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人文科学の存在理由が危機に瀕している 小林康夫先生退官記念インタビュー(前編)

人文科学は、自然科学やテクノロジーがもたらすものに対して、従来の人間観のままで、それが倫理的に良い悪いと言っているだけではダメなんだ。「人間とは何で、どうあるべきか」ということについて、今までとは全く違うタイプの問いに答える義務が、人文科学にはある。

小林康夫先生は声を高めてこう語る。

1986年から東京大学で教鞭をとり、人文科学を学ぶ学生なら知らない者はいないであろう小林康夫先生。今年度で退官する知の巨人に、今の学生が考えるべきことや、これからの人文科学の行くすえについて話を聞いた。第一弾は、人文科学の直面している危機と、人文科学者が生き残りをかけて取り組むべきことについてである。

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〈知識の特権性を失った人文科学〉

人文科学を取り巻く環境はこの20年で大きく変わったんです。2つの点で人文科学は根源的な変化にさらされている。一つは、コンピュータとインターネットによって、だれしもアクセスできる形で莫大な情報が開かれるようになったこと。私は1995年のwindows95がひとつのメルクマールだと考えている。コンピュータとインターネットの登場以降、情報は誰にでもアクセスできるようになって、知識を持つことは人文科学の特権じゃなくなった。もう一つは、グローバル資本主義が浸透していること。世界の様々な人や物がグローバル資本主義を通じてネットワークに結ばれていく。ミャンマーのように、これまで閉ざされていた国や地域が、圧倒的なグローバル資本主義の波に飲まれて開かれていく。

この二つの大きな変化の中で、大学における人文科学の存在理由が、20年前とは大きく変わってきている。例えば、海外についての知識を持っているということだったら、今やだれでもインターネットを通じてダイレクトに膨大な量の情報をゲットすることができる。グローバル資本主義の結びつきを通して、NPOや企業が現地と接触して実際に活動している。

一昔前は、ミャンマーいったことある人なんかミャンマーの専門家ぐらいでしたよ。でも今じゃヤンゴンにいけばそこら中、日本人だらけ。もはや人文科学者にとって、知識というものに特権性はないんだ。

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〈人文科学者の存在理由は何だ?〉

人文科学は自分が好きなモノに関して駄弁を弄しているだけに成り下がりつつある。「教育学系と人文系は縮小すべきなのでは?という発言が文科省から出るようにすらなってしまった(参考:第48回国立大学法人評価委員会総会)。イギリスには哲学科が潰されてしまった大学がたくさんあるし、東大の文化三類の学生も、昔から人文科学のリーダーシップをとっていた仏文、独文などの文学部よりも、実践的な教育学部に進学したがる学生が増えている。

人文科学は大学の中でどういう機能を果たすべきか、ということを人文科学者自身が再定義し直さないと、大学の人文科学は単なる自分の好奇心を満足させるためのカルチャーセンターになってしまう。

〈人文科学の役割は、人間存在のあり方を問いなおすこと〉

このような変化が人文科学を取り巻いているのだけど、この変わりゆく現状そのものが、人間に関する全く新しい問いを提起していると思う。そこに人文科学が、やらなければならない大きな使命がある。

20年ほど前から始まった、グローバルな情報革命は、人類の生育環境そのものを全く根本から変えてしまうような文明の変化の端緒なんだ。産業革命のような、ボリュームがあり、高エネルギーな変化ではなく、ソフトで眼に見えないところで、ものすごく大きな深い変革が起こっていて、これは人間存在のあり方に直接的に関わっている。例えば遺伝子の操作によって、人間そのものが改変される可能性が科学技術によってもたらされた。

これからの人文科学は、自然科学やテクノロジーがもたらしたものに対して無関心であることは許されないんです。遺伝子や情報テクノロジーが、人間についての見方をどう変えたのかについて、それを受けた人間の学というのを構築しなくてはならない。そのためには、人文科学者が自然科学を学ぶ必要がある。だって今やそれが世界の根幹にあるし、それがもたらしたものは非常に大きいわけだから。もはや理系の学問ができない人は人文科学もできないんだよ。

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〈人間とは何で、どうあるべきか〉

今は非常に大きな変化の時で、いったい人間はどうなっていくのか。この変化はまだ始まったばかりだけど、今のスピードから行けば、10年20年のうちに、自然科学において今の我々が想像もしないようなことが起こる可能性が十分ある。

科学がもたらすものに対して、従来の人間観のままで、それが倫理的に良い悪いと言っているだけではダメなんだ。「人間とは何で、どうあるべきか」ということについて、今までとは全く違うタイプの問に答える義務が人文科学にはある。人間そのものが、ものすごいスピードで変化し続けているんだから、これからの人間観を模索しなくてはならないんです。

ーーーーー

かつてない速度で変わりゆく世界にたいして、人文科学や大学組織の変化は乏しい。その緩慢さに強い危機感を抱いている小林先生に、次回後編(小林康夫先生退官記念インタビュー後編)では、この変化の渦中を生きる学生に伝えたいことを語っていただいた。

(聞き手 須田英太郎 @Btaros

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