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【書評】『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか』

先日テスラモーターズのイーロン・マスクCEOが来日し、メディアでも大きく取り上げられましたが、彼が「ペイパルマフィア」として知られるグループの一人であることをご存じの方も多いでしょう。1998年に立ち上げられたペイパルは、ドットコムバブルを潜り抜けて2002年に150億ドルでイーベイに売却され、創業に関わったメンバーは多くの利益を手にします。それがペイパルマフィアで、彼らは手にした利益を基に、その後様々な道へと進んでいきます。冒頭のイーロン・マスクを初めとして、リンクトインのリード・ホフマン、イェルプのジェレミー・ストップルマン、ユーチューブのチャド・ハーリーやスティーブ・チェン、ジョード・カリムなど、さらなる成功を収めたメンバーも少なくありません。

そんなペイパルマフィアの"ドン"と称されるのがピーター・ティール。ペイパルの共同創業者で、その後ヘッジファンドのクラリアムとベンチャーファンドのファウンダーズ・ファンドを立ち上げた人物です。彼は自ら起業家として活動を続ける一方で、同じペイパルマフィアが立ち上げたリンクトイン、イェルプなどといった企業にも投資を行い、フェイスブック初の外部投資家にもなっています。さらに彼が現在投資しているのは、人工知能や宇宙開発、エネルギーといった注目分野のスタートアップであり、彼の動向が大きな関心を集めるほど。そんな彼がスタンフォード大学で行った、起業に関する授業から生まれたのが、日米で同時に発売される本書 『ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか画像を見る』です。

リンク先を見る ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか画像を見る
ピーター・ティール ブレイク・マスターズ 瀧本 哲史

NHK出版 2014-09-25
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シリコンバレーの大物起業家兼投資家が行った、起業に関する授業から生まれたと聞けば、「イケてるVCがスタートアップの秘訣を語ったハウツー本か」と思われるかもしれません。確かにそういった要素も含まれているのですが、むしろ本書は、これから先進国でビジネスパーソンとして生きていく人々に向け、単なるテクニックを超えた哲学を説く本であるように感じます。なにしろギリシア神話からシェークスピア、マルクスとエンゲルス、ゲーテ、果てはボブ・ディランやトールキンに至るまで引用されているのですから(ついでにプリンスの"1999"まで!)。

文字通り「0から1」の状態へと至ること、すなわち「まったく新しい何かを生み出すこと」に専念する姿勢が、これからの米国(を初めとした先進国の国々、と置き換えられるでしょう)には欠かせないとティールは訴えます。その考え方は、いわゆる「破壊的イノベーション」という表現を否定するほどの徹底ぶり。破壊的ということは、壊す相手が存在していることが前提となっているわけですから、起業家の意識を競争志向へと歪めてしまうというのがその理由です。破壊や競争を避け、新しい市場を創造することこそ、起業家が目指す方向であるとティールは説いています。

そして何より考えさせられるのが、リーン・スタートアップを初めとした、スタートアップに関する最近の「常識」に対する批判でしょう。彼はこうした常識と対比させる形で、まったく逆の原則の方が有効だと訴えます。

×少しずつ段階的に前進する ○小さな違いを追求するより大胆に賭ける
×無駄なく柔軟である ○出来の悪い計画でもないよりまし
×ライバルのものを改良する ○競争の激しい市場では収益が消失する
×販売ではなくプロダクトに集中する ○販売はプロダクトと同じくらい大切

さらにはリーン・スタートアップの中心的概念のひとつであるMVP(Minimum Viable Product)も、「ちっぽけな考え」と批判しているほど。リーン・スタートアップ的な考え方とティールの思想、どちらが正しいのか賛否両論あると思いますが、ただティールは最近の「常識」が、ドットコムバブルの反動として生まれてきたものであると指摘しています。つまり冷静な分析に基づいたものではなく、一時的な状況に、機械的に反応したに過ぎないのではないかというわけですね。何も彼は、最近のトレンドへの逆張りをしたいわけではなく、むしろ「何よりの逆張りは、体勢の意見に反対することではなく、自分の頭で考えることだ」と訴えています。

「空飛ぶ車が欲しかったのに、手にしたのは140文字だ(We wanted flying cars, instead we got 140 characters)」――大胆な目標を置かず、漸進的なアプローチからビジネスでの成功を目指すという姿勢に対するティールの失望は、彼のこんな言葉(ファウンダーズ・ファンドのマニフェストとして掲げられているもの)からも読み取れるでしょう。最終的にシンギュラリティにまで言及される本書には、テクノロジーに対する期待感と楽観主義、そしてまったく新しい価値を生み出すことに大胆にチャレンジしようという態度で溢れています。

リーン・スタートアップのように素早く動くこと、そしてそこからフィードバックを得ることを重視する姿勢と、ティールのように不可能とも思えるほどの目標を掲げ、0から1を生み出すことにこだわる姿勢。どちらをいつ選ぶのかは、ティールの言う通り「自分の頭で考える」として、その振り返りの姿勢こそが改めて見落としていたものに気づかせてくれるのではないでしょうか。少なくとも、ティールの言葉から、大きな刺激を受けることは間違いありません。スタートアップに興味がある人々だけでなく、日本の幅広い層に読まれて欲しい一冊だと感じています。

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