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- 2014年11月20日 05:05
苦しかった学級崩壊(?)からの再建 ~ある初任者の取組から~
画像を見る もうかなり前になってしまった。退職し、初任者指導に携わらせていただくようになって、数年後のことである。その初任者はAさんといった。4年生担任である。
初めは順調で、何の問題もないようだった。Aさんも笑顔が絶えなかったし、子どもたちも落ち着いていた。わたしは一週間に一日だけAさんのクラスに入るのだが、児童対応もうまくいっているようにみえた。何よりもがんばりやのA先生。きちんとしていて子どもへも情熱的に接っしていた。
順風満帆・・・そう感じていたのである。
ところが、6月半ばごろだった。それはあまりにも突然だった。後で話を聞いたわたしにしても、まわりの先生方にしても、何よりAさんにとっても驚きの出来事だった。
男子数人が授業が始まっても教室に戻らず、二宮尊徳像あたりにたむろしていたという。職員室にいる先生が気づき教室に戻るよう説得したが、がんとして応じなかったらしい。職員室からの連絡でAさんも異変に気づき、彼らのもとに走ったがダメだった。一時間が過ぎ去り、職員室にいた別の先生がさらに説得。やっとそれには従ったが行った先は校長室だった。校長先生に話すのならと、やっと説得に応じた。
その声をまとめると、
・A先生は女に甘い。えこひいきだ。
・同じことをしても、女には怒らない。
・教室に行っても怒られるだけだから、行きたくない。
後日、そんな事件があったことを校長から聞き、驚いたわたし。子どもの訴えを意外に思った。そんな気持ちでいたとは、ついぞ感じたことがなかったからだ。
さあ、どうしようか。
でも、わたしが教室に入ると以前と同じ雰囲気で、特に問題を感じることはなかった。それだけに、上記事件は信じられない思いがしたし、不可解だった。ただAさんの彼らに対する態度は、気のせいかもしれないが、何か遠慮しているような、はれものにさわるような、そのように感じる場面もないではなかった。
とりあえずわたしとしては、何も対応しないことにした。もう事態は収まっているし、落ち着いていたから、むし返すことはない。何も聞いていないことにしよう。そう思った。
放課後、Aさんには話を聞くことにした。Aさんにとっても衝撃的で、不可解な事件だったようだ。話しながら、涙ぐんでしまった。
校長にも話を聞いた。
「どうしてあんなふうになってしまったか。わたしも分からないのですよ。A先生は熱心ですからね。学級全体としてはうまくいっている方だと思います。まだスタートして3ヶ月くらいですが、保護者からも信頼されています。toshi先生のご指導のおかげと感謝しています。それなのに・・・・。」
とのことだった。
まあ、不可解ではあったものの、これで事態が落ち着けばいいが・・・、と思った。
ところが一週間後、事態は深刻化していた。明らかに教室の雰囲気は変わっていた。体が動く。ざわざわしている。授業中なのに、意味なく立ち歩く。落ち着いた雰囲気などとはほど遠くなってしまった。Aさんも声を張り上げる場面がふえていた。Aさんだけでは対応困難と思う場面もあり、そのときはわたしもどなってしまった。
放課後の話では、意味なく女の子の頭をこづく。足でける。などということもあるようだ。それも先に教室を抜け出した子だけではないという。悪い方に波及してしまったようだ。このときのAさんの言葉で、忘れられないものがある。
「女の子が泣いているとき、その子に、『どうしたの。何かあったの。』と声をかけると、もうそれだけで男の子たちは、『またひいきしてらあ。』と言うのです。それだけでひいきなどと言われたら、いったいわたしはどうしたらいいのでしょう。」
このときわたしは、的確な返答ができなかった。自信を失いかけているAさんに申し訳ない思いになった。
ただ分かってきたことがある。感じたといった方がいいかな。
Aさん自身、きちっとしている。身の周りはいつも整頓されているし、教室も実にきれいだ。整っている。提出物もどこへ出すか、配布物は…など、細かなところまでルール化されていて、子どももよくそれになじんでいる。・・・。いや、なじんでいるようにみえただけだったかもしれない。実はそのことが・・・、この事態に関係しているのではないか。
さて、彼らが際立った変化をみせたことがある。
あれ以来、休み時間など、校長室を訪れるようになった。『校長先生は話が分かる。』『ぼくたちの話を聞いてくれる。』そう思ったようだ。
それでわたしも、校長とよく話し合うようになった。それで、分かってきたことがある。
わたしはAさんに言った。
「先生は、~のようにすばらしい資質をもたれていると思う。でもそれが、あの子たちにとってはマイナスに作用したのかもしれない。先生は当然のこととしているかもしれないが、自分がきちんとしているから、子どもにもきちんとさせたい。それは人間として当たり前のこと。そう思い指導してきたのではないかな。それが災いしたのかもしれない。
あの子たちはおそらく、『先生。そんなにきびしくしないでよ。ぼくたちにはとても無理だよ。先生が期待するようにはできないよ。
できる子はいいよ。ちゃんとできる子は先生に気に入ってもらえるし、ほめてももらえる。でも、それができないぼくたちのことも考えてよ。怒られてばかりじゃいやになっちゃうよ。』そういう気持ちなのだと思う。
でも、その気持ちがうまく表現できない。いや。もしかしたらそれは深層心理の部分であって、認識していないのかもしれない。一方、女の子の多くは先生の期待通りにできる部分が多い。そつなくできる。ほめられることも多くなるだろう。それで、彼らには先生が女の子をひいきしているようにみえてきたのではないかな。
だんだんストレスがたまってきた。先日、ついにそれが沸点に達してしまったのだと思う。
先生は、4年生ならこのくらいできて当たり前とか、このくらいはやってほしいとか、先生の心のなかで一定基準を設け、それを一律に要求しているということはないか。
今、荒れている子は、広がりを見せている。中にはストレスに関係なく、ただふざけたり、おもしろがったり、追随したりしているだけの子もいるようだ。今が一番警戒すべきときかもしれない。」
「でも、子どもによって要求したりしなかったりしたら、それこそ、えこひいきとなってしまうのではないですか。それがこわかったのです。」
「いや。大丈夫だと思う。なぜなら、~。」
そこで過去記事にある《ほめる質より、ほめる量をそろえよう。》という話をした。要約すれば、どの子もほめよう、そのためには、子どもの実態に応じ、その子なりにちょっとでもよかったらほめたり喜んでやったりしようということだ。
この先生はすばらしかった。心が柔軟だった。わたしの話に思い当たるフシがあったようだ。子どもへの接し方を変えていった。それも無理にとか、努めてとかいった感じはなく、自然体で変えることができた。その結果、学級の雰囲気は徐々に上向いていった。
上向くにあたっては、もう一つ、大きな要因があった。それは保護者が全面的にAさんを応援してくれたことだ。
Aさんの熱心さ、情熱的な取組。それらはちゃんと保護者に伝わっていた。だから、学級がおかしくなったときも、
「あんなに熱心な先生なのに、どうしてこのようになってしまったのでしょう。わたしたちの子育てがよくなかったからではないかと反省しています。」
「A先生に申し訳ないです。我が子にもよく言って聞かせました。」
そのように言う保護者が何人もいた。これには、校長も痛く心を打たれたようだ。
「ありがたいですよ。ふつう学級がおかしくなれば、保護者は担任の指導力に不信感をいだきますからねえ。学校全体も応援体制を組んで取り組んでいますけれど、保護者の方々も、《わたしたちにできることはないですか。》とよく言ってくれました。」
さて、上向くといっても、なかなかどうして、一筋縄ではいかないものだ。感動したかと思うと、がっかりさせられる。その繰り返しが多かった。
たとえば・・・、
これはわたしがいたときだったが、給食の配膳のときBさんは何かにつまづき、おかずからスープから大量にこぼしてしまった。すると、Bさんよりもすばやく、Cさんがトイレットペーパーを持ち出してきれいにし始めた。
わたしはてっきりBさんがこぼしたのについては、Cさんにもいけない点があったのかと思い、さらにそうだとしても以前のCさんなら、まずこんなことはしなかっただろう。知らんぷりを決め込んだはずだ。そんなふうに思い、Cさんの行動に、変容を感じたわたし。
まわりの子どもたちに聞いた。
「そんなことないよ。Cさんはあっちにいたから全然関係ないよ。」
それを聞いていたく感動したわたし。目頭が熱くなるのを覚えた。
その感動の背景にはもう一つ理由があった。BさんとCさんは基本的によくしゃべっている。だから一見仲良さそうにみえるが、互いに相手をからかったりばかにしたりして挑発し、暴力沙汰になることも多い。そんなふうなのに、今、きれいにしてやっている。もうこの変容は本物かなと思わせた。
しかし、しかし、がっかりだ。翌朝になるともう違う。以前に戻ってしまったかのようだ。
朝一番に登校し教室に入る。後に女の子が続くのだが、さっと教室に鍵をかけて中へ入れないようにしてしまった。女の子たちが、職員室のAさんのところへ訴えに来た。
担任のA先生に対する態度にしても同じだ。このころになると、実にしっかりとした態度で先生の方を向き話を聞いている。このようなこと、突発事件直後はまったくなかったことだ。その食い入るような眼を見ると・・・、ああ、これもまた感動だ。もう大丈夫。A先生との関係は修復した。そう思える。
しかし、どうして、どうして、そうは問屋がおろさない。A先生が、
「あら。昨日、~って約束したでしょう。それなのに、~。」
そうすると、
「そんな約束知らねえ。」
ととぼけるのだそうだ。
思うに、調子いいときと、かつての数か月の崩壊期に戻ってしまうときとがあるのではないか。本人は変容を遂げているのに、脳がかつての記憶にとらわれている。だからその相克で、Cさん本人も苦しんでいるのではないかな。そんなふうに思った。
また、一筋縄ではいかないもう一つの例だが、Dさんはまじめに真剣に努力していても、Eさん、Fさんは、そうでもなく元に戻ってしまっていることがある。それがときにより、Eさんがまじめ、Fさんがまじめというように、不規則に入れ替わることもある。
こんなことがあったようだ。
ある授業のとき、Cさんがやたら大声を張り上げる。遠い席のBさんに向かって叫ぶのだ。かつてはすぐそれに応じてしまったBさん。
しかしこの時期になると、変化がみられたという。Cさんが過去の呪縛にかかり叫んでも、Bさんはそれに応じず真剣にまじめに授業に参加している。ところが場面が変わると、今度はDさんがふざける。しかし、Cは同調しない。
そんなわけで、いろいろ悩みはあるものの、かつてのような何人もが同調しての問題行動というのは減った・・・・・・ようだ。
もう一つ。きわだった変化は、Aさんが逐一、こうした学級の状況をこまめにわたしに報告してくれるようになったことだ。
わたしは、Aさんに言った。すぐ上の記述のB、C、Dさんの件についてだが、
そんなときは、わざとらしくったっていいから、まじめ・真剣に取り組んでいる子の行動を喜んであげることだ。そしてその喜びを他の2人に聞かせる。そのようにして、少しでも脳にやどってるかつての記憶を忘れさせるのだ。
そんなこんなで、徐々に徐々に、また、行きつ戻りつしながら、回復していった。回復はしたものの、もとの4・5月の良好な状態にまで戻ることはなかったといっていい。もやもやとした状態のまま年度末を迎えることとなった。でも、わたしはAさんの奮闘をたたえた。現状維持も、Aさんの実践力のたまものなのだ。
最後にふれておきたいこと2つ。
・Aさんの2年目は、わたしは違う学校に勤務した。だから、風の便りということになってしまうが、Aさんの学級経営は柔軟さを増し、すばらしいものになったようだ。問題行動の多い子も、Aさんを慕い、良好な関係を築き、いい学級を創り上げたという。
・わたし自身も初体験のことが多々あった。Cさんは一時期、Aさんが、『話があるから、来なさい。』と言うと逃げてしまう。Aさんに向かって、『うるさい。バカ。』と言うこともある。意味なく乱暴する。そうかと思うと、怒りにまかせて大泣きする。
そんなCさんのような子どもは、かつて担任時代経験したことがない。記事の行間にも、そんな感触がただよっていると思うが、今という時代の子どもの一断面を知ることとなった。暗中模索しながらの初任者指導であったといっていいだろう。いい勉強になった。
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あまりにも突然という印象を多くの教員が受けたのでした。しかし、後で振り返れば、子どもの内面では、徐々に徐々に不満がたまっていたのでしょう。たとえはよくありませんが、ガス爆発などと似ていたのではないでしょうか。
Aさんには最後に話したのですが、もし違う学級だったらAさんの指導はうまくいっていた可能性が高いです。しかし、初任のうちにこうした経験ができたことは、長い目で見ればよかったとも言えそうです。いつまでもうまくいく可能性は低いからです。初任のうちに経験できたということは、その後のAさんの教員人生にとってどれだけよかったか計り知れないものがありそうです。
中堅になり、転勤して初めてこうしたことを経験して、こんなはずではなかったと悩む教員もめずらしくありません。かえってそれまでうまくいった経験をした分、自分自身を変える努力はつらくなるのかもしれません。
さて、こうした子どもの変質。それは保護者の子育てがよくないからでしょうか。文中では、保護者の反省の声があったと書きました。確かにそうした声はあったのです。しかし、多くは時代のなせる業。決して保護者のせいとばかりはいえないでしょう。
その具体例。
今の子は我慢できないといった声がありますね。そうだとして、ふつうそれは親の育て方の問題ではないでしょう。むかしは我慢せざるをえない社会状況がものすごくあったのに、今はその必要がない。そのような社会の状況の変化が大きいのです。
もう一つ。改善の努力の具体例。
記事からもうかがえると思いますが、問題行動の多い子も、気分によってではありますが、やさしい言動をみせることもあります。その行為、言葉に信頼をおき、おおいにほめたたえることによって、変容が期待できるようになります。Aさんはそれもできるようになりました。
初めは順調で、何の問題もないようだった。Aさんも笑顔が絶えなかったし、子どもたちも落ち着いていた。わたしは一週間に一日だけAさんのクラスに入るのだが、児童対応もうまくいっているようにみえた。何よりもがんばりやのA先生。きちんとしていて子どもへも情熱的に接っしていた。
順風満帆・・・そう感じていたのである。
ところが、6月半ばごろだった。それはあまりにも突然だった。後で話を聞いたわたしにしても、まわりの先生方にしても、何よりAさんにとっても驚きの出来事だった。
男子数人が授業が始まっても教室に戻らず、二宮尊徳像あたりにたむろしていたという。職員室にいる先生が気づき教室に戻るよう説得したが、がんとして応じなかったらしい。職員室からの連絡でAさんも異変に気づき、彼らのもとに走ったがダメだった。一時間が過ぎ去り、職員室にいた別の先生がさらに説得。やっとそれには従ったが行った先は校長室だった。校長先生に話すのならと、やっと説得に応じた。
その声をまとめると、
・A先生は女に甘い。えこひいきだ。
・同じことをしても、女には怒らない。
・教室に行っても怒られるだけだから、行きたくない。
後日、そんな事件があったことを校長から聞き、驚いたわたし。子どもの訴えを意外に思った。そんな気持ちでいたとは、ついぞ感じたことがなかったからだ。
さあ、どうしようか。
でも、わたしが教室に入ると以前と同じ雰囲気で、特に問題を感じることはなかった。それだけに、上記事件は信じられない思いがしたし、不可解だった。ただAさんの彼らに対する態度は、気のせいかもしれないが、何か遠慮しているような、はれものにさわるような、そのように感じる場面もないではなかった。
とりあえずわたしとしては、何も対応しないことにした。もう事態は収まっているし、落ち着いていたから、むし返すことはない。何も聞いていないことにしよう。そう思った。
放課後、Aさんには話を聞くことにした。Aさんにとっても衝撃的で、不可解な事件だったようだ。話しながら、涙ぐんでしまった。
校長にも話を聞いた。
「どうしてあんなふうになってしまったか。わたしも分からないのですよ。A先生は熱心ですからね。学級全体としてはうまくいっている方だと思います。まだスタートして3ヶ月くらいですが、保護者からも信頼されています。toshi先生のご指導のおかげと感謝しています。それなのに・・・・。」
とのことだった。
まあ、不可解ではあったものの、これで事態が落ち着けばいいが・・・、と思った。
ところが一週間後、事態は深刻化していた。明らかに教室の雰囲気は変わっていた。体が動く。ざわざわしている。授業中なのに、意味なく立ち歩く。落ち着いた雰囲気などとはほど遠くなってしまった。Aさんも声を張り上げる場面がふえていた。Aさんだけでは対応困難と思う場面もあり、そのときはわたしもどなってしまった。
放課後の話では、意味なく女の子の頭をこづく。足でける。などということもあるようだ。それも先に教室を抜け出した子だけではないという。悪い方に波及してしまったようだ。このときのAさんの言葉で、忘れられないものがある。
「女の子が泣いているとき、その子に、『どうしたの。何かあったの。』と声をかけると、もうそれだけで男の子たちは、『またひいきしてらあ。』と言うのです。それだけでひいきなどと言われたら、いったいわたしはどうしたらいいのでしょう。」
このときわたしは、的確な返答ができなかった。自信を失いかけているAさんに申し訳ない思いになった。
ただ分かってきたことがある。感じたといった方がいいかな。
Aさん自身、きちっとしている。身の周りはいつも整頓されているし、教室も実にきれいだ。整っている。提出物もどこへ出すか、配布物は…など、細かなところまでルール化されていて、子どももよくそれになじんでいる。・・・。いや、なじんでいるようにみえただけだったかもしれない。実はそのことが・・・、この事態に関係しているのではないか。
さて、彼らが際立った変化をみせたことがある。
あれ以来、休み時間など、校長室を訪れるようになった。『校長先生は話が分かる。』『ぼくたちの話を聞いてくれる。』そう思ったようだ。
それでわたしも、校長とよく話し合うようになった。それで、分かってきたことがある。
わたしはAさんに言った。
「先生は、~のようにすばらしい資質をもたれていると思う。でもそれが、あの子たちにとってはマイナスに作用したのかもしれない。先生は当然のこととしているかもしれないが、自分がきちんとしているから、子どもにもきちんとさせたい。それは人間として当たり前のこと。そう思い指導してきたのではないかな。それが災いしたのかもしれない。
あの子たちはおそらく、『先生。そんなにきびしくしないでよ。ぼくたちにはとても無理だよ。先生が期待するようにはできないよ。
できる子はいいよ。ちゃんとできる子は先生に気に入ってもらえるし、ほめてももらえる。でも、それができないぼくたちのことも考えてよ。怒られてばかりじゃいやになっちゃうよ。』そういう気持ちなのだと思う。
でも、その気持ちがうまく表現できない。いや。もしかしたらそれは深層心理の部分であって、認識していないのかもしれない。一方、女の子の多くは先生の期待通りにできる部分が多い。そつなくできる。ほめられることも多くなるだろう。それで、彼らには先生が女の子をひいきしているようにみえてきたのではないかな。
だんだんストレスがたまってきた。先日、ついにそれが沸点に達してしまったのだと思う。
先生は、4年生ならこのくらいできて当たり前とか、このくらいはやってほしいとか、先生の心のなかで一定基準を設け、それを一律に要求しているということはないか。
今、荒れている子は、広がりを見せている。中にはストレスに関係なく、ただふざけたり、おもしろがったり、追随したりしているだけの子もいるようだ。今が一番警戒すべきときかもしれない。」
「でも、子どもによって要求したりしなかったりしたら、それこそ、えこひいきとなってしまうのではないですか。それがこわかったのです。」
「いや。大丈夫だと思う。なぜなら、~。」
そこで過去記事にある《ほめる質より、ほめる量をそろえよう。》という話をした。要約すれば、どの子もほめよう、そのためには、子どもの実態に応じ、その子なりにちょっとでもよかったらほめたり喜んでやったりしようということだ。
この先生はすばらしかった。心が柔軟だった。わたしの話に思い当たるフシがあったようだ。子どもへの接し方を変えていった。それも無理にとか、努めてとかいった感じはなく、自然体で変えることができた。その結果、学級の雰囲気は徐々に上向いていった。
上向くにあたっては、もう一つ、大きな要因があった。それは保護者が全面的にAさんを応援してくれたことだ。
Aさんの熱心さ、情熱的な取組。それらはちゃんと保護者に伝わっていた。だから、学級がおかしくなったときも、
「あんなに熱心な先生なのに、どうしてこのようになってしまったのでしょう。わたしたちの子育てがよくなかったからではないかと反省しています。」
「A先生に申し訳ないです。我が子にもよく言って聞かせました。」
そのように言う保護者が何人もいた。これには、校長も痛く心を打たれたようだ。
「ありがたいですよ。ふつう学級がおかしくなれば、保護者は担任の指導力に不信感をいだきますからねえ。学校全体も応援体制を組んで取り組んでいますけれど、保護者の方々も、《わたしたちにできることはないですか。》とよく言ってくれました。」
さて、上向くといっても、なかなかどうして、一筋縄ではいかないものだ。感動したかと思うと、がっかりさせられる。その繰り返しが多かった。
たとえば・・・、
これはわたしがいたときだったが、給食の配膳のときBさんは何かにつまづき、おかずからスープから大量にこぼしてしまった。すると、Bさんよりもすばやく、Cさんがトイレットペーパーを持ち出してきれいにし始めた。
わたしはてっきりBさんがこぼしたのについては、Cさんにもいけない点があったのかと思い、さらにそうだとしても以前のCさんなら、まずこんなことはしなかっただろう。知らんぷりを決め込んだはずだ。そんなふうに思い、Cさんの行動に、変容を感じたわたし。
まわりの子どもたちに聞いた。
「そんなことないよ。Cさんはあっちにいたから全然関係ないよ。」
それを聞いていたく感動したわたし。目頭が熱くなるのを覚えた。
その感動の背景にはもう一つ理由があった。BさんとCさんは基本的によくしゃべっている。だから一見仲良さそうにみえるが、互いに相手をからかったりばかにしたりして挑発し、暴力沙汰になることも多い。そんなふうなのに、今、きれいにしてやっている。もうこの変容は本物かなと思わせた。
しかし、しかし、がっかりだ。翌朝になるともう違う。以前に戻ってしまったかのようだ。
朝一番に登校し教室に入る。後に女の子が続くのだが、さっと教室に鍵をかけて中へ入れないようにしてしまった。女の子たちが、職員室のAさんのところへ訴えに来た。
担任のA先生に対する態度にしても同じだ。このころになると、実にしっかりとした態度で先生の方を向き話を聞いている。このようなこと、突発事件直後はまったくなかったことだ。その食い入るような眼を見ると・・・、ああ、これもまた感動だ。もう大丈夫。A先生との関係は修復した。そう思える。
しかし、どうして、どうして、そうは問屋がおろさない。A先生が、
「あら。昨日、~って約束したでしょう。それなのに、~。」
そうすると、
「そんな約束知らねえ。」
ととぼけるのだそうだ。
思うに、調子いいときと、かつての数か月の崩壊期に戻ってしまうときとがあるのではないか。本人は変容を遂げているのに、脳がかつての記憶にとらわれている。だからその相克で、Cさん本人も苦しんでいるのではないかな。そんなふうに思った。
また、一筋縄ではいかないもう一つの例だが、Dさんはまじめに真剣に努力していても、Eさん、Fさんは、そうでもなく元に戻ってしまっていることがある。それがときにより、Eさんがまじめ、Fさんがまじめというように、不規則に入れ替わることもある。
こんなことがあったようだ。
ある授業のとき、Cさんがやたら大声を張り上げる。遠い席のBさんに向かって叫ぶのだ。かつてはすぐそれに応じてしまったBさん。
しかしこの時期になると、変化がみられたという。Cさんが過去の呪縛にかかり叫んでも、Bさんはそれに応じず真剣にまじめに授業に参加している。ところが場面が変わると、今度はDさんがふざける。しかし、Cは同調しない。
そんなわけで、いろいろ悩みはあるものの、かつてのような何人もが同調しての問題行動というのは減った・・・・・・ようだ。
もう一つ。きわだった変化は、Aさんが逐一、こうした学級の状況をこまめにわたしに報告してくれるようになったことだ。
わたしは、Aさんに言った。すぐ上の記述のB、C、Dさんの件についてだが、
そんなときは、わざとらしくったっていいから、まじめ・真剣に取り組んでいる子の行動を喜んであげることだ。そしてその喜びを他の2人に聞かせる。そのようにして、少しでも脳にやどってるかつての記憶を忘れさせるのだ。
そんなこんなで、徐々に徐々に、また、行きつ戻りつしながら、回復していった。回復はしたものの、もとの4・5月の良好な状態にまで戻ることはなかったといっていい。もやもやとした状態のまま年度末を迎えることとなった。でも、わたしはAさんの奮闘をたたえた。現状維持も、Aさんの実践力のたまものなのだ。
最後にふれておきたいこと2つ。
・Aさんの2年目は、わたしは違う学校に勤務した。だから、風の便りということになってしまうが、Aさんの学級経営は柔軟さを増し、すばらしいものになったようだ。問題行動の多い子も、Aさんを慕い、良好な関係を築き、いい学級を創り上げたという。
・わたし自身も初体験のことが多々あった。Cさんは一時期、Aさんが、『話があるから、来なさい。』と言うと逃げてしまう。Aさんに向かって、『うるさい。バカ。』と言うこともある。意味なく乱暴する。そうかと思うと、怒りにまかせて大泣きする。
そんなCさんのような子どもは、かつて担任時代経験したことがない。記事の行間にも、そんな感触がただよっていると思うが、今という時代の子どもの一断面を知ることとなった。暗中模索しながらの初任者指導であったといっていいだろう。いい勉強になった。
リンク先を見る
画像を見る
あまりにも突然という印象を多くの教員が受けたのでした。しかし、後で振り返れば、子どもの内面では、徐々に徐々に不満がたまっていたのでしょう。たとえはよくありませんが、ガス爆発などと似ていたのではないでしょうか。
Aさんには最後に話したのですが、もし違う学級だったらAさんの指導はうまくいっていた可能性が高いです。しかし、初任のうちにこうした経験ができたことは、長い目で見ればよかったとも言えそうです。いつまでもうまくいく可能性は低いからです。初任のうちに経験できたということは、その後のAさんの教員人生にとってどれだけよかったか計り知れないものがありそうです。
中堅になり、転勤して初めてこうしたことを経験して、こんなはずではなかったと悩む教員もめずらしくありません。かえってそれまでうまくいった経験をした分、自分自身を変える努力はつらくなるのかもしれません。
さて、こうした子どもの変質。それは保護者の子育てがよくないからでしょうか。文中では、保護者の反省の声があったと書きました。確かにそうした声はあったのです。しかし、多くは時代のなせる業。決して保護者のせいとばかりはいえないでしょう。
その具体例。
今の子は我慢できないといった声がありますね。そうだとして、ふつうそれは親の育て方の問題ではないでしょう。むかしは我慢せざるをえない社会状況がものすごくあったのに、今はその必要がない。そのような社会の状況の変化が大きいのです。
もう一つ。改善の努力の具体例。
記事からもうかがえると思いますが、問題行動の多い子も、気分によってではありますが、やさしい言動をみせることもあります。その行為、言葉に信頼をおき、おおいにほめたたえることによって、変容が期待できるようになります。Aさんはそれもできるようになりました。



