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グリーティングカードのECサイト「Pinhole Press」の成功要因は『できるカスタマイズを減らしたこと』

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商品のデザインやサイズ、素材、色などの要素を顧客が指定して注文できる「カスタマイズ」はデジタルのテクノロジーと相性が良く、ECサイトならではの強みを発揮できるサービスのひとつだ。

子供や家族の写真を近況報告がてら親戚や知人に贈ることが習慣化している米国では、ホリデーシーズンが近づくこれからの時期、カスタマイズ・サービスを利用して、デジタル写真からオリジナルのクリスマスカードやアルバム、カレンダーなどのフォトグッズをオンラインで作成しようとする人が増える。

そうしたサービスを提供しているECサイトの多くがデザインや書体、レイアウト、色、印刷できる媒体の種類など、カスタマイズのオプションを増やしていく方向で競っていたのに対し、2010年10月にニューヨークで誕生した「Pinhole Press」はその逆にオプションを減らすことで差別化に成功し、ブランドを確立した。

Pinhole Pressのホリデーカードとそのカスタマイズ手順

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現在、Pinhole Pressが提供しているホリデーカードのテンプレートは100以上に及ぶ。ただしテンプレートごとに入れられる写真の枚数が決まっているので、まず使いたい写真を選び、その枚数を基準にすることで、選択範囲を絞り込むことができる。

使える写真の枚数は1枚から最高18枚まで。18枚の場合は次のようなコラージュ風カードになる。

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以下は写真を1枚だけ使うカードの例。

「Polaroid Holiday」

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「Green Vines」

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「Silent Night」

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「XOXO」

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「PEACE」

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「Merry!」

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各商品には、製品の詳細として、「COLOR(色)」「SIZE(寸法)」「PAPER(印刷用紙)」「ENVELOPE(封筒のサイズと種類)」が明記されている。カードの色としていくつかの選択肢が用意されている商品もあるが、ほとんどは色が決まっている。印刷用紙と封筒はサイズを除き、どれも提携メーカーの同じ商品が使われている。

カスタマイズの手順は非常に簡単。写真をアップロードし、必要に応じて、差出人の名前などのテキスト部分を変更すれば完成する。変更後の文字のフォントやサイズも決まっていて、選択の余地はない。

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価格は商品と注文枚数によって異なるが、40枚以上注文する場合、1枚あたり1.49~2.29 ドル(約165~250円)。

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同サイトでは、カレンダー、ギフトボックスや特製マグネット、紙袋、ラベルなど、写真を使ったカスタマイズ商品を幅広く扱っているが、ホリデーカードの場合と同様、どれもカスタマイズ手順はシンプルである。

そして完成した製品はどれもすっきりしたデザイン、クリアな書体など、特徴が共通する。そのため、カスタマイズ品でありながら、紛れもなく「Pinhole Pressブランドの製品」に仕上がるのが、カスタマイズ・サービスのECサイトとしてはユニークな点だ。

ユーザーから「○○のオプションを追加してほしい」という要望が届くこともあるそうだが、Pinhole Pressでは、「要望に応じて次々とオプションを追加していくと、ブランドの特徴が失われ、差別化ができなくなる」という理由で、敢えてそれらの要望については対応を拒否しているという。

既存サイトでフォトブックを作ろうとして発見した消費者のニーズ

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Stefan Peters(以下ピーターズ)氏は、父親の70歳の誕生日の記念に、これまでの思い出をまとめた写真を本の形にまとめてプレゼントしようと考え、フォトブックを作成できる既存のECサイトのいくつかを訪れた。

ところが、そこで待っていたのは、フォトブックの形式や寸法だけでなく、写真のレイアウトやキャプションのフォント、サイズ、色、陰影付けなど、様々なオプションを事細かく選択していく作業だった。ピーターズ氏は選択肢のあまりの多さに圧倒され、作成作業を続ける意欲を失ってしまう。

当時、ピーターズ氏はグローバルに展開しているスウェーデンの家具メーカー、DUX社のマーケティングとブランディングの責任者を務めていて、写真や文章のデザインや編集は本来なら、お手の物だった。

「その自分がこれだけ怖気づくということは、一般の人にとっては、この作業はもっと大変だろう」と気がついたピーターズ氏は、人気ファッション・ブランドのVera Wang社でデザインを担当していた妻のAshley Rosebrook(以下ローズブルック)氏と共同で、フォトブックのカスタマイズ・サービスを提供するECサイトを創設しようと計画する。

目標として掲げたのは、サイトのインターフェースと物理的な製品のデザインの両方をできるだけ簡素化することだった。

"魅力的なラグジュアリー・ブランドに勤めている間に学んだ最も重要な教訓のひとつは、余分なモノをそぎ落としていき、エッセンスだけを残すということ。機能やオプションを増やしても、消費者の満足度は必ずしも上がらない。やたらに増やせば逆にストレスの原因にもなってしまう。"
- Pinhole Press共同創設者、Ashley Rosebrook氏

このローズブルック氏の言葉は日本文化の「省略の美」の精神に通じると同時に、以前、当ブログで紹介した「多すぎる選択肢は人を不幸にする」という「選択肢のパラドックス」説にも一致している。その説を知っていたのかは不明だが、夫妻はプロがデザインした美しいテンプレートを提供し、顧客がカスタマイズを加えられる余地を極力減らす方が、顧客にストレスを与えず、より親切になるという結論に達した。

そこで自己資金50万ドル(約5500万円)を投じ、Pinhole Pressを立ち上げた。しかし採算が取れるまでには、さらに約200万ドル(約2億2000万円)が必要となったという。

夫妻はサイトの運営費を抑えるために、サイトのモデルに家族や友人を起用した。以下のカードでは、ピーターズ氏一家が総出でモデルを務めている。ピーターズ氏は眼鏡の男性、ローズブルック氏は右端の女性だ。彼女のお腹の中にいる赤ちゃんは、誕生後、赤ちゃんモデルとして女児役と男児役の両方を務めている。

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製品の製造費は、2人が以前に仕事を通じて関係を築いた上質紙の製造メーカー、Mohawk Fine Paper社と提携関係を結ぶことで抑えることができた。Mohawk Fine Paper社も自社のブランディングと宣伝にも繋がると考え、Pinhole Pressのマーケティングに積極的に協力してくれた。

こうしてPinhole Pressの利用者は家族や友人、知人、過去のビジネス相手や関係者というように、内から外へと徐々に広がっていった。Google Analyticsでサイトの成長を追跡していたピーターズ氏によれば、創設から半年後にページビュー数が100万に到達し、その1カ月後、この数字は一気に1000万に跳ね上がった。このとき、彼は成功を確信した。

この人気上昇の裏には、Pinhole Pressのサービスを利用すれば、シンプルな手順で美しいフォト・グッズが出来上がると、The New York TimesやThe Washington Postなど大手メディアのレビュー欄が絶賛したほか、全米女性のカリスマ的存在、マーサー・スチュワート氏が同サイトを利用して、記念グッズを作成し、その後、雑誌やテレビ番組で同サイトを好意的に紹介したことも大きく影響している。

2012年10月、同サイトはliveBooks社に3300万ドル(約36億3000万円)で買収されたが、ピーターズ氏とローズブルック氏は現在も共同クリエイティブディレクターとして同サイトに関わり続けている。家族や友人の写真を使った「神経衰弱」のゲームカードなど、2人の子育て体験から生まれた商品も数多い。

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見かけのニーズに騙されるな

米国でベストセラーになったビジネス本『I Will Teach You to be Rich』の著者、Ramit Sethi氏は、「ビジネスの世界で競合と差別化し、顧客を獲得するのは難しくない。潜在顧客の本音をつかみ、それに対応したポジショニングを行えばよい」と語り、その裏づけとして、若い女性が子供のためのバイオリン教室を開いてあっという間に成功した例を紹介している。

どんなビジネスでもマーケット調査を実施して、潜在顧客層の実態とその希望を知ることは重要だ。その女性も事前にマーケット調査を実施してみた。その結果、米国で自分の子供にバイオリンを習わせたいと熱望するのは、アジア系の母親が圧倒的に多いことが分かった。

この知識があるだけでも知らない場合に比べてアドバンテージになり得るが、肝心なのは、そのアジア系の母親たちが自分の子にバイオリンを習わせようとする目的を理解し、それに応えることだ。そこで母親たちに目的を尋ねると、毎度のように「子供の情操教育にプラスになるから」「音楽の教養を身につけてほしいから」といった回答が返ってきた。

若きバイオリン教師はその回答だけで満足できず、とりわけアジア系の母親たちがバイオリンにこだわる理由を突き止めようと、さらに追求を続けてみた。

ヨーヨー・マにでも触発されたのだろうか? そうではなかった。真相は「バイオリン演奏という特技があると、将来、ハーバード大に入学するのに有利になる」という話が教育熱心なアジア系富裕層の間に常識として広まっていたからだったのだ。

そこで、彼女は子供に高度な学歴をつけさせたいと願う母親たちの意向に沿うように自分の教室をポジショニングし、「当教室に通ってバイオリンの稽古をすると、あなたのお子さんは規律と鍛錬の重要さを理解し、自信を獲得する。積極性が身につくので、学業にも好ましい影響がある」と宣伝した。その結果、彼女の教室は潜在顧客たちのハートをつかみ、競合に差をつけて、短期間で大盛況となったのである。

Pinhole Pressが差別化に成功した要因にも、このバイオリン教室と共通するものがある。

先行する競合サイトがどこも顧客が選択できるオプションを増やす方向で努力していたのは、カスタマイズ・サービスに消費者が求めているのは、「他では売っていない、自分だけのオリジナルな製品を作成できること」という思い込みがあったからだろう。

しかし「隅から隅まで自分でマイクロマネジメントして、あなただけのユニークなフォトグッズを時間と手間をかけてじっくり作成すること」と「プロがデザインしたテンプレートの一部にだけ変更を加えて、手早くきれいなフォトグッズを作成すること」のどちらを望むかと問われたら、あなたはどちらを選ぶだろう?

 

自分のセンスに自信があり、編集作業が苦にならない人ならば前者を選ぶかもしれない。その路線を追求して、成功しているECサイトも現実にある。しかし後者の方が便利と感じる消費者も確実に存在している。特に年末を控えた忙しい時期であれば、なおさらだろう。

顧客の立場に身を置いた体験から、「写真を使ってオリジナル・グッズを作りたい」という、顧客の見かけのニーズに潜んでいた「なるべく手間をかけずに、センスの良いグッズに仕上げたい」という真のニーズを汲み取ったことが、Pinhole Pressが成功した最大の要因だ。

あなたのECサイトは消費者の見かけのニーズではなく、真のニーズに対応しているだろうか?

著者プロフィール
尼口友厚 株式会社ネットコンシェルジェ 代表取締役社長
国内第一線のウェブコンサルティング会社(株)キノトロープで大手通販コスメ会社(現在は上場)のeコマース支援を行う。その後同社の支援を得てeコマース専門のプロデュース会社(株)ネットコンシェルジェを設立。2003年の設立以来、年商○00億円を超える超大手サイトから、スタートアップ企業のeコマース立ち上げまで、その実績は約8年間で125社に上る。

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