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横手慎二『スターリン』

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むろん、そのような正確さを求められる部署もある。

 スターリンがとりくんだ実務というのは、直面している実際的な問題、組織的な課題に対して、必要な資源を動員してそれを解決してしまうというタイプのものである。

 大衆や社会が大きく動く時に、それをどういうスローガンで方向づけ、その波を大きくしながら自分たちもそれに乗っていくのか、というような分野は、おそらくヘタだったのだろう。十月革命で情勢が大きく、そして瞬時に変動した際には、本書でも「精彩を欠いた」(p.102)と評されるように、右往左往してはっきりした方針を打ち出せないでいた。レーニンが帰国してやっとブレがおさまったという程度である。「振幅の激しい事態となればなるほど、そのなかで占めるスターリンの役割はますます小さくなる」というトロツキーの1917年時のスターリン評価は一面的ではあるけど、文字通り事態の一面を鋭くついている。

 内戦期になって農民からの穀物の徴発が重要課題になってくると、そのような分野でこそスターリンは活き活きと働いた。

以上のような一九一七年の状況と比較すれば、その後の内戦の過程でスターリンが見せた言動ははるかに精彩に富んでいた。それは、スターリンが英雄的役割を果たしたという意味ではなくて、彼が内戦期にしばしば独自の才覚で問題を解決して、周囲の人々に強い印象を与えたという意味である。(本書p.107)

 横手はこのようなスターリンの報告文書をひいて、彼の性格を次のようにまとめている。

それは当面の課題への集中力、強い意志、実務的な判断力などからなるもので、彼がほぼ生涯にわたって保持し続けたものであった。彼の集中力は目的への確信から生じていた。明らかにこのときスターリンは、自分に課せられた任務〔農民からの徴発〕に政権の命運がかかっていることを確信していた。だからこそ、短期間で大量の穀物を首都に送ることができると、何度も請け合ったのである。(本書p.112)

 絶対に必要であるがゆえに正しいその目的のために、度外れた集中力をもってあたるという実務家。こういう人、います。いるいる。

 コミュニストに限らず、会社にもいるよね、こういう敏腕営業みたいな人

演説の凡庸さ、非公開報告の非凡さ

 スターリンやトロツキーの伝記作家として有名な、アイザック・ドイッチャーもスターリンの内戦時の報告文書に注目している。彼は公開の場でのスターリンのアジ演説の凡庸さと、彼が非公開の報告文書でみせる鋭さを対比している。

彼の弱点が一番はっきり現れるのは檀上と新聞紙上である。ここでの彼の言葉は政治家の間でさえ稀な、驚くほどの想像力の乏しさを暴露する。彼の言葉は平板、無味乾燥で、精彩がない。トロツキーによると“眠気を呼ぶ”文である。(ドイッチャー『スターリン』上p.173)

だが、秘密報告から浮かび上がってくる彼の姿は別人の感があった。その文体は明瞭、直截、簡潔、正確であった。ここで語っている人は衆目が彼に強いた束縛から解放された偉大な行政官であった。退屈な反復、奇怪な矛盾、的外れの例えのあとはほとんど見出されない。ここでは危険点の査察官、冷静な調査官が飾り気のない事務的な言葉で調査の結果を報告していた。われわれは彼の働きぶりをほとんど心に画くことができよう。彼は目的地に着くと、すぐ幻影を知らない、冷い目を問題点に投げかける。軍事機構の弱点、指揮系統、党委員会、現地ソヴェトの混乱その他さまざまに彼の目がひかる。まず自分の意見をまとめてモスクワに報告する。ついで彼の周囲の人たちを“かりたて、しかつけ”はじめ、調査を続け、またも現地あるいは上級司令部の欠点、怠慢をみつけ出す。次に、信頼できると感じた人たちで団結の固い小グループをつくり、この人たちを引きたてて他の人を追い払う。なかには軍法会議に回されるものもいる。こうして補給の手はずをきめ、またモスクワに報告する。(同前)

 横手はこのスターリンのキャラクターを「ほぼ生涯にわたって保持し続けたもの」とし、これこそがスターリンであるとするのだが、横手によれば、それは革命運動に参加してからもずっと弱気で、迷い続けた時期があり、ジュガシヴィリがスターリンとしての基本形をつくるのは、1910年前後ということになる。

 昔からスターリンはスターリンなのではなく、歴史的につくられてきた、ということだ。

スターリン的な飛躍の秘密

 迫られる課題への並外れた集中は、きっと課題を解決する弁証法的で、飛躍した思考を必要とするだろう。その限りではスターリンのような実務家は天才的である可能性がある。

 しかし、政治のように、それを理想とつなげ、大義を見失わないようにする演繹力が乏しいと、こういう実務解決は「目的のために手段を選ばず」のような悲惨をもたらすし、あるいは「政治理念を実務の下僕として扱う」傾向を助長する。

 たとえば独ソ不可侵条約というのは、「ソ連の安全保障」という点からは、驚くべき飛躍をふくんだ弁証法である。

だが、こういうやり方は反ファシズムの大義を失わせるし、結果的に1千万人ものソ連国民を犠牲にする戦争となってしまったということもいえる。

 実際には「独ソ不可侵条約」は弁証法ではなくて功利的な変節にすぎなかったわけだが。

 ドイッチャーは、スターリンが不意に見せる「弁証法」=飛躍の秘密を非常にうまく表現している。ドイッチャーによればスターリンは基本的に行政官であり、飛躍のできない中庸をこのむ活動家である。

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