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「死刑制度のない世界」を目指すEUの取り組み

PART 1 欧州における死刑廃止の取り組みと歴史

30年にわたる欧州全土での死刑廃止への取り組み

欧州は人権思想の発祥の地である。その流れをくむ欧州諸国は、第二次世界大戦後まもない1949年に欧州評議会という国際機関を設立し、いち早く人権・民主主義・法の支配の推進に動き出した(※1) 。翌年、同評議会は「人権と基本的自由の保障のための欧州条約(以下「欧州人権条約」)を採択し、世界で最も尊重される人権機関の一つとしての道を歩み始めた。その後も条約に議定書を附属することで新たな権利を追加し、1982年には平時の死刑の廃止を規定する第6議定書を採択、2002年には第13議定書で「戦時を含むすべての状況における死刑の完全廃止」を規定している。

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EUは10月10日の世界死刑廃止デーに合わせて「欧州死刑廃止デー」を設定し、域内のみならず全世界で死刑廃止キャンペーンを繰り広げている

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欧州評議会のヤーグラン事務局長(左)を訪れたアシュトンEU上級代表。共に死刑廃止の実現を目指す両氏は、昨年も10月10日の死刑廃止デーに共同声明を発表している(2012年6月12日、ストラスブール) © European Union, 2014

また、欧州人権条約とは別の欧州連合(EU)独自の法的取り決めとして、2002年に調印され、その後2009年発効のリスボン条約によって、条約と同等の効力を持つこととなったEU基本権憲章には、「何人も死刑に処されてはならない」との規定がある。今や、EU加盟28カ国はすべて死刑を廃止している上、死刑廃止はEUの加盟条件となっている。EUは欧州評議会と力を合わせて、欧州のみならず、全世界的な死刑廃止にも取り組んでいる。2007年12月、10月10日の世界死刑廃止デーに合わせて同日を「欧州死刑廃止デー」とすることを宣言した。

昨年(2013年)の欧州死刑廃止デーも、欧州評議会のトルビョルン・ヤーグラン事務局長とキャサリン・アシュトンEU外務・安全保障政策上級代表が、不退転の決意で死刑制度廃止の実現を目指す共同声明を発表している。欧州諸国の中で現在も死刑を執行しているのは、ベラルーシ1国のみである。

死刑を支持できない理由

死刑に対するEUの根底にある考え方は明確だ。「いかなる罪を犯したとしても、すべての人間には生来尊厳が備わっており、その人格は不可侵である。人権の尊重は、犯罪者を含めあらゆる人に当てはまる」というものだ。さらに、人権的観点のみならず、死刑は「不可逆性」という重大な問題を抱えている。検察官や裁判官、陪審員、さらには既決囚を赦免できる政治家であっても、絶対に間違いを犯さないとは言い切れない。にもかかわらず、死刑は一度執行されてしまえば取り返しがつかない。冤罪(えんざい)による、あってはならない過ちを完全に回避するための最も確実な方法は、唯一、「死刑を廃止する」ことなのである。

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2013年10月10日、EUとその28加盟国およびノルウェーとスイスは、死刑制度廃止に関する議論への参加を呼びかける新たなイニシアチブ「Europe against the death penalty – Join the discussion!」を開始。日本でもシンポジウムや資料展を開催した

EUは、犯罪者に刑罰を科すことの目的は、「本人に自らの過ちを理解させ、自責の念を持たせ、その人物を更生させ、最終的には社会復帰させること」にあると考えている。この点から言えば、死刑では刑罰の究極的目標が果たせない。さらに、死刑存続を擁護する際に用いられる、死刑の持つ犯罪抑止効果についても、欧州では死刑廃止後に重大犯罪が激増したという事実がなく、米国では死刑廃止州より存置州の方が殺人事件の発生率が高いというデータもあり、死刑の犯罪抑止力は証明されていない。また、同様に存続の大きな論拠となる、「命をもって罪を償う」という考え方については、死刑によっても被害者家族の喪失感が薄れることはない上、生命の絶対的尊重という基本ルールを監視する立場にある国家も、そのルールの例外であってはならない、とEUは考える。

加盟国ではどのように死刑を廃止したのか――フランスと英国の例

今日EUに死刑はないといっても、すべての加盟国が、死刑廃止に向けて同じ道のりを、順調に歩んできたわけではない。

例えば、フランスでは、フランス革命が収まった1791年以降、数度にわたって死刑廃止の法案が議会に提出されたものの、いずれも否決された。転機となったのが1981年の大統領選。死刑存置の立場をとった当時現職のヴァレリー・ジスカール・デスタンを、国民議会議員選挙において社会党が過半数の議席を確保できた場合には死刑廃止法案を議会に提出する、と公約したフランソワ・ミッテランが破り大統領に就任。同年6月には国民議会選挙で社会党が圧勝し、ミッテラン大統領は公約通り、死刑廃止に尽力していたロベール・バダンテールを司法大臣に任命し、国民議会に「死刑廃止に関する法律案」を提出させた。法案は可決、10月10日に公布された。死刑廃止法制定時、世論は死刑廃止よりも存置を望む声のほうが優勢であったが、そのような状況の中でフランスが死刑廃止を実現できた背景の一つには、「政治家の強い意志」があったからだと言われている。

英国で最初に死刑廃止法案が出されたのは1948年にさかのぼる。シドニー・シルバーマンという下院議員が提出したが、議会の大きな反発にあい、否決された。ところが、1950年代に、一人の男性が殺人罪で死刑に処された後、真犯人が名乗り出るなど、誤審事件が相次いだことから、国民の間に「誤審の危険性」と「死刑の不可逆性」に対する問題意識が高まり、シルバーマン議員は1956年に再度法案を提出。再び否決されたものの、世論の圧力は高まり、政府としても廃止の検討に追い込まれる事態に発展。1965年には5年間のモラトリアム(死刑執行停止)を定めた法律が成立した。戦時の犯罪を含め、全面的に廃止となる1998年までは、スパイ罪、国家反逆罪、軍内部の犯罪に対して引き続き死刑が規定されていたが、実際には1964年以降は執行されなかった。

フランスと英国の2つの事例に共通するのは、死刑を廃止するには議論に長い時間がかかるということである。

(※1) ^ 欧州評議会
現在、欧州評議会には、EU28加盟国をはじめとする47の欧州諸国が加盟しているほか、日本、カナダ、米国などもオブザーバーとして活動に参加、支援を行っている。

死刑廃止はEUの人権外交の最重要課題

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死刑廃止はEUの人権外交の最重要課題 © European Union, 2014

拷問・その他の残虐で非人間的な取り扱い、宗教や思想を根拠とする少数者に対する憎悪や差別、少女や女性に対する暴力や差別、子どもの強制労働や少年兵への駆り立て――EUは世界中のこれらの人権問題に、積極的にコミットしている。EUが、域内で人権を擁護し促進するのみならず、加盟候補国をはじめとする近隣諸国、さらに世界各国で人権の尊重を求めていくことは、政治的主体として重要な原則である。それは以下のとおり、EUの基本条約にも明記されている。

―「国際舞台での(欧州)連合の行動は、その創設、発展、拡大における理念となり、世界の他の地域での推進をめざす諸原則に則っている。その原則とはすなわち、民主主義、法の支配、人権および基本的自由の普遍性と不可分性、人間の尊厳の尊重、平等と連帯の原則、国連憲章と国際法の原則の遵守である」(EU条約第21条)

そして、死刑廃止はEUの世界における人権外交の最重要課題の一つなのである。

EUは、欧州評議会などとも足並みを揃えて1990年代後半から世界における死刑制度の廃止に向けた活動を本格化させた。1998年には、人権政策の一環として、全世界で死刑制度を廃止するために死刑反対運動を強化することをEU理事会で採択、「死刑に関するガイドライン」を定め、死刑廃止への第一歩としてモラトリアム(執行停止)を導入すること、あるいは、少なくとも死刑の適用を減らすこと、また死刑が執行される場合でも、一定の最低基準(下の表参照)を満たし、透明性のある手続きで行われることなどを死刑存置国に求めていくこととした。さらに、1999年以降、ジュネーブで開催される国連人権委員会のすべての会合で「死刑の廃止」および「当面の執行停止」を呼びかける決議を提案している。

EUの要請する死刑執行の最低基準

・死刑は、極めて重大で計画的な犯罪にのみ適用する

・死刑は、犯行の時点で死刑によって罰せられることが規定されていた犯罪に対してのみ適用し、より軽い刑罰が規定されていた場合には、その刑罰を適用する

・死刑は、犯行の時点で18歳未満の青少年、妊婦、出産後間もない母親、精神障害者には適用しない

・死刑の適用には、明白で説得力のある証拠が必要であり、被告人が法的弁護を受けられる公正な裁判が行われる

・死刑を宣告された者が、異議申し立ておよび減刑を求める権利を持つ

・死刑は、可能な限り最小限の苦痛を伴う方法で執行される

EUはまた、「民主主義と人権のための欧州機関」(2006年に創設)などを通じ、非政府組織(NGO)とも協力した活動も推進している。1994年以来、死刑廃止のためのプロジェクトに対し4,000万ユーロ超を拠出しており、同資金援助により活動が続いていたフィリピンでは、様々な他の要因と相まって政府と世論を動かすに至り、2006年に死刑制度の廃止を実現させている。

死刑制度廃止は今や世界的潮流に

EUが目指す「死刑制度のない世界」。その流れは今、確実に世界のすう勢になってきている。国連総会は2007年、2008年、2010年、2012年に死刑存置国に対して「死刑の廃止を視野に入れて死刑の執行猶予を確立すること」などを求める決議を採択。アムネスティ・インターナショナルによれば、2013年末時点で、世界の196カ国のうち、140カ国が法律上もしくは事実上、死刑を廃止しており、死刑存置国は58カ国あるものの、2013年に実際に死刑が執行された国は日本を含めて22カ国である。日本弁護士連合会によれば、 先進国で構成される経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国の中で、死刑存置国は日本、米国、韓国の3カ国のみ。このうち、韓国と米国の50州中18州は死刑を廃止または執行を停止しているため、死刑を国家として現在も執行しているのはOECDでは日本だけになっている。

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地図は、アムネスティ・インターナショナルの資料統計に基づく(2013年末時点)

このように世界の3分の2の国が死刑制度を廃止している中、EUでは存置しているあらゆる国に対して死刑制度の廃止を求めているが、特に強く求めている国の一つが世界に冠たる民主主義国家である日本だ。EUと日本は自由、民主主義、人権、法の支配という基本的価値を共有しており、これらの価値に基づく外交を世界各地で展開する パートナーでもあるからだ。

EUは、これまで何度も機会を捉え、日本政府に対して「死刑の完全なる法的廃止に至るまでの間、その運用を停止すること」を求めてきた。しかし、2012年3月には1年8カ月ぶりに死刑が執行され、同年に7人、翌年の2013年には8人の刑が執行され、本年はこれまで3件の執行が行われている。EUは、日本で死刑が執行されるたびに遺憾の声明を発表しており、2014年8月29日に2人の死刑囚に対して刑が執行された際にも、「日本国内外において極刑を徹底的に見直すよう求める声があることを考慮に入れ、日本国政府に対し、世界の死刑廃止への潮流に沿い、極刑維持の立場を変えることについての誠実な国民的議論を促すよう求める」と訴えている。

また、国連も日本に対して死刑制度の見直しをこれまで何度か勧告しているが、直近では、本年7月に国連自由規約委員会が日本の人権状況を審査し、死刑制度廃止に向けた取り組みを含む、いくつかの問題について改善勧告を出している。

日本へ―まず議論から、そしてそのための情報開示を

言うまでもなく、死刑制度の存廃を最終的に判断するのは日本国民自身である。しかし、日本ではその判断のための国民的議論が巻き起こらず、そのような議論のための情報開示も十分ではないのではないか。例えば、死刑がどのような形で行われるのか、その手段(日本では絞首刑)や告知の方法(本人には当日の朝まで、家族には執行後まで知らされない)、また死刑囚の独房生活の環境についてなど最低限の情報も、知っている人は決して多くないであろう。EUが日本に求めるのは、①死刑制度に関する議論を本格化すること、②やむを得ず執行する場合は、国際的な最低限の基準(前述)を守ること――である。

2009年に内閣府が実施した死刑制度に関する世論調査では、制度の存続を支持する回答が85.6%に達しており、政府の制度護持方針の根拠となっている。しかし、世論調査は、質問の設定や表現によって結果が変わりうる。EUは、本年末から来年にかけて早稲田大学がロンドン大学と共同で行う審議型世論調査を支援することになっている。有識者による死刑に関するグループディスカッションとプレゼンテーションに参加した前後で参加者にアンケートを実施、その考えがどのように変化するかを確認する。死刑制度についての十分な情報提供のために有効と実証された手法を用いて行う本調査は、本年中に日本政府が死刑制度に関する新たな世論調査を行うとしている中で、興味深いものとなろう。

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死刑廃止議連の亀井静香会長

死刑制度をめぐっては、2012年12月の衆院選以降活動を停止していた超党派の議員連盟「死刑廃止を推進する議員連盟(死刑廃止議連)」が近く活動を再開する。同議連の会長であり、元警察官僚としての経験から、誤認逮捕や冤罪は必ず起きてしまうものと論じる亀井静香衆議院議員は、「直ちに国民の意識を死刑廃止に賛同させるのはなかなか難しい」とした上で、「死刑廃止議員連盟の再構築を図り、死刑制度廃止に向けた前段階として重無期刑の創設と死刑制度の存廃等調査を行う死刑制度調査会の設置および死刑の執行停止を求めた法律案を議員立法で提出する」と活動再開に意欲を燃やす。「EUからも、わが国の死刑制度に対する姿勢を強く批判していただきたい」と国際的な働きかけにも期待を見せた。

人の命を絶つ極めて重大な刑罰であるとともに、刑事司法制度の根幹や人々の死生観にも関わる重要な問題である死刑制度。さまざまな情報を得られれば、国民の間にまた違った考えが出てくる可能性もある。EUでは、機会あるごとに死刑廃止に関する情報や自身の経験などを提供するとともに、日本に対して今後も粘り強く死刑廃止を求めていく方針である。

関連資料

EUは死刑制度のない世界を求めています』(駐日欧州連合代表部発行・2013年10月制作)

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