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  • 海老原嗣生

TENN死を読み解くデビッド・リンチ的思考

元SPEEDの上原多香子の夫で、浪速のラップバンドET-KINGのMC担当であるTENNが自ら命を絶って一週間が過ぎた。

この事件は今でもまだ理解できない点が多い。まず、多くの人がその死に至った動機について、疑問を抱く。ただ、それよりも不思議なのは、彼の死に方だ。

事件のあった時に、上原は自宅にいたことになっている。

だとすると、TENNは真夜中に遺書を置きに家に帰って来たのだろうか。その時点で上原と家の中で出くわしたら、どうするつもりだったのだろう。そう考えると、遺書を置きに家に帰ったという想定は間違っている。

ならば、もっととっくの昔に遺書を家に置いておいたのか?これだって、早々に上原に見つかったら止められてしまう。だからそれもない。

もう一つ。死の場所が自家用車の中ということ。彼がいないと気付いた上原が、まず真っ先に探しに来る場所だろう。普通の神経であれば、家に上原がいて、そこで自殺を実行することは、見つかる危険性が高いためにありえない。

こう考えると、家に上原がいた、という状況はありえないと考えられる。

一番妥当な推測は、家に帰って遺書を見つけた上原が、すぐに彼を探しに出て、そして間をおかずに、変わり果てたTENNを見つけた、という想定だろう。

報道では上原がTENNを見つけた時刻は朝の6時25分ごろとなっている。だとすると、上原が家に帰ったのは、6時過ぎではないか。

そこから警察に通報するまでに1時間のタイムラグがあるが、それは事務所と事後対策について協議していたと考えれば、腑に落ちる。

上原宛ての遺書は果たして何が書いてあったのだろうか・・・。

事情を知らない他人について、これ以上詮索するのはやめにしておく。

この小論は、TENNの死の動機を推測することを主旨とする。

TENN死の報道記事を読むうちに、思い出したのは、巨匠デビッド・リンチの名作、エレファントマンのラストシーンだ。詳細に入る前に、リンチについて一くさり触れておきたい。

少しでも映画ファンを名乗る人間であれば、リンチは知らない人はいないだろう。イレイザーヘッドやエレファントマンのような陰鬱で猟奇的な初期作品とワイルド・アット・ハートのようなラブコメディの両極を描ける名匠として知られている。

ただ、対照的な作品にあっても、その奥底には壊れてしまう幸せへの哀切な気持ちが積み重なる、儚さを感じさせる。それは、日本なら太宰治の斜陽や人間失格とお伽草紙の対比、アメリカならカポーティの冷血とティファニーの対比の中に通底する儚さとも似ている。

エレファントマンは、神経線維腫(象皮病)に罹患した人物の生涯を描いた作品だ。主人公は、幼き日に両親と離れ、見世物小屋で象人間としてつらい生活を送る。やがて、彼はその境遇を脱し、地図製作者として過ごすうちに、温かい手を差し伸べられる。病院にて治療を受けながら、ようやく人間らしい生活にたどり着くのだ。ただし、そこでは、彼に親切な態度をとることで、自らの優しさを世間にアピールしたい偽善者たちが待ち受けている。

そして、環境的には生涯で二番目に良い状況(一番よかったのは、発病前に美しい母と暮らした幼い日々)にいる中で、偽善に満ちた幸せが崩壊することを予感し、自ら命を絶ってしまうのだ。

このラストシーンには、理解できないという観客が多く、結局はリンチのゲテモノ趣味が、不可解な映画を作り上げた、という声が聞かれた。

一方で、このラストこそ、リンチの傷つきやすい繊細さの真骨頂だという意見も拮抗し、アカデミー賞の最有力候補となるが、作品賞は逸す。

格差婚と世間に騒がれ、ネット上でも話題になり続けた、TENNと上原の電撃結婚。

婚約発表からは、約2年半となる。

思えば身長164cmでメジャーヒットも少ない彼が、ミリオンセラー連発で芸能賞も総なめの上原と結婚に至り、そして、東京ではなく大阪に住んで、しかも、関西の芸能人が居をかまえるなら定番の北摂や阪急本線ではなく、天王寺のマンションが愛の巣という、信じられない奇跡の積み重ねが、いつ崩れてしまうのか。

ハルカスができたとはいえ、今でも動物園やじゃんじゃん横丁にまで足を延ばせば、そこには涙色の路地が連なっている天王寺地区。

ラッパー特有の、現実を斜に構えてその裏側を覗く彼の目には、自分自身の幸せが、儚く見えていたのではないだろうか。

阿倍野界隈の焼き鳥屋にSPEEDの多香子とカップルで訪れ、「あたしの稼ぎでこの人、食べてるのよ」と明るく頭をはたかれるTENNには、恥ずかしさ口惜しさよりも、壊れてしまいそうな幸せの脆弱さが、心に沁みこんでいったのだろう。

それが現実に近づいていることを、TENNは知ってしまった。

辣腕の劇作家でイケメン俳優でもある宅間孝行に多香子は見いだされ、長期公演で日本中を駆け巡っていく。40日にわたるロングラン行で会える日も少なくなり、結婚記念日には、仙台まで赴き彼女の現実を肌で知る。

走り出して輝きを増していく多香子を目にすれば、いやでも幸せの終末が近づいているのを実感せざるを得なかったのではないか。

彼女にふさわしいのは天王寺なのか、東京なのか。

彼女にふさわしいのは妻なのか、女優なのか。

そして、彼女にふさわしいのは、俺なのか。

その答えを、彼は出してしまった。

このまま二人の関係を続ければ、やがて彼女は天王寺に飽き足りなくなっていく。そして二人には寒風が吹きすさぶ。そうして喧嘩別れをすれば、彼女のキャリアは遠回りをすることになる。そしてその後の多香子の心にTENNはかすかにも残りはしないだろう。

そう、かつてのISSAや赤西がそうであったように。

ならば、ここは自ら身を引き、彼女の心の中で永遠になるようにしよう―もしこの推論が正しいのであれば、彼の願いは、見事なまでにかなったはずだ。

そして芸能キャリアでは多香子の後塵を拝し続けた彼が、たった1週間ではあるが、日本中のマスコミの注目を一身に集めた。

そう、浪速の高速ラッパーが見せた、一世一代の打ち上げ花火とでもいえようか。

自殺を称えることは決して良いとは言えないが、彼の心意気には、謹んで敬服の念をささげたい。

ここまで勝手な妄想で論を進めた傲慢さを許してほしい。

勝手ついでにいえば、TENNの多香子にあてた遺書には、そんなことが書いてあったのではないだろうか。

だとすれば、多香子は、早々に悲しみを断ち切れ。そして、輝きを取り戻し、翔け。

それが、TENNの遺志なのだから。

そうして、また一流の芸能人となり、次の恋も実って、六本木や麻布界隈で夜を過ごす日々が始まったころ。大通りの角を曲がり、宵の喧騒を少し離れた瞬間、眼前には、天王寺の涙色の街並みが重なるのだろう。

そのたびごとにTENNをまた思い出せばいい。

それが最高の弔いになるはずだ。

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