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ヨーロッパ政治に息づくキリスト教民主主義 - 土倉莞爾 / 西洋政治史

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ヨーロッパ統合とキリスト教民主主義

1945年以降の世界には、多くの希望ある展望が開けていたが、とりわけ西ヨーロッパにおけるキリスト教民主主義政党にとっては、上昇気運に乗った黄金時代を迎えたことはすでに述べた(Conway2003,45;Hanley2008, 88)。

やがて訪れる冷戦という二極対立の文脈の中で、古い中道右翼勢力が不信感を持たれていたのに対して、キリスト教民主主義者たちは有効な選択肢を形成できた。カトリック教会組織(過去には民主主義に好意的でなかったが)の積極的な後援によって、過去には政治的見解をめぐって分散していたキリスト教民主主義者たちは、今やカトリック教徒の固まった団体の支持を引き寄せることが出来た。

こうした中、ほとんどの西ヨーロッパのキリスト教民主政党は、西ドイツの政党CDU、 CSUのように改造されるか、再構成された。それによって、フランスのMRPのように長く待たれていた大躍進をし、イタリアのDCやベネルクス三国のように以前の地位を更新することで、強力な政党となっていった。

キリスト教民主主義がなした、西ヨーロッパにおける不朽な貢献ともいえるヨーロッパ統合は、このようにキリスト教民主主義政党が、それぞれの国で複数政党制の中心的位置を占めており、国家を超えた協力を試みる際に有利であったことによるのだ。

キリスト教民主主義者たちはヨーロッパ統合の一貫した提唱者だった。もちろん、現在のEUは彼らの理想通りのものではない。しかし、彼らの失望や失敗がいかなるものであろうとも、キリスト教民主主義者が、とりわけシューマン、アデナウアー、デ・ガスペリといった人びとが、1940年代から50年代にかけてヨーロッパ統合の重要な創始者であったことを忘れてはならない(Irving1979, 234)。

欧州石炭鉄鋼共同体を設立し、のちに欧州連合へ繋がっていくことになるシューマン・プランは、1950年5月9日、フランスの外務大臣ロベール・シューマンによって発表される前に、キリスト教民主主義者たちのインフォーマルな国際的な集まりである「ジュネーブ・サークル」で集中的に議論された(Kaiser2004,231)と言われる。

さらに、イギリスの政治史学者ウォルフラム・カイザーの指摘によれば、この「ジュネーブ・サークル」に参加していたドイツ人アデナウアーは、第二次大戦終了後、さまざまなインフォーマルな協力関係の交差をうむ重要な役割を果たした。

例えば、アデナウアーはビドーとシューマンを結び付けるのに貢献した。この二人のフランスの政治家は、MRPの外交、ならびにヨーロッパ政策をめぐって、相争っていた。だが、アデナウアーの接触によって生まれた二人の接近は、連立内閣によるシューマン・プランの採用に決定的な重要性を与えたのである(Kaiser2010,93)。

1970年代以降の低落

たいへん順調に見える第二次大戦後のキリスト教民主主義政党であったが、1970年代以降は苛烈な困難に襲われることになる。

ライバルでも、パートナーでもあった社会民主主義政党と同じく、キリスト教民主主義政党は1970年以降、グローバルに激化する経済競争の中で、福祉国家を持続させて行くという困難に襲われるのだ。さまざまな社会集団の諸利益を調整してゆく社会政策の中心的な役割は、社会民主主義者も経験しているところだが、強力な再分配の力を要求することになる(Hanley2008, 92)。この力が目に見えて衰えていく。その結果、キリスト教民主主義の投票率が低下していった。

コンウェイが述べるように、1970年末期をもって、「キリスト教民主主義の中にはっきりとわかる危機が見分けられ、その後の出来事は危機を強化するだけだった」(Conway2003, 60;Hanley2008, 88)。

キリスト教民主主義の投票率の低下は、ヨーロッパの政治にどのような影響を与えうるのだろうか。例えば現在、ときおき解体すら噂されるEUに対して、何らかの影響はあるのか。以下考察して結びとしたい。

「宗教はもはや重要な要素ではない」(レモン1995,207)、あるいは「民主主義は、宗教を自分のものにした」(ゴーシェ2010,154)。現代がそのような時代であることは認めねばならない。だが、フランスにおいて行われたEUに関する国民投票で、「賛成」票の多かった地域の分布図と信仰熱心な地域の分布図をみると、その間に類似性があることに気付く。このことから、宗教的要因が政治的選択において役割を果たさなくなった、とするのは拙速な判断だとも言えるのである(レモン1995,210)。

また、EU議会の最大政党であるヨーロッパ人民党(European People’s Party=EPP)の大半はキリスト教民主政党が占めている。EPPはEU議会での活躍にとどまらず、EUを高度に統合しようとするエリートを集結させることにも貢献している(Hanley1994, 190)。さらには、1992年のマーストリヒト条約より加盟国が拡大してゆくEUだが、EPPは東欧の旧共産主義国、北欧の旧EFTA諸国にも勢力を拡大してきた。

そして、キリスト教民主主義の政治家たちが、EUのはるかな遠くの前身であるヨーロッパ石炭鉄鋼共同体ECSCの頃から、EU統合の芯となってきたことはすでに述べた。ジャック・ドロールもキリスト教民主主義出身の政治家だった。ファン・ロンパイEU初代大統領もキリスト教民主主義政党の政治家である。さらに、2014年EU議会選挙の結果を受けてEU委員長に就任したジャン・クロード・ユンケルは、ルクセンブルクの元首相で、同国のキリスト教社会人民党の元党首であった。このような面からも、EUを引っ張るのはキリスト教民主主義の伝統の流れを汲む政治家たちである、と言っても過言ではない。

キリスト教民主主義は、第二次世界大戦後の黄金期に比べて、その影響力を弱めているかもしれない。しかし、いまみてきたようにヨーロッパ政治の土壌として息づいているもの確かなのである。ヨーロッパ統合のベースには、反自由主義・個人主義であり、かつ反共産主義・反階級闘争のキリスト教民主主義がもった共同体志向がある。そして、それはいまも消えていない。よって「宗教と政治の分離」といった簡単な話で済ますことはできないのである。

とはいえ、アメリカの政治思想史学者ヤン・ベルナー・ミュラーが最近主張しているように、EPPは拡大しすぎて機能不全に陥り、ハンガリーのビクトル・オルバンEPP前副議長は、EU委員長選挙に当選したユンケルを「昔ながらのやり方である」と批判した。また、キリスト教民主主義は極右ナショナリストやポピュリストが作り出す大きな圧力にさらされている(ミュラー2014,67-8)。このことも重要な問題であろう。

参考文献

ゴーシェ,マルセル(伊達聖伸・藤田尚志訳)(2010),『民主主義と宗教』,トランスビュー。

西川知一(1977),『近代政治史とカトリシズム』,有斐閣。

水島 治郎(1993),「ヨーロッパ政治の基層―「二つの民主主義」の視点から―」,樺山紘一・長尾龍一編『ヨーロッパのアイデンティティ』,新生社,77-94頁。

―(2002)「西欧キリスト教民主主義」,日本比較政治学会編『現代の宗教と政党:比較のなかのイスラーム』(日本比較政治学会年報第4号),早稲田大学出版部,31-63頁。

レモン、ルネ(田中正人・塚本俊之訳)(1995)、『フランス 政治の変容』、ユニテ。

ミュラー,ヤン・ベルナー(2014),「キリスト教民主主義とヨーロッパ統合の未来」『フォーリン・アフェアーズ・ リポート』9月号 ,62-8頁。

Bell, David S.(2011), “Christian Democratic Parties,”  The Encyclopedia of Political Science , Washington, D.C., CQ Press, pp.220-1.

Kalyvas , Stathis N.(1996),The rise of Christian Democracy in Europe,  Ithaca, N.Y. , Cornell University Press .

Conway, Martin(2003),“The Age of Christian Democracy. The Frontiers of Success and Failure”, in edited by Thomas Kselman and Joseph A. Buttigieg,European Christian Democracy: Historical Legacies and Comparative Perspectives,Notre Dame(IN), University of Notre Dame Press, pp.43-67.

―(2004),“The Rise and Fall of Western Europe’s Democratic Age, 1945‐1973”, Contemporary European History, Vol.13, No.1,pp.67-88.

Hanley,David(2008), Beyond the Nation State : Parties in the Era of European Integration , Basingstoke , Palgrave Macmillan .

Irving,R.E.M.(1979), The Christian Democratic Parties of Western Europe, London, George Allen & Unwin.

Kaiser,Wolfram(2004),“Transnational Christian Democracy: From the Nouvelles Equipes Internationales to the European People’s Party”,in ed. , Michael Gehler and Idem, Christian democracy in Europe since 1945, London; New York, Routledge,pp.221-37.

―(2010),“Informal Politics and the Creation of the European Community: Christian Democratic Networks in the Economic Integration of Europe” , in edited by Idem, Brigitte Leucht and Michael Gehler, Transnational Networks in Regional Integration : Governing Europe 1945-83 ,  Basingstoke , Palgrave Macmillan , pp.85-107.

Mayeur, Jean-Marie(1997),“La démocratie d’inspiration chrétienne en France,”in Emiel Lamberts(ed.), Christian democracy in the European Union, 1945/1995 : proceedings of the Leuven Colloquium, 15-18 November 1995 ,Leuven ,Leuven University Press,pp.79-92.

Rémond,René(1993),“Conclusions”,sous la direction de Serge Berstein, Jean-Marie Mayeur et Pierre Milza, Le MRP et la construction européenne, Bruxelles, Edition Complexe, pp.363-6.

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土倉莞爾(とくら・かんじ)

西洋政治史

関西大学名誉教授。法学修士(神戸大学)。神戸大学法学部卒業、神戸大学大学院法学研究科博士課程公法学専攻 所定単位修得後退学。関西大学法学部教授、在外研究員などを経て、関西大学大学院教授(2014年3月退職)。主な著作に、『フランス急進社会党研究序説』(関西大学出版部、1999年)『現代フランス選挙政治』(ナカニシヤ出版、2000年)『遠いフランス』(関西大学出版部、2001年)『拒絶の投票―21世紀フランス選挙政治の光景』(関西大学出版部、2011年)など。

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