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中小企業の“反乱”で入り込んだ迷い道〜職務発明帰属「選択制」報道をめぐって

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冷静に考えれば、現行の特許法35条の下でも、きちんと規程を整備しておかなければ、いざ、という時には困るはずだし*6、「帰属」だけでも「法人帰属」ということになれば争点が一つ消えるはずだから*7、中小企業にとっても積極的に現在の改正案に反対する理由はないはずなのだが(むしろ大企業よりも賛成するモチベーションは高くても良いはずなのだが)、おそらくは「潜在的な紛争発生の可能性」よりも、「目の前に示された対応のコスト」の方が脅威、という心情もあるのだろうし、そこは十分に理解できるところである*8

「これまで職務発明制度見直しの声は大企業ばかりから聞いており、中小への目配りは十分にはされていなかった」(同上)

という間の抜けたコメントを記事にされてしまった特許庁の事務方が次にどのような手を打ってくるのか予想するのはなかなか難しいのだが、真の立法事実*9とは乖離したところで理念的な法改正を進めようとしてきた矛盾がここにきて露呈してしまった、とも言える状況だけに、この状況を打開するのは、なかなか難しいのではなかろうか。

いっそのこと、「過去5年間平均で年1000件以上の特許出願をしている会社に限って、職務発明を法人帰属とすることを認め、報奨支払についても会社の裁量に委ねる。それ以外の会社については、現行法のまま。」とでもした方が、真の立法事実にも沿うし、皆ハッピーな結末になるような気がしてならない*10


なお、前記27日付のコラムの中では、もう一つ、ノーベル物理学賞受賞者となった中村修二教授の最近の「マスコミなどでの発言」についても触れられている。

この点についても、当の日経紙が、10月18日付紙面に掲載した「ノーベル物理学賞 中村修二氏に聞く」という記事の中で、

「私が勤務先だった日亜化学工業を訴え対価を得られたのも、この構造(筆者注:現行特許法35条の職務発明ルール)のおかげ。それを変えてしまえば、会社は安心し、社員の地位が低下する恐れがある。法改正には反対だ

「企業の報奨は、金銭だけでなく、新たに昇進や研究予算なども認められるというが、仕事の評価としてフェアなのは金銭だけだと思う

「しっかりした労働組合のある大企業であれば適正なルールがつくられる可能性があるが、中小企業などでは社員は何もいえず、会社に有利なルールになりかねない。私の元勤務先にも組合がなく、会社の一方的なルールとなっていた。ガイドラインをつくるなら、政府は報奨金額の算定の仕方もきちんと計算式や数値で示すべきだ

(日本経済新聞2014年10月18日付朝刊・第2面)

といった発言を引き出していて、当の中村教授は日本にはいないとはいえ、これを読んで穏やかではない感情を抱いた人も多いことだろう。

件の青色LED訴訟でも、特許の帰属に関する争いについては、中村教授側の完敗だったし*11、「対価請求」については、法改正後も「報奨請求権」の制度設計次第では従来とさほど変わらない制度になる可能性はあるから、上記の中村教授の指摘が、現在の改正の動きに対する的を射た批判かどうか、と言えば、疑問の余地は残る。

しかし、中村教授が指弾する「中小企業」の側から、「労使間の適正なルール」を形成することに対して白旗を上げてしまっている今の状況が、上記の中村教授の発言をクローズアップさせる契機になる可能性もあるわけで、今後、具体的に制度の中身を詰めていく上で、これがボディーブローのように効いてくる可能性は否定できないだろうと思う。


ということで、最後の最後までどう転ぶか分からない特許法35条の行方を、もう少し見守っていくことにしたい。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141011/1413707810

*2http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou009/02.pdf

*3http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou009/04.pdf

*4:「法人帰属」の前提の下、中小企業に配慮して、ガイドラインの内容を緩やかにせよ、という要望と理解することも可能である。ただし、前記事務局案で、「職務発明に関する適切な取り決めのない法人に対して特許を受ける権利が自動的に帰属することで、当該法人に所属する発明者の権利が不当に扱われることのないものとする。」と書かれていることとの折り合いをどうつけるのか、という問題は残る。

*5http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou009/10.pdf参照。

*6:発明対価の金額以前に、特許がそもそも会社に帰属するのかどうか、ということも争点になってしまい、現に件数こそ少ないものの、その類の紛争は公表されているものの中にも何件か存在する。

*7:もしかすると、対価を支払わない代わりに「特許が発明者個人に帰属する」という整理をしている会社があるのかもしれないが、いくら中小企業といっても、そういった会社はかなり少数ではないかと思われる。

*8:当ブログでも再三書いてきた“寝た子を起こさないでくれ・・・”という実務者視線の意見が、大企業ではなく、中小企業サイドから出てきた、というのは、非常に興味深いところ(笑)ではある。

*9http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141011/1413707810でも紹介した、大企業における「発明補償金支払いのための管理コストを何とかしたい」というのが、本音ベースでの「立法事実」だったと自分は思っている。ゆえに、報奨支払請求権の廃止、というところまでは踏み込めない、という結論になった時点で、今回の法改正の議論は打ち切られるべきだったと思う。

*10:このレベルの会社であれば、従業員側にも(相対的に)それなりの身分、給与は保証されているだろうから、発明補償の運用が変わっても他のところで補える余地はあるし、会社にとっても目先の負担減の効果は大きい。さらに、これによって、多くの会社が特許出願件数を増やすモチベーションを抱くようになれば、特許庁にとってもハッピーな話となる。理論的な説明はかなり難しいと思われるが、「相当多数の出願を行っている会社においては、従業者・使用者間の関係において、一つひとつの特許発明の価値が希薄化している」という理屈でも立てれば何とかならないだろうか・・・。

*11:忘れられがちだが、この訴訟の事件名は「特許権持分確認等請求事件」であり、訴えの変更を経て最終的に残った主位的請求は、「特許権につき・・・移転登録手続きをせよ」だった。しかし、あの地裁判決においても、この請求については10行に満たない説示であっさりと退けられている。

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