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横手慎二『スターリン』

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スターリンは主として中庸の人であった。〔中略〕スターリンは過激な見解を本能的にきらった。彼独自の役割は、対立する過激な見解を妥協させると思われる方式を打ち出すことであった。(ドイッチャー『スターリン』下巻p.2)

革命中に中道を歩もうとするものは大抵の場合、足下の大地が割れるのに気づく。スターリンは時に応じて道路の最左端または最右端に、突然ことのほか激しく跳び移らねばならない羽目にしばしば立たされた。われわれは彼がその時々で、右派の批判者よりはるかに右に、または左派の批判者よりはるかに左に、いるのを幾度となく見出すだろう。彼の定期的な急転回は時代の大変動のさなかにあって均衡を保とうとする中庸の人が試みる発作的仕業であった。〔中略〕彼は革命後の社会に現れた、すべての反抗的な思想と主義を抑圧する中庸主義的独裁の権化であった。(前掲書p.2-3)

 スターリンを「身近」と感じるとともに、そこに落ち込まないようにするには何が必要なのか、と本書を読みながら考えた。答は出ていないが。

どっかの新興IT企業みたいじゃね?

 最後に、スターリンの片腕であったガガノヴィッチの証言は、実務家スターリンの「魅力」を伝えており、横手の本はそれを紹介している。

彼は鉄のようで、不屈で、落ち着いていて、私に言わせれば、冷静沈着で、いつも何かに集中している人物であった。彼はあらかじめ考えることなく、言葉を口にすることはけっしてなかった。それが私にとってのスターリンである。(本書p.136-137)

 そして、1922-1925年頃にスターリンが書記長になったころの、様子の描写が興味深い。スターリンの周りに若い組織活動家・スタッフが集まり、入り浸り、熱心に組織活動をしているのである。ガガノヴィッチは「最も楽しく、最も興味深い時期」としている。

ワハハーと笑いあって、彼が何かを語り、我々が語る、お互いに冗談を言い合う、賑やかな集団だった。周りで見ていた者は『なんだ、こいつたちは』と思っただろう。護衛はほとんどいなかった。本当に僅かだった。いても、一人か二人だろう。護衛が少なかったのだ。スターリンも非常に機嫌がよかった。我々は時に宴席に居座ることもあった(本書p.137)

 革命集団から、権力担当機構への切り替えを図る時期であり、その大転換を若いスタッフたちと賑やかにやっているスターリンらが思い描かれる。

 どっかの新興IT企業の職場みたいじゃね?

 横手自身が言っているように、この本でスターリンの犯罪が何ら免罪されるわけではない。しかし、いったん彼を合理性・必然性のうちに扱ってみて、彼がなぜ魅力的存在であったのかということを味わうには、本書は役に立つに違いない。

 また、あまり日本ではなかった手軽なスターリン伝としても役に立つだろう。ぼくは本書と不破哲三『スターリン秘史』を足がかりにして、買ってから20年ほど手がついていなかった500ページもある大部、ドイッチャーの『スターリン 政治的伝記』を夢中で読みとおすことができた。

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