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死刑を廃止すべきでしょう。 そもそも、死刑で犯罪の一般予防効果があるかというのは、大きな疑問があります。 重大凶悪犯罪に手を染める人間というのは、ほぼまちがいなく、偏った境遇によって、なんらかの物理的な理由や、あるいは精神衛生上の問題を生じて、犯しています。 それでもあえて死刑をやらなければならないというのならば、 彼らの再犯を物理的にさえも抑止しえない社会であるとか、 あるいは、彼らが生きているというだけでも我々のほうがおちおち眠れやしないとかいう事実を、 正面から認めなければなりません。 どんな犯罪であろうと、因縁からでた行為であって、それを、誰かを「悪人」と決めつけて殺して解決しようとするのは、実は、きわめて卑怯です。 そして、根本的にはなにも解決しません。 ただ、特定個人の再犯の危険がゼロになるということだけです。 ただ、死刑廃止、終身刑導入、充実した更生(ケア)が実現するためには、 国民全体に良心・良識が必要です。 みずからの恐怖心・感情と向き合って付きあうこと、自分自身をも客観的にみる洞察力と自律性が必要です。 いまの日本人の全体をみていると、残念ながら、無理だと思う。レベルが低い。 当然ながら、犯罪をしてしまったひとのケアを行うのとセットで、 犯罪被害者のケアも必要ですよ、もちろん。 犯罪行為というのは本質的に、社会全体が起こした不経済です。 社会全体が責任をもって、ただしていかなければなりません。 個人に押しつけては解決しないのです。犯罪行為者に押しつけても、犯罪被害者のダメージを放置していても、いけないのです。 自己責任論も、人間の能力の限界を思い知らなければなりません。 自分は全知全能であるつもりでしょうか?
それに私自身もいまだ日本人の立場から言っている者である以上、 日本人全体に関する批判は自己批判であり、日本人自身の自浄を求める行動です。 「自分たちは愚痴だ」と、つまり「自分たちはアホだ」と言ったひとが昔にもいましたが、それと同じでしょう。 自分が身を切る思いで言っているのに、その情緒も届かないのでしょうか。 自己洞察、自省と、たがいに批判しあうことは必要です。 そのときには、相手の存在そのものに対する害意は慎まなければなりません。 他方で、言動に対する批判をすることで、適切な行き先を導かなければなりません。 自分中心の固定観念に基づいた不適切な言葉遣いは、不毛な争いを起こすのなら無用です。
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