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本音と建前の狭間で。〜職務発明会社帰属案「当確」報道を前に

随分と長い間、議論が続けられている印象がある職務発明制度をめぐる問題だが、お馴染み、日経紙の「アドバルーン」が再び打ちあがった。
「社員の発明 報奨義務 /特許は会社に帰属 競争力底上げ /法改正へ」(日本経済新聞2014年10月11日付朝刊・第1面)
という見出し。そして、
「特許庁は、社員が仕事で行った発明に対する報奨を全ての企業に義務付ける方針を固めた。今は発明による特許は『社員のもの』としている特許法を『会社のもの』とするよう改正し、同時に報奨義務付けを条文に盛り込む。」(同上)

という、“ほとんど決まり”的なトーンの決め打ちで書かれた記事内容。

審議会(産業構造審議会特許制度小委員会)での議論を受けた記事ではないので、これもいつも通り、あくまで“観測気球”程度に読んでおくのが無難だと思うが、9月のエントリー*1でも言及したとおり、これまで「法人帰属&報奨を支払うかどうかも企業の裁量」というスタンスで審議に臨んできていた産業界が、ここにきて「法人帰属になるなら、報奨請求権を法定しても良い」というスタンスに変わってきていることから、上記の記事に書かれている内容が、現実のものになる可能性も決して低くはないと思われる。

もっとも、今回の記事の中にも、

「特許庁は法改正と併せ、企業に適正な社内報奨ルールをつくるように促すガイドラインを策定する考えだ。」(同上)
ということで、前回の特許法改正時以上に、“お上のガイドライン”の影響力が強まるように思われることや、
「報奨ルールは労使協議を経て決める」(同上)

といった、あたかも集団的労使関係の枠組みの中だけで報奨ルールを決めないといけなくなるような記載があること*2

さらに、

「ガイドラインでは報奨として金銭の支給に加えて、社内表彰や昇進、留学、研究資金の付与など幅広い内容を想定。企業が柔軟な施策を採れるようにする。」

と、発明者本人にとって性質も実際に受ける利得も全く異なる要素をフラットに並べていること*3など、気になることは多い。

特に、最後の「柔軟な施策」については、「いまの特許法では、発明対価として事実上、金銭の支給しか認められていない。」という記事の解説自体がおかしくて、平成16年に改正された、

「対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。」

という特許法35条5項の条文による限り、現状においても、「会社が発明者に対して社内で十分な待遇を与えているから、既に支払った以上の補償金を支払う必要はない」という理屈は、当然に成り立つはずであるのに*4それがあたかも、改正を経ないとできないことのような位置付けで報じられてしまう、というあたりに、今回の改正の議論が、様々な「誤解」の上に行われていることが如実に現れているように思えてならない。

奇しくも、今週の月曜日の日経の法務面では、職務発明に関する特集が組まれていて*5

・業績に貢献した特許への追加補償の対象が、従業員数千人、特許数万件にのぼる。
というメーカーの事例だとか、
「発明者の確認・追跡のために数百人がかかわり、毎年、億円単位の管理コストがかかる」

という大手メーカーの知財本部長のコメントが掲載されている。

平成16年の法改正により、職務発明規程をきちんと定めている会社が巨額の発明対価支払義務を負う可能性がほとんどなくなったにもかかわらず、(大手メーカーを中心に)産業界から「職務発明制度見直し」の声がやまなかった背景に、こうした“事務手続きの煩雑さ”があったことは容易に想像がつくところだし、確かにその“煩雑さ”が、「それくらい気合で処理しろよ」と軽く片づけられないレベルのものであることは、筆者自身も、身に染みて分かっていることではある*6

だが、法改正に向かうロビイングの過程で、そういった実務サイドの視点からの“対価支払いの煩雑さ解消”ではなく、「産業競争力強化」というお題目の下での「特許は発明者のものか、会社のものか」という神学的、原理主義的論争が、前面に押し出される形となってしまった。

長年我が国に根付き、制度趣旨についても矛盾なく説明されてきた「職務発明制度」に一石を投じるためには、それくらいの「本質的論争」を仕掛けないといけなかった(単に「手間だから」というだけでは改正を求める立法事実にはなりえない)、というのは分かるのだが、その結果、それまでは事実上ほとんど問題になっていなかった「帰属」論争に手を出すことで、発明者(労働者)サイドから強烈な反発を浴び、挙句の果てに、ややこしい「報奨金制度」だけは残ることになってしまう*7、ということだと、何のためにこの半年近く議論をしてきたのか、ということにもなりかねない。

さすがにここまで議論が進んでしまった以上、「報奨支払義務が残るのなら、法改正はもう不要です。この議論は終わらせましょう。」ということを、産業界の側から言い出すのは、もはや難しいのだろうけど、平成17年の改正法施行以降、ようやく定着してきた補償金支払実務を、また一から再検討しないといけないリスクを負っている身としては、この、“本音と建前が断絶してしまった状況”を目の前にして、「誰かがタオルを投げてくれないかな・・・」と思わずにはいられないのである。

*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140904/1410672901

*2:純粋な特許法の世界の制度だったものに、労働法的エッセンスを取り込むことにより、かえって会社側にややこしい問題が生じるのではないか、というのは前回のエントリーで指摘したとおりである。

*3:これは制度が変わることによって、会社側が柔軟に対応できるようになるよ、という産業界向けのアピールなのかもしれないが、ただの「表彰」とこれまでの対価を等価的なものと位置付けるのであれば、発明者側は到底納得できないだろうし、会社側にしても、かえって混乱するように思えてならない。

*4:平成16年改正以前の特許法35条4項(「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない」)の条文上の解釈論としても、発明者に対する会社の処遇状況等を「使用者等の貢献度」に含めて考えることができる、という見解が有力だったが、若干の異論もあったため、当時の立法担当者は、あえて今の35条5項のような条文にしたのである。

*5:日本経済新聞2014年10月6日付朝刊・第17面。

*6:ここに出てくる大手メーカーに比べると10分の1,100分の1にも満たないような処理件数でも、きちんと発明補償の事務を行おうとすれば、準備から支払手続きまで、半年以上はみっちり対応しないといけなくなる。

*7:しかも、会社が支払う報奨制度の合理性が、第三者の定める基準(とその解釈)によって判断される、という不安定性にも何ら変わりはない。

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