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- 2014年09月22日 11:26
ソニー創業者・井深大(まさる)の思い出
ソニーの営業が不振で、ついに株式の配当がゼロになり、今朝の日経新聞コラム「春秋」は創業社長だった井深大のエピソードを載せていた。独創性を重んじた初心に返れという激励だった。それに関連して、私の番組「われら10代」への出演依頼で、昭和40年当時の井深社長と会ったときのことを思い出した。
番組のテーマは「失敗」だったから、創業時の苦労を語ってもらえば、若い世代へ「失敗は成功の元」といった話になるのではないかと思った。簡素な社長室の中で少し考えた井深氏は「それなら歩留まりの話にしよう」と応じてくれた。新製品を開発しても、初期には品質が安定しないで不良品の山になる。それを工程の改善で少しずつ歩留まりを上げて行くのが事業成功のカギになる、という話だった。現場を知っている技術者らしい、堅実な考え方をする人という印象だった。
私の古資料を探したら、昭和40年(1965年)1月24日放送の台本が出てきた。30分番組なのに、なんと井深氏のほかにロケットの糸川英夫氏もゲストに呼んでいる。さらにキャンディー・ボーイズという若手の曲芸グループが冒頭に芸を披露し、「芸で失敗しないための稽古」の話をする構成になっていた。これにもちろん10代の若者たちが加わって最後に討論するのだ。構成者は井上ひさしである。われながら、すごい番組を作っていたものだと驚いた。
当時の番組は、ビデオテープがまだ「放送したら消してしまう」貴重品だったから残っていない。本番の雰囲気と、放送後の評判は悪くなかったと思う。糸川英夫氏が、テレビでしゃべれるのが楽しくてたまらないというように終始上機嫌だったのは、よく覚えている。それに対して井深社長の話は本番ではどうだったのか、残念ながら私には記憶が残っていない。ただ台本によると、「机上の失敗を肥料にして事業を発展させる」といった想定問答が書いてあるから、司会の岡部達昭アナは、その方向で話をまとめようとしたに違いない。
この年の夏のボーナスで、私はNHKの局内売店でテープレコーダーを買い、家に持ち帰った。ソニーが世界で最初に発売した家庭用テープレコーダー、TC101型だった。これで、しやべり始めた娘の声の録音ができたし、局内で使っている放送用テープが家でも聞けるようになったから、「みんなのうた」時代に自分が担当した曲をせっせとコピーして、自宅に蓄積することになった。これは娘のためにしたことだったが、「信頼できる放送当時の音源」として、みんなのうた50周年のときに、発掘チームのリクエストに応えてNHKに提供することができた。
私が独立して映像制作の仕事を始めるにしたがって増やしてきた機材は、圧倒的にソニー製品が多かった。局内で使ってなじみがあったこともあるが、業務用・放送用機器の分野では、ソニーの優位はほぼ絶対的だったと思う。その優位が怪しくなったのは、撮影・録音もデジタル化して、編集の仕事がパソコンに移ってきたからだった。それは私が、編集に手を出さなくなった時期と一致する。
ソニーもまた一つの時代の「神話」だったのだろうか。新しい時代にも「新しい神話」はまた出現しつづけるのだろうか。そこにはどんな「個人」がいるのだろう。
番組のテーマは「失敗」だったから、創業時の苦労を語ってもらえば、若い世代へ「失敗は成功の元」といった話になるのではないかと思った。簡素な社長室の中で少し考えた井深氏は「それなら歩留まりの話にしよう」と応じてくれた。新製品を開発しても、初期には品質が安定しないで不良品の山になる。それを工程の改善で少しずつ歩留まりを上げて行くのが事業成功のカギになる、という話だった。現場を知っている技術者らしい、堅実な考え方をする人という印象だった。
私の古資料を探したら、昭和40年(1965年)1月24日放送の台本が出てきた。30分番組なのに、なんと井深氏のほかにロケットの糸川英夫氏もゲストに呼んでいる。さらにキャンディー・ボーイズという若手の曲芸グループが冒頭に芸を披露し、「芸で失敗しないための稽古」の話をする構成になっていた。これにもちろん10代の若者たちが加わって最後に討論するのだ。構成者は井上ひさしである。われながら、すごい番組を作っていたものだと驚いた。
当時の番組は、ビデオテープがまだ「放送したら消してしまう」貴重品だったから残っていない。本番の雰囲気と、放送後の評判は悪くなかったと思う。糸川英夫氏が、テレビでしゃべれるのが楽しくてたまらないというように終始上機嫌だったのは、よく覚えている。それに対して井深社長の話は本番ではどうだったのか、残念ながら私には記憶が残っていない。ただ台本によると、「机上の失敗を肥料にして事業を発展させる」といった想定問答が書いてあるから、司会の岡部達昭アナは、その方向で話をまとめようとしたに違いない。
この年の夏のボーナスで、私はNHKの局内売店でテープレコーダーを買い、家に持ち帰った。ソニーが世界で最初に発売した家庭用テープレコーダー、TC101型だった。これで、しやべり始めた娘の声の録音ができたし、局内で使っている放送用テープが家でも聞けるようになったから、「みんなのうた」時代に自分が担当した曲をせっせとコピーして、自宅に蓄積することになった。これは娘のためにしたことだったが、「信頼できる放送当時の音源」として、みんなのうた50周年のときに、発掘チームのリクエストに応えてNHKに提供することができた。
私が独立して映像制作の仕事を始めるにしたがって増やしてきた機材は、圧倒的にソニー製品が多かった。局内で使ってなじみがあったこともあるが、業務用・放送用機器の分野では、ソニーの優位はほぼ絶対的だったと思う。その優位が怪しくなったのは、撮影・録音もデジタル化して、編集の仕事がパソコンに移ってきたからだった。それは私が、編集に手を出さなくなった時期と一致する。
ソニーもまた一つの時代の「神話」だったのだろうか。新しい時代にも「新しい神話」はまた出現しつづけるのだろうか。そこにはどんな「個人」がいるのだろう。



