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- 2014年10月02日 05:21
習近平はシー・チンピンと呼ぶべきか
DIAMOND onlineに出口治明ライフネット生命保険(株)代表取締役会長兼CEO書かれていた「オランダはネーデルラント、習近平はシー・チンピン グローバル時代に即して『言葉遣い』も見直そう」という記事を見て、いろいろ思うところがあったので、これについて少し。
1 記事の紹介
「わが国では世界では通用しない言葉が今でも多数使われている。これからのグローバル時代を展望すると、一度、普段なにげなく使っている言葉を見直してみる必要があるのではないか」という記事です。その理由として、「ネーデルラントは『低地の国々』を意味する。・・・(オランダではなく)ネーデルラントと教える方が理解が進むのではないか」としています。
他にも、イギリスも「世界ではUK(ユナイテッド・キングダム)すなわち連合王国と呼ばれている。・・・連合王国が4つの国の連合体であると認識すれば、先日のスコットランドの独立を巡る騒動も理解がしやすくなる」としておられます。
また「昔、ロンドンで働いていた頃、英語で対話をしていて困ったことは、中国の人名について毛沢東や周恩来としか覚えていなかったことだ。マオ・ツォートン、ヂョウ・オンライと現地の発音を知らなければ相手に通じないのだ」として、「習近平はシー・チンピン、李克強はリー・クーチアンと教えるべきだし、テレビや新聞もそのように報道すべきだと思う」としております。
同様に、「世界に全く通用しない和名表記を教えるのは時間の無駄ではないだろうか」として、イスラム教の開祖マホメットは「ムハンマド」、コーランも「アラビア語の現地音に近いクルアーン(あるいは定冠詞をつけてアル・クルアーン)」ともしています。
2 発音
この問題を考える際にどうしても避けては通れないのが、日本語の特性です。日本語は50音を見ればわかりますが、原則母音と子音の組み合わせで構成されています(例外も当然あり、促音、長音など)。なおかつ母音が5つと少なく、英語の学習の時等に散々苦労したと思いますが、日本語では「ア」でしかないものが、 [æ][ɑ][ʌ]等複数存在し、耳で聞いてもよく違いがわかりません。
子音も同じで、[ b ] (破裂音)と[ v ] (摩擦音)の違いを現すために、カタカナ表記ではバビブベボとヴァヴィヴヴェヴォの違いなどということを行っておりますが、発音できず、耳で聞いても区別できない以上どこまで意味があるのか疑問です。
3 現地語
確かにオランダやイギリスの英語表記がそういう意味だということを知っておくことは大事で、それと同時に何故そのような名称なのかということを知っておくことも大事です。元記事の作者は欧州滞在が長かったようで、その経験が書かれておられるようですが、同じような事例で通常真っ先に思い出されるのは「アメリカ」で、何故アメリカのことを「U.S.A」というのかを知っておくことはとても大事なことと考えます。
ただ、それは外国人(当該国人)と付き合う際の知識として必要なだけであり、それを全国民にまで教育したり、マスコミを使って半強制的に変えさえる意味があるのかというと私は疑問です。
4 中国語名
そういう意味でもひっかかったのが、中国人名で欧米人が北京語の発音に基づいた発音をしているので「習近平はシー・チンピン、李克強はリー・クーチアン」と教えるべきだという発想です。最初に母音と子音の組み合わせの数(音節)の話をしましたが、50音のほかに濁音などがあるのですが、せいぜい100です、それに対し中国語は400もあるので、とても日本語で表記はできません。
その上四声があるので、「シー・チンピン」とそのまま日本語読みをしても、まず何を言っているのか、理解してくれる中国人はいません(日本人の発音に慣れている例外的な中国人を除く)。
それに、習を「シー」と読むと覚えてしまうと、日本語の音で覚えてしまい、結果「xi」と「si」「shi」の違い等に苦しむことになるというのは良く聞く話です。
これは、その人の性格(嗜好)にもよるのでしょうが、中国人と話をすると、下手な(不自然な)中国語の日本語読みより、自然な日本語読みの中国名(漢字を日本語読みしたもの)の方が耳触りが良いという話は何度か聞いたことがあります。
5 最後に
つまり、元記事で主張していることもわからないではありませんが、グローバル化と言いつつもどうしても特定の地域(その方が滞在したことや経験したことなど、結果今回は欧州)に人は影響を受けるという話です。結果、欧州目線で見れば、確かにそういう主張も一理あるかもしれませんし、欧州人と付き合うときはそういう基準で話をした方が便利かもしれませんが、それが本当の意味でのグローバル化(地球化)というと私的には疑問です。
それに、特定の地域の影響を受けるという意味では、日本だけにこだわるという人がいても良いと思っており、今さら呼び名を変えることにどれだけ意義があるのか疑問だったが故の今日のエントリーでした。



