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まず、国民に死刑についての知識が不足しているし、まともに考えてもいないでしょう。 議論以前の状況だ。 しかし、それでいて死刑は存置されているのだ。 知識の不足。それすら意識していないでしょう。 他国でなぜ死刑を廃止しているのか。 死刑に本当に犯罪抑止の効果があるのか。 効果がないとすれば、なぜそれを続けるのか。 冤罪は生じないのか、生じたとして、ではその罪はどうやって、誰がとるのか。 この場合、量刑が過剰であった場合、無期懲役との差はあまりに大きいがそれをどう考えるのか。 さらにその場合、遺族感情というものを量刑に反映させるとして、遺族の責任を問うのか。 終身刑では不足なのか。 犯罪者引渡し条約を結べないことの不利益を理解しているのか。 いろいろと論点はある。 法律の話は簡単ではない。その知識のために避ける労力にも限りがある。 だが、死刑が重要で、それに賛成または反対するということの責任を考えれば、現状は無知にすぎる。 主権者様だから、なんとなくでも賛成反対を言えばよいというものではない。 考える材料もなく、論点もわからずに、賛成も反対も言えるものでしょうか。 死刑の存廃を決めるものが、それがなんであるかを理解せずに、どう決めるのか。 私自身は死刑制度に反対していますが、現状において根本的に問題なのは、裁判員制度が開始し有権者が司法に関わる部分を増やして、法律と国民との距離が縮まっているのに、極刑である死刑について、まるで議論が大きくならない現状そのものです。
なぜ日本では死刑制度が存続しているのか?法律家の方々が多種多様な知見をもとに議論した経緯があるはずだが、われわれはそれを知らない。だからこそこの議論のテーマが設定されたのではないか?村上春樹氏の論説記事を読んで、この疑問をもった読者は多いのではないかと思う。 村上春樹氏「胸の中の鈍いおもり」 ~毎日新聞 2018.7.29. https://mainichi.jp/articles/20180729/ddm/003/040/004000c
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