- 2014年10月13日 05:00
地方創生で何をするのか 人口維持発想からの転換を - 原田 泰
地方創生担当大臣も新設され、2014年6月の成長戦略で掲げられた「ローカル・アベノミクス」が話題になっている。アベノミクスで景気が良くなっているが、それが地方に及んでいない。アベノミクスの恩恵を地方に波及させるために、ローカル・アベノミクスが大事だというのである。
政府は9月3日、人口急減や地方活性化に取り組む「まち・ひと・しごと創生本部」の設置を決定した。今後5年間で取り組む総合戦略の策定など、来春の統一地方選をにらんだ各種施策に着手するという。
画像を見る>内閣改造後すぐに設置された「まち・ひと・しごと創生本部」 JIJI
この議論は、アベノミクスが、少なくとも都市では効果を上げていることを前提としている。アベノミクスの第1の矢、大胆な金融緩和を早期に実施すべきと主張していた私としては嬉しい限りだ。
事実として、アベノミクスの恩恵は地方にも及んでいる。雇用情勢が良くなっているのは大都市だけのことではない。図は、地域ごとの有効求人倍率(季節調整値)の動きを示したものである。東海、北陸地方の雇用情勢が相対的に良いのはいつもの通りだが、アベノミクスの発動とともに、すべての地域で雇用情勢が好転している。
画像を見る拡大画像表示
北海道と九州の雇用情勢が良くないのはいつもの現象だが、それでも0.9倍に近づいている。北海道と九州を除くすべての地域で1倍を超えている。アベノミクスを続けていけば、すべての地域で有効求人倍率が1倍を上回るだろう。
なお、ここで東北地方の求人倍率が高いのは東北復興のための建設事業が盛んだからである。特に、12年初になってからの上昇が著しい。11年3月の震災以来、1年弱経って復興需要が顕在化したのだろう。
大都市への集中ではなくて、地方を発展させたいというのは日本がずっと試みてきたことだ。「国土の均衡ある発展」とは、1962年に策定された「全国総合開発計画(全総)」で登場した言葉のようだが、要するに、全国土を同じように発展させたいということである。しかし、それは実現できなかった。
人々は仕事のある地域に自由に移り住む権利を持っている。地域ごとの発展が異なるのを均一にすることはできない。しかし、これは衰退する地域にとっては看過できない事態である。さらに、人口減少が地方の危機感を強めている。
北一輝は、その『日本改造法案大綱』(1923年)の緒言に、「日本また50年間に2倍せし人口増加率によりて100年後少なくとも2億5000万人を養うべき大領土を余儀なくせらる」と書いている。もちろん、造ったインフラが壊れなければの話だが、2億5000万人の人口がいれば、現在、無駄とされるインフラも役に立つものになっていただろう。
しかし、日本の人口は減少していく。仮に、すべての地域の人口が比例的に減少していったとしても、小都市の経済は苦しいものになるだろう。しかも現実には、大都市の人口はあまり減らず、小都市の人口は平均以上に減るだろう。どうしたら地方を活性化できるだろうか。
公共事業の増額は答えにならない。アベノミクスの第2の矢で公共事業を増やしたら、人手が集まらなくなってしまった。地方で高齢化が進み、公共事業で働く人がもはやいなくなっていたということだろう。
人口を増やしたいというのは分かる。このまま人口が減ると約1000年後には最後の日本人が生まれることになる。これは日本が滅びるということである。
人口が減るのは、子どもの値打ちが下がったからだ。年金のない時代、年老いた親は子どもに頼るしかなかった。だから、なんとか子どもを持とうとした。しかし、年金のある社会では、老後は、子どもよりも年金が頼りになる。年金を廃止すれば、子どもは増えるだろうが、そんなことはできない。
実行可能な案としては、年金にそうしているように、子どもにも税金を投入することだ。児童手当の増額よりも、女性が子どもを産んでも働くことがハンディにならない社会を作ることの方が効果的と判断されて、アベノミクスの「女性が輝く社会」という目標になっている訳だ。ただし、子どもを社会でみるのもお金がかかる。財政的に実行可能な政策では人口の減少を多少緩やかにすることしかできないだろう。すべての地域の人口を維持することは不可能だ。
人口の少ない豊かさ
むしろ、発想を逆転させてはどうだろうか。人が多いことが豊かなのだろうか。人が多いから貧しくなったと考えることはできないだろうか。
南アジアの国々に行くと、人口の多さに、私はめまいがする。東京、香港、マンハッタンの人の多さにも疲れるが、着飾ってにこやかな人々を見るのはそれほどは疲れない。
ヨーロッパや北米の豊かさには、人の少ない豊かさがあるのではないだろうか。私は美しい緑に覆われた山を見ると豊かさを感じる。しかし、その山で多くの人を豊かに養うことはできない。山だけではなくて、農業でも漁業でも同じである。
人口が減って、一人当たりの森林面積が大きくなれば、木材を切り出しながら、苗木を植えて、大きくなるのを待つ。集魚灯を照らしながら一挙に漁をしようとしないで、少ない漁民がゆったりと漁をする。一人で広大な耕地を耕す。そうすれば、豊かに暮らせるのではないか。
人の少ない豊かさを考えても良いのではないだろうか。目標は、「大草原の大きな家」である。大草原の大きな家では、発想が飛びすぎかもしれない。しかし、地方都市の魅力を感じる若者も多くなっている。仕事があれば生活しやすい。物価も安い。土地も安い。親の土地も利用できる。親もいるので子育てしやすい。昔からの友達や従兄たちとつるんで、助け合いながら暮らすというスタイルである。
もちろん、他所から地方に来ても良い。考えてみると、ヨーロッパの街の生活である。皆で地元のサッカーチームを応援に行く。ただし、ヨーロッパでは、他所から来た人にも優しい。
日本から来て職人になった若者に、イタリアの地元の人はこう言ったという。この人ははるばる日本からイタリアに来たんだ。何かをもって、何かを求めてきた人に違いない。こういう人を使わなければダメだ、と。日本の地方が、この心を持てば、決して衰退することはない。
【関連記事】・交通網の発達で 人もお金も地方から大都市へ
・「みんなと同じ」B級グルメもゆるキャラも限界 「競争しない」社会に向かう地方
・迷走するコンパクトシティ 維持費と借金が地方を苦しめる
・街を助けつつ、街に頼らない 地方で「面白いこと」をするために
・地元の宝を世界に売り出す 「よそ者」副市長の挑戦
- WEDGE Infinity
- 月刊誌「Wedge」のウェブ版



