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横手慎二『スターリン』

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 いずれにしても、ロシアのナショナリズムという目をはずしてしまえば、これらのほとんどは肯定できるものではなくなる。「別にソ連がドイツに負けようが知ったことではない。戦争で千万人単位の犠牲者を出すより、大人しく降伏して、そのあと平和的方法で占領体制を変えた方がよかったんじゃね?」「だとすれば、何が何でも独ソ戦勝利する必要はないよね。そうなれば、工業化も集団化も大量餓死も大量弾圧も肯定できなくなるよね」という流れにはなる。そうなれば、スターリンはいくらでも非難できる。

 しかし、さっきも述べたように「じゃあ、ナチズム・ファシズムが勝利してよかったんですか」という反問をつきつけられたときはどうだろうか。うーん、難しいなあ、となるのではないか。

 まあ、本書でここまでつきつめてはいないけども、そういう問いの中にいったん自分をおいてみてスターリンを「評価」する気持ちを味わってほしい――そのように本書は言っているように思われる。

 くり返しになるが、上記のような問いは、学問世界ではそれほど目新しいものではないが、いわゆる「冷戦」の影響が遠のいた今、日本人の多くがこの問いの中でスターリンを考えてほしいと言われることは、「目新しい」のではないか。日本人の多くはこのような角度でスターリンの「合理性」「必然性」を考えたことはないのではなかろうか。

 本書の意義の一つは、そこにある。

権力者になる前のスターリン像が(ぼくにとって)新しい

 もう一つの本書の意義は、革命前・直後(つまり権力者となる前)のスターリン像の変革であろう。

 ただ、

本書は未公刊の史料に基づいて書かれたものではない。(本書iv)

とあるように、みんなの知らない史料を「ジャジャーン!」と出して、見たことも聞いたこともない新しいスターリン像を打ち出すというものではない。せいぜい「マイナー・チェンジ」「バージョン・アップ」程度のものだ。

 公刊されたものではあるが、ソ連崩壊後に公表された新しい、そして膨大な史料を前提に、「大きな木の根が地中に広がるように、どこにどのように伸びているか定かでない個々の歴史家の専門的研究についてできるかぎり目を配り、積み上げられてきた研究成果を取り入れることを目指した」(本書iv)という立場で書かれている。

 いわば、目の覚めるような目新しさはないけども、のっぺりしたスターリン像を最新研究で立体彫刻しますよ、と言っているのである。

 しかし、革命後のスターリン像については、あまりこれが効いていない。

 ぼくが自分自身のもっていたスターリン像を書き換えられたのは、革命前・直後についてである。

 “スターリンは、粗暴で、学問素養が(レーニン、トロツキー、ブハーリンらと比べて)乏しく、実務屋でしかなかった”的なイメージである。トロツキーはよくそういうスターリンの描き方をするし、本書にもそうしたトロツキーのスターリン像は紹介されている。

 また、スターリンが一国社会主義の理論を披歴したとき、学者で古参のボルシェビキであるリャザノフ(マルクス・エンゲルス研究所の初代所長。獄死)は「コーバ〔「スターリン」を名のる前の変名〕、止めろ。バカな真似をするな。理論的なことがお前の持ち場でないことはだれでも知っているぞ」と野次ったという(ドイッチャー『スターリン』上、p.233)。

 いやまあ、それだけじゃないだろうとは思っていたけど、スターリンのキャラクターについてぼくはあんまり深く考えたことはなかったってこと。

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