも書かれていますが、学びが目的であれば本に限らず、人と話すことも選択肢としてあります。また、ビジネス書やマニュアルは学んだ内容の即戦力としての活用が求められますが、当然のことながら小説や詩などの文芸は即戦力のために存在しているわけではありません。教養を形成するためにある。「活用」は実践的な範疇にとどまるものではなく、人格形成という活用もあることを念頭に置いておきたいとおもいました。

    出口治明
    読書のすすめ ― 本から学ぶことの効用と古典の重要性
  • 2013年05月08日 14:22

    すばらしい記事だとおもいました。 「文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい」のエントリにも共感したのですが、そのエントリの先をさらに追求していらっしゃる。 確かに大量のインプットがあっても引き出すことができなければ、ただの物知りに終わってしまいます。そもそもいまの時代は大量の情報がクラウド上にアーカイブされているわけで、大量の情報を探したければインターネットにアクセスすることで事足りる。情報量が多いだけの物知りはたいして価値がありません。しかし、適切なときに大量の引き出しのなかから適切な情報をピックアップできる能力は重要です。そこには最先端のテクノロジーやインターネットがいまだに手に入れることができない「直感力」と「連想力」という人間の力が必要になるとおもうので。 音読、考える、書く、というアウトプットはもちろん「議論する」ということを挙げている点にも共感しました。知識は蓄えておくだけでは錆びてしまうものであり、実践で活用してこそ知識の輝きが増すものだと考えます。 脅迫観念的にただインプットやアウトプットの量を増やすだけでなく、ゆっくり時間をかけて多様なアウトプットを行うことによって読書が教養という力に変わるのではないでしょうか。そんな読書を心がけたいとおもいました。

    シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
    インプットした知識を血肉に変えるためには
  • 2013年05月07日 10:02

    ご紹介いただいた「文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい」というエントリを読みました。すばらしかった。情報収集や取材などのインプットが文章を書く上では重要であることを再認識しました。 加えるならばインプットの「質」も重要ですね。確かにイケダハヤト氏のように大量の情報を収集することも大事かもしれませんが、「わからない」ことにこそ未開の知識が開ける可能性がある。わからなさをスルーするのは非常にもったいないことです。理解不能な著書やひとに出会ったときは、新しい知識を得ることができるチャンスだと考えるので。 どんなに大量のエントリを書いたとしても、なぜか楔に残るような言葉がなくて、ひとつひとつが軽々しいのは、理解できないことに対して誠実に向き合わないイケダハヤト氏の情報収集における手抜きが文章にあらわれているせいかもしれません。 自分が理解できるものだけに接するという自己中心的で不遜な姿勢は、結局のところ自分の成長を止めるものであり、自分のためにはならないとおもいました。

    Hayato Ikeda
    速読なんてウンコです—イケダハヤト流・速読術と、ぼくが速読を続ける理由
  • 2013年05月05日 19:24

    いつもながらの「批判者を批判することで何かを論じているかのような体裁を整える」イケダハヤト・メソッド。ワンパターンもここまで徹底すると見事です。 Gunosyの良さについての言及は、「テクノロジー系」ではなくても一般人が使っていれば体感できることであり、テクノロジー系を謳うのであればもう少しアルゴリズムなどに踏み込んだ解説がほしかった。薄味の記事が残念です。

    Hayato Ikeda
    「Gunosy」にあって「はてブ」にない魅力:パッケージ性
  • 2013年05月04日 17:42

    2度拝読しました。非常に興味深い記事であるとおもいました。 私見では「個人メディア」の可能性を否定しませんが、「誰でもメディア」のような安易なものではなく、「メディア」になることのできる「個人」は限られるのではないか、と考えています。というのは、広瀬氏がここで指摘されているように、尖った専門性や既存メディアとの差別化が求められるからです。そのハードルを越えてメディアとして力を持つ個人は限定されるのではないか。 多くの個人はツイッターのフォロワーやブログのアクセスなどの増加から、自分が「メディア」になったかのような錯覚を起こすものです。しかしながら、影響力という面を考慮すると、定量的な観点はもちろん定性的な観点からの判断が必要であり、ただ「読んでいるひとが増えた」だけではメディアとはいえない。影響力があるからこそ「コミュニティ」ができるわけで、立派なメディアであるためには影響力は無視できないと考えます。 というわけで、個人メディア時代のような惹句に踊らされるのは考えもの。個人メディア(パーソナル・メディア)というコトバを発するひとたちのこと、あるいは流行を、ぼくは若干冷めた目で眺めています。

    広瀬隆雄
    個人メディア雑感
  • 2013年05月04日 14:45

    イケダハヤト氏の発言は、常に「Aの裏返しはA'」と言っているだけであり、Aとはまったく異なる「B」という創造的発想がない。最初は奇異ゆえに注目されるかもしれませんが、いつも裏返し思考ばかりなので、さすがに創造性の欠如にうんざりしています。 同時に、反社会的発言を擁護するという意味では、ひねくれた偽善者ともいえるわけで、そのような偽善者のふりは彼がよく引用している中島義道氏が最も嫌うもの。いったい中島義道氏の本の何を読んでいたのでしょうか。というか、読んでいないのでしょうけれども・・・。 ちなみに速読自慢にも笑ったのですが、速く読めばエラい、たくさんの量を読めばエラいという読書は、中学生ぐらいで卒業したいものです。本に対する愛情がありません。本を消費するモノとしか考えていない「書店」の店長から本を買いたいとおもうでしょうか。ぼくはおもわないですね。

    Hayato Ikeda
    古市発言への批判に見る、「積極的に嘘を付け」と語る「道徳的」な人たち
  • 2013年05月03日 20:27

    不振の要因を指摘するだけでなく、その改善点も提示しているところが見事なエントリだとおもいました。実際にマクドナルドでバイトとして働いていた経験があることも説得力があります。 一般庶民にとっては味も重要だけれど、やはり価格が大事。地域で価格を変動させていることは、それなりの戦略があってのことだとおもいますが、功を奏していない感がありますね。マクドナルドは地域密着型の店舗というわけではないとおもいます。全国展開しているチェーン店の価格が場所によって異なることは、消費者にとっては安心できません。また、高級バーガーはマクドナルドがやらなくても、という印象があります。 とはいっても、ぼくはマクドナルドが好きです。かざすキャンペーンはともかく、キャラクターとタイアップしたキャンペーンは子供たちにも人気があります。迷走感を抜け出して頑張ってほしいものです。

    かさこ
    マクドナルドの迷走ぶりがすごい!高い・遅い・まずいのマクドナルドはなぜ不振なのか
  • 2013年05月02日 18:56

    これは酷いですね。ノマドにしても休学にしても人生の選択肢のひとつに過ぎないものであり、積極的に「オススメ」できるものではない。やむを得ず選ぶ生き方ではないでしょうか。 お父さんみたいなことを言いますが(というかぼくは実際にふたりの息子を持つお父さんですが)、学生の本分は学ぶことにあり、学びのなかで自分に向き合い、やりたいことを実現し、たくさんのひとに会えるはず。ここで書かれていることは、休学せずに実現できるものばかりです。 イケダハヤト氏は自分の言説に責任が取れないという発言をしていますが、文章でオススメした以上は責任が発生することをわきまえたほうがいい。自分の生活のための資金を稼ぐだけがプロ(ブロガー)の条件ではなく、言葉の影響力をきちんと把握し、社会に対する責任を担うことがほんとうのプロであるとぼくは考えます。

    Hayato Ikeda
    休学をオススメする3つの理由
  • 2013年05月02日 02:58

    「政治もマーケティング」という発想自体が陳腐で浅はか。大西氏の得意なマーケティングという土俵で政治を語ろうとしただけの表層的なエントリであり、イケダハヤト氏的な安直さを文章から感じました。 マーケティングは手法であって、手法を指摘したところで政治の本質を突いていない。顧客主導型風の政治を展開しても日本を迷走させるばかりです。むしろ重要なのはマーケティング的な発想や表層的な手法ではなく、日本の未来を構想し、その構想に軸を置いた強力なリーダーシップではないでしょうか。 民主党にせよ他の政党にせよ、日本の政治に欠けているのは構想力とリーダーシップではないかと考えます。政治はマーケティングではないですね。

    大西宏
    自滅にむかう民主党を再建するには
  • 2013年05月01日 19:00

    堀江さんの考え方に共感するところが多々ありました。ピックアップすると次の3点でしょうか。 ひとつめ。ニュースのキュレーション。400字でニュースを解説するサービスについては朝ナマでもお話されていましたが、情報過多の時代に、必要なニュースを抽出してくれるサービスの需要は高まるのではないかと感じています。キュレーションの方法としては、自動化と編集の2通りがあるでしょうね。自動化されたサービスの例としてGunosyを挙げられていますが、これはぼくも使っていて、興味深いアプリだと感じました。自分の情報収集の傾向をあらためて気づかせてくれたりするところも面白いとおもっています。 ふたつめ。ePubはクソであるということ。残念ながらこれも同感。どうでもいい統一規格にこだわるあまりに、全体的な使いやすさを阻害している気がしています。ただ、津田さんなどが配信されている長文メールマガジンを読むのは若干苦労するので、メールのリーダーアプリなのか何なのかわかりませんが、長文のテキストを読みやすくするための規格やアプリなどはあっていいと考えます。 みっつめ。動画の可能性。個人的には音声の可能性も挙げたいとおもいました。動画の場合何かをしながら動画を視聴するということはしにくいのですが、音声であれば何かをしながらバックグラウンドでコンテンツを聴くことができます。という意味で、要するにラジオの代替なのだけれど、ネットの音楽であったり音声のサービスに可能性を感じています。

    BLOGOS編集部
    "ePubはクソ"、"ハフィントン・ポストで連載開始"〜堀江氏、メディアを語る
  • 2013年05月01日 01:48

    愕然としました。これで電子書籍プロデューサーを名乗っていいのですか?素人レベルではないかと。実験にもほどがあるのではないか、と感じました。

    鈴木秀生
    【eBook最前線 Interview(2)】 書けんのか! 素人著者✖プロ編集者対談
  • 2013年04月30日 14:52

    うーむ。どうでもいことじゃないですか。好き嫌いであろうと正誤であろうと。 哲学者である中島義道さんが人間の感情の機微に拘るのはわかりますが、プロブロガーであるイケダハヤト氏が自分に向けられた批判をそのロジックで裁こうとするのはいかがなものかとおもいました。中島義道さんとは取り組む課題の大きさが違いすぎる。 もっと人間にたいする愛情をもちましょう。

    Hayato Ikeda
    「好き嫌い」ではなく「善悪」を語る、ずるい人たち
  • 2013年04月30日 10:56

    いいですね!ネットなまはげ、という発想が気に入りました。ネット悪人に鉄槌をくらわすバットマンみたいなひとがいてもいいかもしれない。陳腐な言葉を使ってしまえば、不適切な利用者の監視であったり、リテラシーの啓蒙のようなものだとおもいますが、真面目にやっちゃうとつまらないので「なまはげ」がいい。音感的にもよいとおもいました。 次世代の子供たちのリテラシーを正すことはもちろん、現在の大人たちのネット利用法を正すことも必要ですね。なぜなら、多くの子供たちは大人の背中(やっていること)を真似ながら育つものですから。

    シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
    インターネットには「なまはげ」が必要だ
  • 2013年04月27日 22:57

    みなさんがコメントされているように、古いもののデメリットを裏返せば新しいコンセプトを提示できるという発想は「浅い」としか言いようがありません。アフィリエイトのために記事を組み立てているという思惑が見え透いてしまうのも残念です。そもそも組織に属することを厭う人間の書くリーダーシップ論はここまで説得力がないものなのか、と感じました。

    Hayato Ikeda
    20世紀型リーダーシップ、21世紀型リーダーシップ
  • 2013年04月25日 13:50

    薄っぺらな内容どころか人格まで批判されがちなイケダハヤト氏の記事ですが、この記事に関しては共感を得ました。 自己満足の文章なら誰でも書くことができるけれど、自分の書いた文章で稼いでいる事実があるとすれば、その書き手は紛れもないプロ。また、自分を晒すことの是非は置いておくと、それぐらいの「覚悟」がなければプロの書き手にはなれない。365日、毎日12時間、書き続けられるかということも同様に「覚悟」の問題だとおもいます。 ライターに限らず音楽家やアーティストもそうだとおもいますが、憧れだけではなれない職業です。バッシングを受けようが人格否定されようが、覚悟のある人間は強い。覚悟について考えさせられる記事でした。

    Hayato Ikeda
    プロのライターを目指す若者に伝えたいこと
  • 2013年04月25日 13:16

    三軒茶屋のTSUTAYAでノマドフェアのようなノマド関連を集めた棚があり、そちらで『ノマド化する時代 』をさっと読ませていただきました。確かジャック・アタリが引用されていたかとおもいますが、面白そうだなとおもったものの、立花岳志さんの『ノマドワーカーという生き方』のほうを買ってしまいました。社会全体を茫漠として語る本より、実践的だったので。 これからは「個」の時代である、だから組織や国家は結束力を失いノマド化する、と自分なりに解釈しましたが、このような見解には同意です。ノマド化する社会は、コメントに書かれていた終身雇用の崩壊というような日本的雇用の変化、つまり狭義のワークスタイルの変化という動向とはニュアンスが違うとおもいますね。もちろん喫茶店で仕事をすることをノマドといったり、自己啓発ビジネスが飛びつくようなちゃちなノマドとも違う。谷本真由美さんの『ノマドと社畜』も読んだのですが、あの本で語られているグローバルな視点や、時代を俯瞰した視点でノマド=組織にとらわれない個人の在り方、について考える時代だとおもう。 とはいえ、ぼくは起業してノマドの洗礼を受けている最中なのでノマド的な働き方の重要性を身をもって理解できるのですが、いままで通り企業や組織のなかにどっぷりと浸かっているひとには実感がないから理解できないだろうし、関わらずに済む問題なのかもしれません。

    大石哲之
    本日、ノマド論2.0がはじまります。
  • 2013年02月08日 07:47

    家入氏の書評、頷きながら読みました。平野啓一郎氏の2冊はツイッターなどでも話題になっていましたが、あらためて読んでみたいとおもっています。特に「自殺とは、死を切望する1つの分人を消す為に、自分の全存在を抹殺する行為」という部分は説得力がありました。 ただ、家入氏のファンであり、いつも発言に注目しているもののひとりとして、あえてひとつ感じたことを率直に述べます。 「逃げろ」は安直ではないでしょうか。 またか・・・という印象を拭えませんでした。もちろんだからといって「立ち向かえ」とか「状況を受け止めろ」と言及しなくてもよいのですが、逃げるにしても、どう逃げるか、その後どうサバイブするかなど平野氏の作品を読んだ上での具体的な家入氏の見解を知りたかった。 短いコメントなので多くを要求するのは失礼かと存じますが、自殺への対処を薄っぺらな「逃げろ」で片付けてしまっていることが家入氏の言葉として定型的であり、投げやりでもあり、書評としては残念に感じました。

    家入一真
    私とはなにか
  • 2013年01月17日 07:05

    まずタイトルが稚拙すぎます。「裏でこっそり」という言葉が不快感を募るのだとおもいますが、「周囲に配慮して」という意味ではないでしょうか。 また、本郷宏樹氏もコメントされているように「ダメ出し」という言葉は「アドバイス、教育、指導、叱る、批判」を含むものであるのに対して、この記事では視点が絞られていない。『ブラック企業』の引用は強引であり、ロジックに欠けると感じました。こじつけすぎですね。 一方で、ブログなど公開されたメディアを通じて、ある特定の個別サービスを批判する場合には、充分に留意し、「晒す」ような幼稚な書き方をしたり、炎上を誘うような感情的な表現には気をつけるべきであると考えます。 共感できる部分も一部あるのですが、惜しい記事でした。

    Hayato Ikeda
    ダメ出しは公衆の面前ではなく、裏でこっそりやりましょう
  • 2013年01月08日 20:28

    採用担当者が学生に落とした理由を伝えるのではなく、ぜったいに受かりたい企業であれば、落ちた学生が採用担当者のみなさんに落ちた理由を聞きに行くぐらいの「気概」が必要ではないでしょうか。嫌がれられるとはおもいますが。 自主的に勝ち取っていくのが「就職戦線」。与えられるまで待っていては遅いですね。

    Hayato Ikeda
    採用担当者のみなさん。「落とした理由」を伝えてみては?
  • 2012年11月21日 21:46

    リアルが便利すぎるというご意見、なるほどとおもいました。確かに日本には至るところに本屋さんがあります。そして買うという行為だけではなく、本屋さんで「立ち読みをする」文化があるとおもいます。散歩がてら本屋さんに立ち寄る、ぺらぺらと気になった本を読む。ネットの電子書籍では、バーチャル的に立ち読み体験を再現できたとしても、実際の本屋さんの「場」で、書籍の手触りや匂いなどの空気を感じながら本を選ぶ体験のほうが勝るのではないでしょうか。ぼくは紙の書籍 vs 電子書籍という風に対立するものではなく、どちらも棲み分けていくのではないかと考えています。

    Fukuyuki Murakami
    日本に電子書籍が来るのはまだまだ時間がかかる気がする。
  • 2012年11月21日 21:35

    育児という身近で大切なテーマと公共のモラルやマナーを問うという点で、いい意味で意見が交わされたケースではないかと感じました。もちろん中には単なる批判や誹謗中傷的なものもあったかもしれませんが、前向きな論争は参考になりました。政治家でもこういう動きがあるといいですね。ただし、言葉じりをとらえた揚げ足取りのような批判ではなく、政策についての真面目な議論がFacebookなどを通じて行われるといいな、とおもいます。

    熊坂仁美
    さかもと未明氏の記事に見るFacebookコメント欄のパワー
  • 2012年11月21日 21:27

    若干おっしゃっていることと論点がズレるかもしれませんが、「見栄」は「プロ意識」に通じるものではないかとおもいました。「面白い」「好きだ」は一人称的な視点であり、確かに一人称で感じたことや考えたことは説得力があるのですが、表層的である。それよりも深く「なぜ」それが面白いのか、好きだと感じたのかを探っていくためには、三人称的(つまり客観的)視点が必要になります。ひとりで面白がっていたり好きになっていたりするのではなく、その理由を深堀りして論理的に述べることが「見栄」なのかもしれません。

    medtoolz
    見栄の力について
  • 2012年11月10日 07:03

    学習に動的なフィードバックサイクルが必要だというご意見に同意いたしました。「いいね!」のような評価でも構わないとおもうのですが、講師など他者からのコメントがあると、アウトプットを次のインプットにつなげる動機になるかもしれません。

    梶原健司
    学習の高速道路について。
  • 2012年11月09日 06:55

    お恥ずかしながらぼくも「爆速」という言葉をはじめて聞きました。そして爆速で立ち上げた各事業がいったいどこへ向かうのか、この記事からは見えにくい印象がありました。ベンチャースピリッツを取り戻した勢いには期待したいところですが、勢いあまってどこか見当違いの方向にサービスが展開されないよう祈るばかりです。

    徳力基彦
    2012年のネット流行語大賞は、間違いなくヤフーの「爆速」であることを、ad:tech Tokyo 2012でまざまざと見せつけられた件について
  • 2012年11月06日 21:28

    デジタル・イミグラント(移民)という言葉をはじめて知りました。ある意味、デジタルとアナログの「ハイブリッド」ではないかと考えます。 ぼくは手書きによる手紙も書き、手紙のあたたかさも知っています。一方で(メールは最近、利用が激減しましたが)SNSによるリアルタイムのやりとりの便利さや楽しさも知っています。デジタル・ネイティブの間に世代間の断絶が起きるのではなく、アナログのよさも次の世代に伝えていけるといいですね。 また、デジタルが最強、時代はアナログからデジタルへという強引な流れもあるとおもいますが二項対立やデジタルへの一方的な移行ではなく、デジタルとアナログが共存する世界が人間としてはしあわせなのではないかと考えます。

    梶原健司
    今の時代のコミュニケーションについての私見。
  • 2012年11月04日 11:23

    「大学冬の時代」というフレーズが使われはじめたのは15年以上も前のことかとおもいます。拝読した記事のなかで、11月にもなって認可が下りていない大学があることに、あらためて愕然としました。少子化の動向を受けて、新設校の数も縮小されているのではないかと推測いたしますが、計画的に新設や閉鎖、統合を考えているのか疑問です。政治を含めて日本のあらゆることにいえるとおもうのですが、場当たり的で全体の「構想」がない。経営的な視点から、教育施策の中長期計画を立てるべきではないかと考えました。

    田村秀
    大学はどこへ行く
  • 2012年11月04日 10:53

    単なる印象にすぎないかもしれませんが、社名がパナソニックに変わったときに背後にあった大きな何かが失われた気がしました。企業として変わらなければならなかった時期であることは理解しています。しかし、守らなければならない文化もあったはず。

    川北英隆
    パナソニックの凋落と予兆
  • 2012年11月04日 10:29

    「月20万稼げるブログ」のノウハウとしては、ご自身の体験に基づいた貴重な情報を提供していただいていると感じた。 しかし、プロブロガー(というものがあるかどうかよく知らないが)の「姿勢」としてはいかがなものだろう。たとえば脈絡もなく「ジョジョの奇妙な冒険」のアフィリエイトを挿入するテクニックは、ブログの文脈を破壊するもので、結局オピニオンなのか製品の紹介なのか何を読ませたかったのかわからなくなる。ブログとしても情報のパッチワークのようなおかしな体裁にみえる。 また、KPIを検索トラフィックや「いいね!」の数、稼いだ金額に求めるのは、浅はかであるように感じた。炎上させれば面白がってアクセスは増える。それがブログの「価値」だろうか。継続することの重要性を強調されているが、短期的には面白がられてアクセスがあったとしても、長期的には飽きられてしまう可能性がありそう。 とはいえ「賛否両論」のブログ、注目しています。

    Hayato Ikeda
    「月20万稼げるブログ」を運営する上で気をつけている5つのこと

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