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座して死を待つか、動いて活路を見出すか 結果論ではなんとでも言える

消費税増税決定等に伴い、衆議院解散が取沙汰されています。

「消費税増税ができないのは、アベノミクスの失敗だ」と民主党幹事長が吠えていますが、じゃああなた達は何をしたのと思わず叫んでしまいます。動かなかった人達が動いた人を責める権利はありません。

今日は緩和治療について書きます。

医療において、目の前の患者さんが何か行動をおこさなければ死を迎えることが確実な場合、医療として2つの方法があります。

積極的治療と緩和治療です。(時間がある際は一部経過観察というのもあります)

昔、命を助けるために何でも行ってきた医師達。緩和という選択は負けを意味していた時代がありました。

私の医師に成り立ての時期には、癌末期の方に人工呼吸器をつけることも日常のようにおこなわれていました。それこそ近藤理論が一番非難する行動で、一般的にも今では馬鹿げたこととなっています。

しかし患者さんのためにという医師の本分を考えた際、ある程度までは積極的治療という戦いに赴くべきと信じている私ですが、緩和治療を選択しなければいけない時代がいつか訪れます。

緩和医療を選択しなければいけないとき、周りへの被害を最少限度にしながら、個人、家族の苦しみを可能な限り最少にするいい負け方をしようと心がけています。(ただそれは医師に全ての決定権をまかすことではありません。)

その場、その場はオーダーメイドです。その患者さんに合わせて、その家族に寄り添い、精神的不安を時にはごまかし、時には受け入れさせ、時には間違い、時には成功し、全体が最後のいい時間を過ごせたと思っていただけるように行動しています。

しかし、個々は違うことから実戦はとても難しいものです。実際には失敗も多々あります。

そして患者さん、家族は医療に対して素人であるが故、医師はどうしても医療上当然だと患者さんに対して上から目線になってしまうことがあります。そして忙しさにかまけて寄り添う作業を少し省いてしまうと、それをドクターハラスメント等と言われてしまいます。 

負け戦ですから、その結果で判断されると仕方がありませんが、寄り添う努力をしない人からしたり顔で言われるととても憤ります。

全ての人間に人生があります。最後を医師が決めるなんておこがましいことです。座して死を待つか、動いて活路を見出すか。本人、家族が決めなければいけません。私たちは医学的妥当性について伝えるのみで、成功は必ずしも約束されていません。
人間は弱いものです。悩み苦しみ、解答が出せないことが多々あります。我々は医師として、医学的妥当性を第1に考え予測し行動します。そして我々ができるのはそれしかないと思っています。そこに結果論だけで、過程を考慮せず批判する人間達が嫌いです。

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