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語らなければ、伝わらない。のか?

今、村上隆の『芸術闘争論』という本を読んでいるんですが、これがとても面白いです。いずれまた別の機会にがっつりとした感想文を書きたいと思っているのですが、今回はこれを読んで考えた、ちょっと軽めのことをメモしておきます。

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マルセル・デュシャンの呪い

マルセル・デュシャンの便器が変えたもの - (チェコ好き)の日記

マルセル・デュシャンについては過去のエントリでも何回か書いているんですが、最近いろいろなことを考えるにあたって、デュシャンの『泉』がやってしまったことって本当に大きかったんだなぁというか、デュシャン以降の現代美術ってもうこの「呪い」にかかってしまっているんですよね。「美しいとは何か」とか、「自分の手で創造するものが芸術である」とか、そういった芸術に関する神話を全部壊してしまったのがこの『泉』で、現代美術は初心者が見てもすぐ”わかる”ものではない、何層にもなった歴史を読み解かなければならない知的ゲームになってしまいました。

もちろんそれが良かったのか悪かったのかはわからないし、デュシャンがやらなくても別のだれかが同じようなことをやっていただろうという気もするので、「芸術」「美術」の世界においてこうなることは、必然だったのだろうと思います。

話はもどりますが、村上隆は『芸術闘争論』で、現代美術を見る座標軸として、以下の4つを提示しています。

1 構図
2 圧力
3 コンテクスト
4 個性

4つの要素の解説はいずれもとても興味深いのですが、今回話題にしたいのは3番目の「コンテクスト」。つまり、「なぜ今この時代のこのタイミングで、この作品を持ってきたのか」、そこに新鮮味や面白さがないといけなくて、それを当たり前だけれど作家自身が語ることができなければ、少なくとも西欧を中心とする現代美術の世界では、芸術としての価値は低いーーという、そういうことを村上隆はいっています。

私は以前のエントリで日本のバブル期に話題になったクリスチャン・ラッセンという作家について書いたことがありますが、ラッセンに決定的に欠けているのはこの「コンテクスト」でしょう。ラッセンの前には、歴史的なものが何もないし、またラッセンの後にも、歴史的なものが何もない。だから、ラッセンは評価されない。少なくとも、西欧を中心とする現代美術の世界では。

美術史、ヤンキー絵画を語る『ラッセンとは何だったのか?』 - (チェコ好き)の日記

逆にいえば、もし〈西欧を中心とする現代美術の世界〉という、その構造を書き換えることができたのならば、ラッセンは評価されることがあるかもしれないということです。ラッセンでなくても、だれかの作品が、「コンテクストは不要である」と、デュシャンの呪いを解くことに成功したならば、可能性はあるかもしれないということです。そしてその構造を、徹底的に西欧の市場を調査し、外側からではなくなかに潜り込むことで書き換えようとしている作家が、村上隆なのだということを私は理解しました。

語らなければ、伝わらない。のか?

同じことは「美術」以外の世界でももちろんいうことができて、村上隆は本書で、小説家の村上春樹を何回か例に出してそのことを説明しています。村上春樹の小説は、コンテクストが読める。どういう意図をもって、どういう方向性にもっていこうとしているのか、読むことができる。作家自身が、様々なエッセイやインタビューで、そのことを語るからです。

そして村上隆も、自分が美術において何をやろうとしているのか、何冊も本を出して、とにかく語り尽くそうとしているように思えます。完成して出来上がったものが失敗だったとしても、自分の主義や好みにそぐわないものだったとしても、作家の意図が語られることによって、鑑賞者に理解される。すると鑑賞者は安心して、それを既存のコンテクストのなかに組み込めるわけです。

でも、語られないものは組み込まれない。何をやろうとしているのかわからないから、評価できない。「当事者によって語られない」こと、それは現代の世界において大きなマイナスです。それが悪いという意味ではなくて、事実としてそうなってしまっている、という話なんですけど。私は以前ラッセンの作品を「ヤンキー」という言葉を使って説明しようとしましたが、ラッセンや美術に限らず一部の界隈でなぜ「ヤンキー」という単語がもてはやされるのかというと、そこに当事者がいないからです。中央が空洞のまま、まわりが何とかして推測をしようとしているけれど、それはなかなか本質にたどりつきません。だから、いつまでたっても「それらしき何か」を、外部の人間が言い続けるしかないのです。

このままこういった状況がずっと続くのか、それともどこかで変わるのか。変わらなくても私は別に困らないけど、変わったら面白いだろうなぁと、そんなことを考えました。

ちょっとざっくりした感想な上に話が散漫ですが、やっと秋? 冬? らしくなってきたこの季節は、抽象的なことを考えるのに向いている気がします。暑いときはあんまりこういうこと考えたくないですからね。というわけで、『芸術闘争論』はおすすめの1冊ですよ。

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