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「ハンセン病制圧活動記」その22―ジュネーブ・ルーマニア訪問記―

2014年5月19日から28日にかけて、スイスのジュネーブとルーマニア東部のティキレスティを訪問しました。

ジュネーブの訪問は、WHO(世界保健機関)が開催する世界保健総会に出席し、そこに参加している各国の保健大臣とハンセン病制圧について協議をすること、そして、総会内で執り行われる「笹川健康賞」の授賞式でスピーチを行うことが目的で、毎年の恒例となっています。

現在、ハンセン病新規患者が毎年1,000人以上発見されている、いわゆる「蔓延国」は16カ国になります。各国保健省やNGOなどの努力により、これまで患者数が順調に減ってきていましたが、ここ数年は横ばい状態にあり、2012年の最新統計で232,857人の新規患者数が記録されています。このうち蔓延国16カ国の新規患者数が220,810人と、前世界の95%を占めており、これらの国で対策を強化していただくことが非常に重要になります。今回も、これらの蔓延国の保健大臣や保健省高官、そしてWHO地域事務所の事務局長らと面談を重ねました。

まず初日の20日は、アンゴラのホセ・ヴァン-デュネム保健大臣とお会いしました。この方は2003年に私が同国を訪問した際に、副大臣として同行してくれた方です。当時は2002年まで30年近く続いた内戦直後で、ハンセン病の新規患者数も2000人を超えていましたが、その後、保健省などの努力により新規患者数も400人にまで減少しています。私からその努力に改めて謝意を述べところ、大臣からは「薬の提供だけでなく、非常に難しい時期に国を訪問してくれ、特に遠隔地にも足を運んでくれたことを私たちは決して忘れません。州レベルではコントロールできているが、市町村レベルだと満足できない状況です。70市町村全てに人的資源を配置し、ハンセン病対策にも取り組んでいきたい。笹川さんのサポートに報いられるようにしたい。」と、10年以上も前のことをはっきりと懐かしむように語ってくれ、差別をなくすための取り組みも他省庁と協力して取り組むと述べられました。

続いて、フィリピンのエンリケ・オナ保健大臣とは4年連続の面会となりました。昨年11月にフィリピンを襲った台風ハイエンによって、ハンセン病回復者が多く住むクリオン島にも甚大な被害がありました。日本財団は、被災した家屋の修繕などを行うため日本の学生ボランティアをクリオン島に派遣し、住民から大変喜んでもらえたことを大臣にも報告しました。大臣からは、ちょうど保健省のスタッフがクリオン島を視察したという話があり、「日本からの支援にも心から感謝する」という謝意がありました。フィリピンは人口が多いので有病率はさほど高くないものの、新規患者数が2000前後の横ばい状態が続いており、蔓延地区での集中的な患者発見に注力いただきたい旨を要請しました。

翌日21日は、旧知の間柄であるブラジルのジャルバス・バルボサ副保健大臣と意見交換を行いました。ブラジルはWHOの定義する人口1万人あたり登録患者数1人未満という「制圧」の基準を達成できていない唯一の国です。2012年の統計では新規患者が33,303人で、ここ3年ほど横ばい状態にありました。ただ、副大臣は「2013年の最新の統計が取りまとめられ、すべての指標において改善がみられ、よい兆候である」と語り、積極的な姿勢を示されました。ブラジルには昨年12月に訪問しましたが、また近いうちに訪問したいと約束しました。

続いての面談では、タンザニアのフセイン・アリ・ムウィニ保健大臣が「患者数が少なくなっていることが新規患者発見を難しくしている。ヘルスワーカーがハンセン病患者をあまり診なくなり、診断の経験を失いつつあるので、新規患者発見のため教育が必要。同時に、コミュニティ内で住民自身が症状を認識し診療所に行くことができるよう能力を向上させていく必要もある。保健サービスとコミュニティへの両方への対策が重要だ」と語られました。タンザニアは2004年の新規患者5000人から現在2000人まで減っていますが、さらなる対策推進のために創意工夫を試みている様子が伺えました。

このほか、ミャンマー、ザンジバル、DRコンゴ、モザンビークの保健大臣、モロッコ、中国、スリランカなど保健省高官とも面談を重ねました。会場となるジュネーブの国連本部は大変広い建物で、分刻みでの面談を全て異なる部屋で毎回10分ほど移動しながら立て続けにこなしました。まるで地球を何周もしているかのようですが、これだけ効率的に世界中の保健大臣に直に会って要請をできる機会はないので、毎年の恒例行事としてとても重要視しています。

また、各国保健大臣だけでなく、WHOの南北アメリカ地域、東アジア太平洋地域、東南アジア地域、中東地域、アフリカ地域の各地域の責任者である地域事務局長らとも面談を重ねました。WHOの地域事務局長は、それぞれの所管地域各国の公衆衛生政策に大きな影響力をもっており、彼らの理解と指導力がハンセン病対策を推し進めるには非常に重要です。こういったジュネーブでの総会や、地域事務所の所在国を訪れた際には必ずお会いして、ハンセン病対策の意見交換を行っています。特に今回は、世界のハンセン病患者の半数以上を抱えるインドと3番目に多いインドネシアなど蔓延国の多い東南アジア地域の地域事務局長に新しく就任されたプーナム・シン氏と就任後初めて面談を行うことができました。東南アジア地域事務所には、WHOの世界ハンセン病プログラム本部も置いてあり、ハンセン病対策において非常に重要な位置にあります。私から改めて就任のお祝いとハンセン病対策の協力を要請すると、シン地域事務局は「優先度を高めてハンセン病対策を強化していきたい。インドやインドネシアとも個別に協議していく」と真剣な面持ちで語られました。

22日には、ジュネーブ訪問のもう一つの目的、笹川健康賞の授賞式も行われました。笹川健康賞は、WHOが掲げる「すべての人に健康を」という大義に賛同して1984年に創設した賞で、今年でちょうど30周年を迎えました。プライマリ・ヘルスケアの分野において、独創的かつ革新的な活動を行う団体や個人を広く表彰してきましたが、今年はハンセン病対策に50年以上にわたって従事してきたドミニカ共和国の「フベルト・ボガエルト・ディアス博士記念ハンセン病コントロール財団/ドミニカ皮膚科研究所」が受賞されました。笹川健康賞の賞金は、団体の活動の一層の推進に活用いただくことになっています。

この受賞団体代表を招いた昼食会には、WHOのマーガレット・チャン事務局長もかけつけてくれ、お祝いを述べてくれました。また、私のWHOハンセン病制圧特別大使としての任期をさらに2年間、2016年まで更新する署名式も行いました。チャン事務局長に、活動報告の代わりに、2001年の大使就任以来延べ320名の各国大統領や首相、保健大臣や州知事などとの面談リストを手渡すと、驚いた様子で「WHOのなかで最もよく働く特別大使ですね」とおっしゃっていました。また、私が「あなたの任期の間に、世界の全ての国で制圧を達成することが私の責務だ」と述べたところ、チャン事務局長は「ぜひ私をブラジルに連れていってください」とハンセン病制圧を後押しするための視察に意欲を示して下さいました。

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マーガレット・チャンWHO事務局長から任期更新を命ぜられる


ジュネーブでの全日程を終え、次はルーマニアにも訪問しました。ルーマニアには、近年ハンセン病の新規患者は出ていないそうですが、東部のティキレスティにこの国唯一の療養所があります。首都ブカレストから車で5時間、アカシアとライラックの森に囲まれた人里離れたところに位置しています。今回、訪問を調整する際に、在日ルーマニア人の方にルーマニア語でメールを送ってもらったところ、スタッフは「まさか遠く日本からルーマニアのこの片田舎まで視察にくるはずがない。しかもルーマニア語でメールを送ってくるはずがない」と思い、迷惑メールだと思って返事をしなかったそうです。そのくらい社会から「忘れ去られてきた場所」なのかもしれません。

ティキレスティ療養所は、第一次世界大戦後の1928年にかつての施設が再建され、当時の患者数は約180名でした。かつては患者用の家屋が47軒あり、映画館もあるほど賑やかだったそうですが、現在は48歳から86歳の回復者が16名ほど暮らしています。2005年には使用されなくなった居住棟を改築して老人介護施設を設立し、ハンセン病に対する無知と偏見を無くすため、一般の人々を入居対象とする施設としました。私が療養所に着くと、ラスヴァン・ヴァシリュウ院長が出迎えてくれ、居住棟や教会などの施設を案内してくれました。天気のよい日で、居住棟の前には回復者の方々がそれぞれ日光浴をしたり雑談をしたり、ゆったりと過ごされていたので、一人一人に声をかけて話をしました。

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ティキレスティ療養所


きれいなドレスを着て、赤いバラを耳にかざしたマリアさんという女性は、1970年代、15歳のときにハンセン病と診断され、以来ここで暮らしているそうです。とても明るい方ですが、「子どもが12歳のときに未亡人になり、とても辛い人生だった。息子は結婚して隣の村に住んでいる。ここは退屈だからどこかに連れて行ってほしい。だからお金持ちの旦那さんを探している。周りの人に気に入られるようきれいな服を着ているんですよ。」と話してくれました。そして、冗談で私に「今日夢が叶った。もう待ちません。一緒にどこかに行きましょう!」と言って、笑い合いながら手を取って踊りました。

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赤いバラを耳にかざすマリアさんと


もう一人ドムニカさんという女性は、両親ともにハンセン病を発病し、父親は14歳で、母親は12歳からこの療養所に住み始めたそうです。2人はここで出会って結婚し、ドムニカさんが生まれました。ドムニカさんは3歳のころに検査でハンセン病と分かり、治療を始めたそうですが、手に少し障害が残りました。13歳を過ぎてからは街の学校に通ったあと、トルチェという大きな街で30年間働き、今もその街で息子さんと暮らしているそうです。既にご両親とも他界されていますが、「私の心がここにつながっているの」と、年の半分くらいはここに来て過ごしているそうです。部屋のあちこちにご両親の写真が飾ってあり、嬉しそうに見せてくれました。写真に映し出された、愛のあふれる家族の姿が印象的でした。

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ご両親の写真の前で微笑むドムニカさん


最後に、療養所内の墓地にも足を運びました。1928年の設立以来、100人以上の方々の命がここで眠っているそうです。マリアさんの旦那さん、ドムニカさんのお父さんやお母さん、100の異なる物語がこの地に埋葬されています。一人一人に物語があり、歴史があります。その歴史には、国の隔離政策と社会からの差別とスティグマという人類が犯してきた過ちも含まれています。私たちは、この「人類の負の遺産」、そして一人一人が受けてきた苦しみを決して忘れてはなりません。また、逆境や絶望の中でも強く意志を持って生きてきた患者・回復者の方々の物語を遺していかなければなりません。ヴァシリュウ院長は、将来的に病院の建物を資料館と記念館として残したいと考えているそうです。私たちはこのような場所が持つ記憶、そして眠りについた人々の物語が失われないよう、人類の遺産として遺していかなければなりません。

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療養所内に住む最年長86歳のヒマさんと


ハンセン病の世界制圧、回復者への差別とスティグマをなくすこと、そしてその歴史をしっかりと遺していくこと。これを私の生涯の責務として引き続き取り組んでまいりたいと思います。

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