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米国の対中政策と情報

 最近の報道によりますと、米太平洋艦隊の情報部長であったジム・ファネル大佐がその職を解かれたようです。同大佐は29年間の軍歴のほとんどを情報任務、特に対中国海軍の分析にキャリアを費やしてきた対中軍事情報のプロフェッショナルで、中国海軍の台頭を度々警告してきた人物です。ところが本年2月の海軍協会の会議において、同大佐が「中国海軍は日本との短期集中的な戦闘によって尖閣諸島を奪取する準備を整えている」と発言したことが問題となっていました。現在の米国政府の公式な見解は「中国の平和的台頭を歓迎する」、「米国は尖閣問題では中立を堅持する」という建前ですから、この現役の太平洋艦隊情報部長の発言は物議を醸したわけです。現在の米海軍のトップであるジョナサン・グリーナート作戦部長も、政権の方針に沿って中国とは対話を重視した宥和的な姿勢を示していますので、海軍としてはファネル大佐のような「空気の読めない」職人気質の人物は庇い切れないということになるのでしょうか。

 しかし政権内ではCIAなどインテリジェンス・コミュニティーを中心に尖閣問題では対日支持を打ち出すべきであるとの声も根強く、中国をめぐっては対中宥和派と中国脅威派の間でかなりの意見の相違があるのではないかと推察しております。今回、脅威論の急先鋒であったファネル大佐が左遷されたことで、政権内の脅威派が後退しつつあるとの見方もできます。今回の人事について海軍はノーコメントのようですので、上記の話は憶測に過ぎませんが、いずれにしても対中脅威論者の情報部長が任を解かれたという事実は、中国側に対するアピールという意味で大きいでしょう。逆に日本にとっては痛恨事ではないでしょうか。

 また今回の人事は、中国との宥和ありきという政権の政策に従って、中国の脅威を強調するような情報分析を葬り去るといういわゆる情報の政治化というやつです。情報の政治化の問題は、2003年にもイラクには大量破壊兵器が存在するとした当時のブッシュ政権が、それに沿うような報告書を情報機関に無理矢理書かせたことでも知られています。ただ米国において常に情報の政治化が起こるかと言えばそうでもないですし、今回のケースと似たような事例は第二次大戦の終結時にも見られました。この時は、第二次大戦中に米英の同盟国であったソ連と戦後もやっていけるのか、という対ソ宥和派とソ連脅威派の間の議論になりました。当時はまだ1939年の対独宥和の失敗が生々しかったこと、そして多くの政策決定者や情報機関が揃ってソ連の脅威を訴えたため、政権は対ソ脅威論で固まることになります。

 イラクの場合、日本にとってはまだ対岸の火事で済みましたが、中国情勢だとそうもいきません。気が付いたら米軍の情報ポストがすべて対中宥和派になっていた、という可能性も無視できませんので、そうなると我々としてはやはり米国のインテリジェンスがどのような評価を下しているのかを常に見極め、有事に備えて自前の情報収集手段や分析手法をきちんと整えておく必要はありそうです。

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