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死ぬ権利について考える

尊厳死をYouTubeで予告していたブリタニー・メイナードさんが、家族や夫が見守る中、医師から処方された薬を服用して亡くなりました。 フェイスブックに残された最後のメッセージは「この恐ろしい病を前に、きょう、尊厳を持って死ぬことを選びます。この世界は美しい場所です。さようなら世界」と書かれていたそうです。

彼女の勇気ある行動によって、米国では「死ぬ権利」について大論争が巻き起こっています。その根底にあるのが自殺を禁じているキリスト教(特にカトリック)です。その教えが否定しているのはどこまでなのか、今回のメイナードさんの死は認められないのか、一切の尊厳死が許されないのか等は、一律に客観性を持って判断するのが困難です。

そもそも日本で言われている尊厳死と欧米の尊厳死には違いがあります。 我が国においては「死期を引き延ばすだけの延命措置をやめ、人間としての尊厳を保って自然な死を迎えること」に限定されているのに対し、欧米においては「投薬などの死期を早める措置をとり、苦痛から免れるための死を迎えること」(=安楽死)をも含む広いものなのです(安楽死の要件が厳しい日本の現状から見れば、メイナードさんの死はこれにも該当せず自殺ということになってしまうでしょう)。

日本では宗教的な論争が少ないにも関わらず、死ぬ権利についての議論がタブー視されているところがあります。 私は昨夜ツイッターで『尊厳死、安楽死について議論しようとすると声を出す人が少ない。日本人は特に「知識がない」「デリケートな問題だから」と躊躇する。何でもそうだが、この問題を語る為に専門性は必須ではない。主観性を持って自分の思いを表現すればよい。死は100%自分にも起こることなのだから。(2014/11/03 20:28)』と呟いたところ、多くのRTやコメントを頂きました。

教育レベルが高い日本では殆どの方が「考え」を持っているのですが、「専門家ではないので話しづらい」「これについて意見を言ったらバッシングされそう」「肯定的なことを書くと軽いと馬鹿にされる(日本では否定的な意見を言う方が何故か「賢そう」と捉えられます)」「難しい言葉を使って頭が良さそうに書かないと恥ずかしい」、そして最後は「やっぱり専門家に任せておこう」となってしまうのです。今回は、その箍(たが)を外すことによって議論が活発になるという感触を掴めました。

世界で最も高齢化が進んでいる日本において、この議論をこれ以上先延ばしにして良いはずがありません。 まずは第一ステップとして尊厳死の法制化も含めた議論を早急に行う必要があります。皆さんの声こそが、いま止まってしまっている尊厳死法(「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律」)の可否の審議なども動かすことが出来るのです。

私は弟と母を病院で亡くしました。 チューブに繋がれた弟の姿は脳裏に焼き付いて離れません。 本当に申し訳なく思っています。 自分はあのような思いをしたくありませんし、愛する人にもあのような思いをしてほしくはありません。

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