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キャラとペルソナ、「本当の自分」、記憶の一貫性

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 先日、twitterをやっていたら以下のようなreplyを頂いた。

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@twit_shirokuma はじめまして。現代は「本当の自分」を表現する方法がたくさんありすぎて、少しずつ使いわけをしているうちに本当の自分から遠ざかってしまっている気がしました。TwitterやFacebook、LINE等様々なツールが溢れすぎています。

2014-09-30 21:28:02 via Twitter for iPhone to @twit_shirokuma

 「本当の自分」。

 この言葉を聞くたび、私は身構えてしまう。まず、話者が意図している「本当の自分」の意味はどのあたりなのか?これまで出会ってきた限り、「本当の自分」という言葉には大きく別けて

 1.こうでありたい自分(納得可能な自己イメージ)

 2.実際こうである自分(等身大の自分自身)

 のどちらかの意味が宿っていて、ときには話者自身がどちらの意味で使っているのか区別できていない事さえある。だから「本当の自分」という言葉が用いられた文章に出会ったら、どちらの意味で話者が使っているのかを真っ先に確かめないと、どういう意味なのかわからなくなってしまう。

 このことを踏まえながら、冒頭文章を読み返してみる。

 どう解釈しようか。一つ目の「本当の自分」には「」がついていて、後半にもう一度出てくる本当の自分には「」がついていない。意図的な区別だとしたら、両者は別の意味と取ったほうが良いだろうし、その場合、一つ目の「本当の自分」を1.のこうでありたい自分として解釈し、二つ目の本当の自分を2.の実際どおりの自分とみなしたほうが文意としてはすっきりする。これに即して書き換えてみると、

 現代は「こうでありたい自分」を表現する方法がたくさんありすぎて、少しずつ使いわけをしているうちに等身大の自分から遠ざかってしまっている気がしました。TwitterやFacebook、LINE等様々なツールが溢れすぎています。

 こうなる。これなら、意味がすっきりするし、実際、書いてあるとおりだとも思う。

自己表現の手段と場が増えた時、人間は等身大の自分を見失うのか

 都市化やインターネットの普及によって、自分自身を表現するための手段や場所が増えてきた。会社ではAという顔をして、趣味の集まりではBというキャラを立て、ボランティアではCというペルソナを被る――そういう社会適応がやりやすい時代になった。

 もちろんこれは、“人間は場面それぞれによって、AなりBなりCなりといった表現のバリエーションを使い分けなければならなくなった”ことと表裏一体の出来事だ。場面ごとに態度やキャラを使い分ける自由は、場面ごとに態度やキャラを使い分けなければならない義務でもあった。なんら修飾しないままの等身大の自分的なものをそのまま押し通せる人は、それほど多くは無い。キャラやペルソナの使い分けは病的なものではなく、ごく一般的な現代人の処世術、適応形態と呼んで差し支え無い。

 そんな社会からの要請に呼応するように「演じることに疲れた私」的な言説が登場する。インターネットやSNSが登場する以前から、「演じることに疲れた私」は多く語られてきた。「周囲から期待されている自分」を演じることに疲れて「本来こうでありたい自分」や「等身大の自分」が疎外されている、という例のパターンだ。

 では、キャラやペルソナを使い分けると、どうにも疎外されるしかないのか?そうでもないと思う。疎外を強調する人は、なるほど「周囲から期待されている自分」と「本来こうでありたい自分」のギャップが大きくてフラストレーションが大きいからこそ、そのように強調するかもしれない。だが、それほどまでに疎外を感じていない大勢においては、「周囲から期待されている自分」と「本来こうでありたい自分」には、なにかしら連続性があったり、折り合いづけられ妥協がかたちづくられているようににみえる。つまり、うまくやっている大勢の場合は、「周囲から期待されている自分」と「本来こうでありたい自分」は水と油のような関係ではなく、どこかで意外に繋がっている。

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