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朝日新聞の吉田証言取り消しによって慰安婦問題そのものを無きものとすることの愚

 「誤報によって多くの人が悲しみや怒りを覚えたのは事実だ。日本のイメージは大きく傷ついた」「国ぐるみで(女性を)性奴隷にしたとの、いわれなき中傷が世界で行われている。誤報によって、そういう状況が生み出された」「政府としては客観的な事実に基づく、正しい歴史認識が形成され、正当な評価を受けるよう戦略的な対外発信を強化する」
 これは朝日新聞による吉田清治証言の取消に関連して10月3日の衆院予算委員会で安倍首相が行った答弁です。「性奴隷」としての従軍慰安婦は存在せず、それは「いわれなき中傷」だというわけです。

 しかし他方で、同じ3日の衆院予算委員会で菅官房長官は吉田証言について、「他の証言者の証言と比較して信用性が低かったから『河野談話』に反映されなかった」と答弁しました。これについて、安倍首相も「官房長官が答弁したとおりだ」と認めています。
 つまり、吉田証言が取り消されたからといって、「河野談話」の根拠が揺らいだり従軍慰安婦の存在が否定されたりすることがないということを、菅さんも安倍さんも認めています。だから、「河野談話」を取り消す必要はないと言っているのです。
 その「河野談話」は、「長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したこと」や「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」だけでなく、「官憲等が直接これに加担したこともあった」ことを認め、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と、「強制」性について指摘しています。そして、「いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である」とし、「政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」と述べていました。

 安倍首相は、一方で軍や官憲等の関与と強制性を認めた「河野談話」を肯定しつつ、他方で従軍慰安婦について「性奴隷にした」というのは「いわれなき中傷」だと否定しているわけです。典型的な「2枚舌」だと言うべきでしょう。
 歴史に対する不誠実な態度であり、過去に犯した過ちへの居直りでもあります。かつて政府が表明した「心からお詫びと反省の気持ち」は一体どうなったのかと、世界の人々は不信感を持つにちがいありません。
 このような態度は、従軍慰安婦であった女性たちに対する二重の罪を犯すことになります。かつて、「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」ということだけでなく、それは「性奴隷」ではなく、「いわれなき中傷」だと居直っているということで……。

 しかも、いったんは「河野談話」で軍や官憲の関与と強制性を認めて謝罪しておきながら、その根拠とされてもいない吉田証言の取り消しを理由に従軍慰安婦の「性奴隷」としての在り方を否定すれば、日本に対する国際的な信頼は地に墜ちることになります。
 安倍首相は、「誤報によって多くの人が悲しみや怒りを覚えたのは事実だ。日本のイメージは大きく傷ついた」と答弁しましたが、従軍慰安婦の性奴隷性の否定によってずっと「多くの人が悲しみや怒りを覚え」ることになり、「日本のイメージは大きく傷つ」くことになるでしょう。
 「政府としては客観的な事実に基づく、正しい歴史認識が形成され、正当な評価を受けるよう戦略的な対外発信を強化する」と言っていますが、それは従軍慰安婦の性奴隷性を否定するということなのでしょうか。そうであれば、それは「正しい歴史認識」とは言えず、日本が「正当な評価を受ける」どころか、歴史を偽造するとんでもない国だとみなされるにちがいありません。

 これに関連して、今日の毎日新聞の「オピニオン」欄に、興味深い記事が掲載されていました。「新聞への信頼回復 外国人記者に聞く[朝日の慰安婦・吉田書簡問題]」という記事です。
 独フランクフルター・アルゲマイネ東アジア特派員のカーステン・ゲアミスさんは、「朝日が8月に慰安婦問題の記事を取り消し、検証記事を出したときは、なぜ今なのかが疑問だった」として、次のように述べています。
 「私は以前に韓国人の元慰安婦4人に会い、オランダの議会にメールを送るなどして慰安婦問題を調べたことがある。だから、(朝日新聞が証言を取り上げた)吉田清治氏(故人)が目撃者のふりをして、うそをついていたとしても慰安婦がなかったことを意味しないことを知っている。そもそも私は吉田証言自体を検証記事が出るまで知らなかった。私の調査に吉田証言は必要なかったからだ。」

 また、この問題を利用した朝日新聞バッシングについて、「メディアが他のメディアの問題を報じることは構わない」としつつも、次のように指摘しています。
 「ただし、メディア同士の批判は慎重であるべきだ。日本のメディアが朝日問題をあまりに大きく取り上げたことには奇妙な感じがした。この問題が歴史修正主義に都合よく利用されるのは問題だ。日本に対する国際的な不信を高める要因になると感じる。」
 そのうえで、「私の理解では、ジャーナリズムの役割は政治、経済、議会などと読者の関心との間にある隙間を埋めるため、正確に報道する独立した機関であること。そして権力を監視することだ」と述べています。「ジャーナリズムの役割」についての、きわめてまっとうな「理解」だというべきでしょう。

 もう1人、米ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーさんも登場しています。彼も「メディア同士が、記事の内容をめぐって厳しい批判をするのはよいことだ」としつつも、次のように指摘しています。
 「しかし『非国民』などの極端な表現を使って感情をあおるような批判をするのはやりすぎだ。そうした風潮には全体主義的な怖さを感じる。ジャーナリストは自由な言論を委縮させるものに抵抗すべきなのに、どうしたことかと思う。」
 一部の新聞や雑誌などには、このような「感情をあおるような」「極端な表現」が満ち溢れています。「どうしたことか」と思うのは、ファクラーさんだけではないでしょう。

 外国の記者でさえ理解し、主張するようなこの程度のことが、どうして一部の新聞や雑誌などに記事を書いているジャーナリストに理解できないのでしょうか。それとも、そこにはまともなジャーナリストは存在しないということなのでしょうか。

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