新井克弥の公開コメント一覧

  • 2018年04月22日 19:29

    「トイレは男女共用で解決」というコメントがいくつか見られますが、現状では、これ大多数の女性が賛成しないんじゃないんでしょうか。それから、トイレで化粧直しするからとかいうのもありますが、これって典型的な男性社会の論理に基づいたモノノイイですよね。う〜ん(~_~;)

    新井克弥
    トイレから男女平等を考える
  • 2018年03月27日 09:16

    これは90年代にドイツ政府が行ったインターンシップ制度改革の結果を踏まえて議論を展開してます。学校教育のカリキュラム中にインターンシップ(長期)を取り入れたことで同時期、他のヨーロッパ諸国に比較してドイツは新卒の離職率を唯一下げることに成功しました。ちなみに残念ながら企業別、職種別で新卒採用者離職率の統計は取られていません。本来なら、これは例えば政府やリクルート企業が実施すべき事でしょうね。

    新井克弥
    将来を見据えた企業はインターンシップを重視する ( 就職 )
  • 2017年09月03日 18:03

    「例えれば」は私の誤字でした。もちろん「喩え」(隠喩)が正解です。ご指摘、ありがとうございます。ちなみに「テクスト」概念は言語学や記号論では基本概念ですが、用語を巡っては様々な運用法があることをご承知いただければと思います。あなたのおっしゃるテクストの捉え方はいわゆる「志向対象の不在という立場に基づいて、意味現象として出現する概念」で、「記号名称観」の対極の解釈になるものと察しました。紙コップは液体を入れれば「紙コップ」ですが、ペンを入れれば「ペン立て」、手で握りしめれば「ゴミ」、一部をちぎれば「紙の切れ端」になります。受け手側にある概念に基づいて対象がテクストとして自由に切り取られるわけですね。ただし、これで説明するとわかりづらいので本稿ではマスコミが規定し、議論の中でも一般的に用いられている後者の方を採用しました。具体的に「例え」を挙げれば日野皓正氏が少年の頬辺りに手を持っていった物理的動作を便宜上、メディアで規定されている「ビンタ」というテクストとしてホールドし、これを前提にテクストとコンテクストの関連について展開したわけです(これがビンタであるかどうかはハッキリしません。日野氏自信は否定しています)。ということでご了承ください。ちなみに私は大学で記号論を教えて30年ほどになりますが学生にテクスト概念を説明する際には、学習のエコノミーを配慮(つまり簡単な方から難しい方へ順番に説明していく)し、「記号名称感」→「志向対象の不在としてのテクスト」という順番で行っています。

    新井克弥
    マスコミよ、ヒノテルのビンタなんて報道するな!……事件が象徴する「言質」の本質
  • 2017年09月03日 17:36

    ”「暴力=悪という絶対的正義を前面に押し立て、その証拠に基づいた」と表記すると私の立場が暴力≠絶対悪となる”という理解は、本編で示した私のテクストに対する勝手なコンテクスト付けになります。これは、たとえば「○○という人物は左翼的な発言をする」を私がコメントすると「この人は右翼」と判断するのと同じで、完全な飛躍です。つまり、この方も本文をちゃんとお読みにならず、私が今回批判したマスコミと全く同じことをやってしまったわけで、残念ですね。ちなみに今回の議論で完全に欠落しているのは「暴力」「体罰」の定義だと考えています。立ち位置バラバラなので、これでは議論になりません。そして、本稿で私は暴力、体罰是非論については一切言及しておりません。あくまでメディア論の立場からマスコミを批判しただけです。

    新井克弥
    マスコミよ、ヒノテルのビンタなんて報道するな!……事件が象徴する「言質」の本質
  • 2017年09月02日 19:22

    ここでもマナー違反を犯しているようですね。残念です。

    新井克弥
    マスコミよ、ヒノテルのビンタなんて報道するな!……事件が象徴する「言質」の本質
  • 2017年09月02日 18:14

    私は「ビンタ=善」などと、どこにも書いておりません。よく読んでからコメントしてくださいね。

    新井克弥
    マスコミよ、ヒノテルのビンタなんて報道するな!……事件が象徴する「言質」の本質
  • 2017年09月02日 18:12

    最後の「私見」は「これも根拠なきコンテクストに基づいている」というメッセージですよ。文面に、ちゃんと「これも僕の勝手なコンテクスト付け」と断り書きがあります。いいかえれば私の意見も含めて(わかりやすい一例として敢えて記入しました)実際のコンテクストに基づいていないのはダメと指摘しているだけで、私が「これが正しい」と主張しているわけではありません。内容をよく把握してからコメントするマナーをお守りください。

    新井克弥
    マスコミよ、ヒノテルのビンタなんて報道するな!……事件が象徴する「言質」の本質
  • 2016年08月25日 15:14

    なので、その違いを明確化するために、あえて「忍者」や「芸者」をカタカナで表記し、なおかつ和風についても「和風」と括弧書きにしています(いずれもステレオタイプ化された日本文化を示しています)。ちなみに漢字の文化がカタカナ文化になることを「クレオール化」「ローカライズ化」とも表現しています。よく文章をお読みになってからコメントをお願いしますね。

    新井克弥
    RIO閉会式で日本文化を知らしめたのは安倍ではなくMARIO
  • 2016年08月25日 15:08

    文字数の関係上、加えることができませんでしたが(ワタシは長文ブロガーとして、しばしば批判を受けています。今回もギリギリ5000字近くありました(笑))、このショーは過去へのリスペクト(亀倉雄策のポスターと市川崑の映画)へのリスペクト(ほとんどまったく同じ構図があります)と、未来へのリスペクト(中田ヤスタカ、椎名林檎等)の二つもキチッと織り込まれています。未来に向けたものは、海外の先端的部分ではよく知られたクリエーターたちが採用されています。この辺の用意周到さも見事ですね。

    新井克弥
    RIO閉会式で日本文化を知らしめたのは安倍ではなくMARIO
  • 2016年08月25日 07:00

    三つを思いつくことは、それほど難しいことだとは思いません。ポイントはそれをうまくつなぎ合わせて説得力のあるストーリー=演出を作り上げたところにあると思います。でも、これって、あたりまえですよね。音符の数は限られていても、無限の組み合わせで様々なメロディーやアンサンブルが作られていくわけなので。あたりまえを新しく見せることがいちばん難しい、だからこれはよくできていると考えたわけです。

    新井克弥
    RIO閉会式で日本文化を知らしめたのは安倍ではなくMARIO
  • 2016年01月20日 16:15

    すいません、修正しておきます。

    新井克弥
    メディアが伝えないSMAPの「二人」の老害公開処刑人
  • 2016年01月06日 00:11

    正月なので与太話風に展開したら、本気にされた方がいたようです(笑)。今回展開したのはキーボードのインターフェイスについての問題。実は至極まっとうなメディア論の議論です。これくらいの違いで、実はメディアはコンテンツに大きな影響を与えると言うことを、あえてテンキーの議論だけで示してみたのですが、どうも勘違いされた方が多いようで(酔っ払いの議論ではありませんよ(笑))。ちなみに、最初から予測していたのは「地方はどうなるんだ」というツッコミ。チャンネルの配列が違いますから。これ、実は十分織り込み済みです。今回の議論が該当するのは関東圏の人間。つまり4000万強。そして視聴率は実質このエリアでしかとられていません。で、これを踏まえた議論です。メディアリテラシーの啓蒙を続けていく必要を痛感しました。

    新井克弥
    フジ×、日テレ・テレ東・NHK○の意外な理由〜視聴率はTVリモコンが決めている?
  • 2015年09月06日 21:52

    瀬尾さん、桜甫さん、shinさん。今回はコメント欄としてとても有意義な議論が展開されたと感じました(エラそうですいません)。こんな感じでBLOGOSが利用されると大変有意義かなと感じた次第でした。感謝いたします。

    新井克弥
    パクリはどう規定されるのか~佐野問題から考える
  • 2015年09月06日 14:24

    瀬尾さん、ご指摘ありがとうございます。「著作権は作った瞬間、発生する」。その通りですね。知らなかったのではないのですが、執筆中に、うっかりして登録商標と混乱してしまいました。ブログの本筋はそこにはないので、その点をご了解ください。後半の部分については修正し、再掲載いたします。よろしくお願いいたします。

    新井克弥
    パクリはどう規定されるのか~佐野問題から考える
  • 2015年09月03日 19:34

    お断り ピックアップ記事一覧でのタイトルは「3万でも12万でも国会デモは民意ではない」とありますが、これはBLOGOS編集部によって命名されたものです。本文では必ずしも「民意ではない」とは主張しているわけではありませんので、ご了承願います。「3万でも12万でも国会デモは、それだけでは民意と言い切ることは出来ない。数は必要条件、この人数が民意であるためには十分条件が必要」とご理解ください。

    新井克弥
    国会前安保法案反対デモ、3万人も12万も同じ~ネット時代のデモとは ?
  • 2015年09月02日 11:37

    「集合知」があてにならないことについては,私のブログ「食べログのレビューはあたらない〜みんなの意見は案外正しくない」(http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/63414067.html)で展開していますので、そちらをご覧ください。ネットの意見があたかも世論を形成しているように思えてしまう一因には,メディアがこういった意見に安直に頼りすぎるところにもありますね。この件については今回の件、国会前の反対集会の件と合わせてブログに展開する必要がありそうですね。

    新井克弥
    佐野氏デザイン五輪エンブレム使用中止、組織委は腹を括っているのか?
  • 2015年09月01日 18:56

    組織委は、どうやら最悪の全く「腹を括れない答」を出したようですね。組織委を温存し,佐野氏を温存する理由として「専門ではオッケーだけど,一般にはダメ」という「世間様」を敵に回してしまうという愚行(ちなみにこの上で「集合知」とかコメントされておられる方がおられますが,ネット上で騒ぎ立てていることが集合知になるなんてのは少々乱暴ですね。「みんなの意見は案外正しくない」ってのがネット議論です。スロウィッキーの議論をあまり信用なさらないように)。それってホントに「一般」「世間」ですか?ネットとメディアは世間を忠実に反映しているというのは「ネット帝国主義」になりかねない。ネットでの一般の佐野バッシングに恐れをなして,なおかつ身内も守って、まあ組織委はそれでよいのでしょうが、肝心のものが一つ守れませんでしたね。それって、もちろん東京五輪ですけど。

    新井克弥
    佐野氏デザイン五輪エンブレム使用中止、組織委は腹を括っているのか?
  • 2015年08月22日 19:16

    すいません、こんまりさんの名前の表記が間違っていました。正しくは「近藤麻理恵」です。お詫びして訂正いたします。

    新井克弥
    近藤麻理恵「人生がときめく片づけ」は大衆向け整理法
  • 2014年11月19日 15:34

    「アガルタ」「パンゲア」になったら、最高ですね(^_^)b

    新井克弥
    タモリはジャズである~「ヨルタモリ」の評価が二分するわけ(後半)
  • 2014年11月19日 13:37

    すいません。Yahoo!ブログの方で当初「上」とし、途中から「前」としたのですが、修正前のモノが掲載されてしまったようです。統一しておきます。

    新井克弥
    タモリはジャズである~「ヨルタモリ」の評価が二分するわけ(後半)
  • 2014年08月15日 15:45

    都会で生活に困った人間が山間部の農村に行き、米や食料を分けてもらうために反物などの家財と物々交換を行ったといった事例は有名なエピソードですよね。戦後最も不足したのは食料。自給自足ゆえ、それが潤沢だった農村部の人間と生活そのものが立ち行かなくなった都市部の人間の経済的豊かさが逆転していたわけです。

    新井克弥
    戦争のイメージを問なおせ!
  • 2014年08月15日 15:40

    このことについては、今回の短い論考でポイント的に示しています。 >もちろん、何も起こらなかったわけではない。戦地に向かった知人や肉親の何人かは帰らぬ人となっている。だが、死は紙で知らされるのみ。また日に日に生活事情が逼迫し、戦時統制も厳しくなっていく。こういった、ひたひたと日常に入り込んでくる戦争の現実を、当時の人々はどう受け止めていたのだろうか。 ですね。 この短い論考でこの文面を読み落としているというのであれば、あまりにボケているのでは? 念のために添えておきます。本文は、飛行機一つ飛んでこない場所に赤紙が突然やってくることも含めての内容であることをお察しください(たとえば戦地に向かった知人や肉親が戦死するためには、もともとの軍人でない限りは、当然、その前提として赤紙が突然やってくるということが前提されます。)した。文脈的に十分察せられると判断いたしましたので、事細かに事例を取り上げることはいたしませんでした。

    新井克弥
    戦争のイメージを問なおせ!
  • 2014年08月13日 01:05

    私は大学が強者などとは一言も申し上げておりません。マスメディアの報道の図式がこれに基づくおかしな態度をとっていることを示しただけです(それゆえ「ステレオタイプ」と説明も加えています)。また本文をよくお読みになれば、大学がもはや、いわばサービス業でなければならないと指摘していることは読み取れるように綴ったつもりです。コメントの際は、本文の一部を文脈を恣意的に取り上げるのではなく、まず内容全体をよくお読みになることをお忘れ無く。これでは、それこそハラスメントにおける恣意的な文脈の付与と同じになってしまいますので。

    新井克弥
    「相手から精神的苦痛を受けたらハラスメント」という定義の恐ろしさ
  • 2014年05月27日 21:51

    すいません。タイトルの最後の「上」は誤りです。今回が上下巻の「下」とご理解ください。

    新井克弥
    情報消費としてのディズニーランド(下)〜ヴァーチャルとリアルの逆転(上)
  • 2014年04月21日 10:24

    テーマ崩壊過程の根拠・証拠や海外ディズニーランドとの比較(ブランド力の質的違いなど)などについては私のブログ”勝手にメディア社会論”http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuyaの書庫「TDLの歴史」「ディズニーいろいろ」「ロス・ディズニーランド」三つの書庫に詳細がありますのでそちらをご参照ください(ただし、やたらと多いです)。ちなみにウォルトは生前中、つまり逝去する66年までの11年間に、アナハイムのディズニーランドに対して当初の建設費以上の投資を行い続け、パークの充実に努めています。

    新井克弥
    ジャパン・オリジナル化するディズニーランド(TDR)
  • 2014年04月21日 09:43

    ここれまでテーマ性の崩壊についてはさんざん書いてきたので、ちょっと今回ははしょってしまい、説明不足になっていたようです。テーマ崩壊過程や海外ディズニーランドとの比較などについては私のブログ”勝手にメディア社会論”http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuyaの書庫「TDLの歴史」「ディズニーいろいろ」「ロス・ディズニーランド」三つの書庫に詳細がありますのでそちらをご参照ください(ただし、やたらと多いです)。参考までに一部をご紹介しておきます。 TDRのテーマ性崩壊については「DisneyマニアはいずれTDLとTDSに見切りをつける〜崩壊するウォルトの精神」http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/archive/2012/05/28、 ロスディズニーランドとの比較については「ウォルトが生きるロス・ディズニーランド〜日米ディズニーランド比較」http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/archive/2013/01/09

    新井克弥
    ジャパン・オリジナル化するディズニーランド(TDR)
  • 2014年04月04日 11:55

    busheyeさん 最後に。 自分でも申しあげましたが、確かに、長文とBLOGOSブログというのは相性がいいとは言えませんよね(笑)

    新井克弥
    匿名コメントが個人攻撃・誹謗中傷に転じる構造〜匿名性とは何か(7)番外編・後編(その2)
  • 2014年04月04日 09:30

    もちろん、これはバカッターとしてTwitterが完全に機能しなくなることを意味するわけではありません。また、メディアが定着したがゆえにそれを利用するユーザーが賢くなると言うわけでもありません。ただしメディアの特性に飼い慣らされていき、極端な状況がなくなっていくということは事実でしょう。これはいわば「メディアの一般法則」といってもよいものですが、これをアナロジーとして適用しました。ご指摘のあった2ちゃんねるもそういったかたちで変容していると私は判断しています。ちなみに、私の周辺の若者(学生)は2ちゃんねるに対して、もはやあまり興味を抱いていないという傾向があります(400名程度に実施したアンケート調査の結果に基づきます)。私も2ちゃんをよく見ていたので、ちょっと驚きましたが……。いいかえればネット住民は「成長」するのではなく「変容」するのだと私は考えます。ただしずっと利用している人間には同じものに見えるはずです。そのメディアをずっと使っているので、自らが変容していることが見えないからです(私が学生たちの2ちゃん離れにびっくりしたのも、その変容に気がついていなかったからという側面があると自戒しました)。現在の「お約束」と10年後の「お約束」は異なっている。ただしそのお約束に関わり続けてきた人間には相対化する視点がないので、二つのお約束が同じものにしか見えない。これはそういった「対象化」の有無の問題なのではないでしょうか。こんなふうに私は考えます。 busheyeさんからはたくさんインパクトをいただきました。私の文章をよくお読みになり、内容を踏まえた上でのご質問であったと思います。おかげで、いろいろ思考を整理したり、発見をしたりすることが出来、「得るところ大」でありました。ありがとうございます。また、お付き合いのほどをお願いします。

    新井克弥
    匿名コメントが個人攻撃・誹謗中傷に転じる構造〜匿名性とは何か(7)番外編・後編(その2)
  • 2014年04月04日 09:28

    話転じて、新井さんの持たれているビジョン・・・ 「10年後にはネット上の匿名コメントも様変わりするはず」というのは・・・どうでしょう? 私は疑問です。多少の推移はあっても、私は10年後も「バカッター」は「バカッター」だと思いますよ? ツイッターがそもそもあと10年続くかという問題はありますが・・・ →これまで様々なメディアが出現し、定着し、そして変容し、あるいは消えていきました。その際共通するのは定着するまではその扱いに混乱が生じると言うことです。たとえばテレビ普及時、プロレス中継を観ていたら流血シーンが現れ、それに衝撃を受けて心臓発作で死亡した老人がいました。また六十年代マンガの普及時には「マンガは子どもを駄目にする」と考えられ、親がこれを取り上げることを社会的に推奨するという事態も発生しました(例えば役所の前にペンギンの形をしたポストが有り、そこには「悪書追放。子どもに見せては外になるものはここへ入れてください」という但し書きがされているものがあったほど。悪書とは明らかにマンガを指していました)。今考えれば実に滑稽な話です。でブログマガジンもTwitterも現在こういったメディア普及の初期段階にあると私は読んでいます。 ということは、いずれそのメディア性、言い換えればその使われ方が一般化されたときには現在の用いられ方とは異なっているはずだと考えるわけです。具体的にはTwitterはこれまでのようなバカッターとしては機能しなくなる(なぜバカッターになってしまうのか、そしてバカッターがどうやって減少していくかについてはブログで展開しています。「コンビニのアイスクリーム冷蔵庫に入る若者を減らす方法は「何もしないこと」(2013年8月14日)」http://blogos.com/article/68178/)。

    新井克弥
    匿名コメントが個人攻撃・誹謗中傷に転じる構造〜匿名性とは何か(7)番外編・後編(その2)
  • 2014年04月04日 09:27

    むしろ私が今回興味をもったのは「ある種のアジェンダに対してはコメントが非常に多くなる」「その場合、誹謗中傷が多くなる」といった現象です。BLOGOSではブロガーは記事に対するコメント数の他に、その記事のpvをチェックすることが出来るようになっています。ところがpv:コメントの比率が極端に高いアジェンダがあるのです。例えば今回の匿名について議論した(5)(3月28日)はpvは現状で2200であるのに対しコメント数が126、ところが4月2日にアップした『アナと雪の女王』のレビューについては3日時点でpv3100に対してコメント数は3です。前者に対しては私もコメントしていますが、それを差し引いても4月2日のものは異常に高いコメント数です(ちなみに最もこの比率が高かったのは「あまちゃん」についての分析(2003年9月3日)で130,000:8というものでした)。これは、言い換えれば一部の閲覧者の中にこの議題についてなんらかのかたちで引っかかる方たちがおられるということになるのでしょう。実際、pv:コメント率が低いほど同じ方がコメントされる、しかも内容が誹謗中傷になるという傾向もハッキリ見えます。こういった状態になるアジェンダには一定の特性がどうやらあるようですね。そして、今回の「匿名とコメント」についての議論はそれが該当したわけです。これは、今後の分析課題にしようかなと思っています。

    新井克弥
    匿名コメントが個人攻撃・誹謗中傷に転じる構造〜匿名性とは何か(7)番外編・後編(その2)

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