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この議論の結果、何を得ることが出来、そこから何を社会に還元出来るのか? その点を考えるべき。 豊洲と築地、どっちが安全か?などという問いは、決着がどうなるかってのは、皆、大体分かってる。 「いや、最終的にどっちに落ち着くか、全く見えないんだ」という問いではない。 「「食の安全」と「食の安心」を明確に切り分けてください。」って時点で、どちらに軍配が上がるか暗に示しているようなものだ。 あと、もう一つ根本的な疑問がある。 結論を出すのは誰なのだ? 議論が白熱した結果、判定を下すのは誰だ? 「白熱しました。よかったですね」で終わりではあるまい。 だとしたら、誰が判定を下すんだ? 判定を下すとしたら、その人間はこの問題に詳しく、正確な知識を持っている者であると思われる。 もし、そうだとしたら、議論をする前からその人間には結論が分かっているのではないか? 結論が分かっているのなら、ここで議論すること自体は茶番だということになる。
ご意見ありがとうございます。「食の安全」に関するリスクの大小を二つの市場に関して議論していく中で、たとえばAは1万人に1人が下痢になるが、Bは100人に1人が下痢になると見積もられたとすると、一見誰でもAが安全と思いそうですが、Aは死者が出る可能性が否定できないが、Bは死者が出る可能性は限りなくゼロに近いとなると、どちらが正解とは言えなくなります。ただ、重要なリスク情報を理解した上で、食の合理的選択ができることは重要ではないかということです。その際、価格や食の安心情報も食の合理的選択に影響するのですが、食の安全に関してのリスク情報を知らずに選択にいたって、下痢になったり死亡したりしても社会的によいのかということでしょう。
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