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OKマガジン(Vol.319)2014.9.15

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2.時間軸の違い

黒田総裁の発言に感じる焦りと綻びが当たっているとすれば(当否は黒田総裁自身しか分かりませんが)、アベノミクスに綻びが出始めているということでしょう。

「3本の矢」と称されるアベノミクスを復習します。1本目の矢はデフレ脱却を企図した「異次元の金融緩和」。2本目の矢は需給ギャップ(需要不足)解消を企図した「機動的な財政出動」。3本目の矢は潜在成長率を高め、経済成長を実現する「成長戦略」。

「金融政策」「財政政策」(2つ合わせて「マクロ経済政策」)「成長戦略」という3つの組み合わせで経済政策を行う構造は、どんな政権でも同じ。要はその中身です。

1本目の矢、すなわち「異次元緩和」の目的はデフレ脱却。目的にはもちろん賛成。しかし、「異次元緩和」の内容をより正確に理解するために、今日に至る経緯を認識しておく必要があります。

第1次安倍政権時代(2006年から2007年)に減少させたマネタリーベース(つまり金融引締め)を元に戻す(再び緩和する)ところまでは民主党政権下で断行。その段階で再び政権交代となり、第2次安倍政権が誕生。

民主党政権下では安倍首相・黒田総裁コンビの「異次元緩和」のようなことは行えなかったと思いますので、そのチャレンジと円高是正及び輸出企業の業績改善、株価上昇を実現したことは率直に評価しなければなりません。

しかし、正確に言えば「行なえなかった」というよりも「行わなかったであろう」と推察します。民主党政権下では再び緩和した(マネタリーベースで約150兆円)水準の下で緩やかに進むデフレ脱却と円高是正を選択し、「異次元緩和」によるような急激なインフレと急速な円安は追求しなかったと思います。

理由は、マクロ経済政策は短期的な政策手段であるのに対し、成長戦略は中長期的な政策手段であること。つまり、時間軸の違いです。

政策には必ずメリット(目的に対する効果)とデメリット(副作用)があります。成長戦略によって中長期的に経済成長と所得増(賃金増)を実現する前に、拡張的なマクロ経済政策によって短期的に急激なインフレが生じると、結果的に実質賃金や実質所得が低下するというデメリットが想定され、それが現実のものとなっています。

第2の矢、「財政出動」の目的は需要創出。もちろん目的には賛成ですが、民主党政権下では、厳しい財政事情の下、財政出動(とくに公共事業)による短期的な需要創出よりも、社会保障改革や成長戦略の実現を通した中長期的な需要創出(所得増を通した個人消費増加)を指向していたと言えるでしょう。

これも時間軸の違いであると同時に、正社員化や社会保障改革(とくに出産・育児保育・教育支援)で実質所得を高める政策を強く指向していたと言えます。

さらに、財政健全化を相対的により強く意識していたのも事実でしょう。厳しい財政状況下、財政出動に短期的な効果を期待することは、財政規律の低下、日本の財政健全化に対する市場の懸念を呼ぶというデメリットを意識していました。

今はそれが現実のものになりつつあり、今回の黒田総裁の焦りと綻びを感じさせる発言につながっています。

第3の矢、「成長戦略」の目的は潜在成長率の向上、経済成長の実現。これもまた目的には当然賛成ですが、問題はその中身。

とりわけ、「成長戦略」の一環として労働法制や労働者保護ルールの見直しに執着していることは理解に苦しみます。

3.賃金を上げるために賃金を下げる

新しく厚労大臣に就任した塩崎氏。社会保障に対する考え方は異なりますが、日銀の先輩ですので、国民のため、日本のために頑張っていただきたいと思います。

その塩崎大臣、新閣僚として新聞各紙の取材を受けていますが、6日の中日新聞のインタビュー記事の見出しは「賃金増へ生産性高める」。

安倍政権は、日本経済の成長率を高めるためには労働生産性向上が必要という考え方。したがって、上記の見出しも正確には「賃金増へ『労働』生産性高める」。

そこで、低賃金の非正規雇用を増やすこと、正規雇用の賃金を抑制すること(ホワイトカラーエグゼンプション等)、人員整理を容易にすること(解雇の金銭解決制度等)等々の傾向を有する労働法制や労働者保護ルールの見直し(僕の立場から言えば「改悪」)を目指し、法改正案や新ルールを打ち出しています。

政策に対しては是々非々で応じていきたいと思いますが、労働政策に関するこうした考え方には残念ながら「非」と言わざるを得ません。そもそも、生産性に対する理解に差があります。

生産性は、教科書的に言えば「生産活動に対する生産要素(労働・資本等)の寄与度」。つまり、労働や資本等がどの程度効率的に経済活動に貢献しているかということです。

労働生産性と資本生産性がその代表的な指標ですが、生産性の概念を本質から考えると、論点が見えてきます。

生産性はアウトプット(産出要素)とインプット(投入要素)の割り算で計算されます。分子がアウトプット、分母がインプットです。

アウトプットは、企業であれば生産高や売上げ、収益。国全体の生産性を考えるならばGDPです。

一方、インプットは労働力、資本(資金)、設備、原材料など。経営手腕(戦略や判断)や国の政策(予算、法律、施策等)も言わばインプットであり、その巧拙は軽視できません。

さて、「賃金増へ『労働』生産性高める」という発想は、様々な投入要素の中で、労働のみに焦点を当てた考え方です。

日本の労働生産性はそんなに低いのでしょうか。他の投入要素の生産性は高いのでしょうか。経営の巧拙や政策の構造問題が障害になっていないでしょうか。

労働生産性以外の要因によって分子(アウトプット)が少なくなり、その結果として、計算上、労働生産性が低くなっているということはないでしょうか。

賃金を引き下げて労働生産性を上げて売上げや収益を増加させ、その結果として賃金を上げるという考え方。要点だけを整理すると「賃金を上げるために賃金を下げる」という矛盾した主張をしています。

日本は資金の収益性が低くないか、土地が高すぎないか、そもそも経営手腕が拙くないか、様々な規制や制度が生産性を阻害していないか。こうした点にも着目しないと、低い労働コストだけで勝負する経済をつくることになります。これでは発展途上国です。

そこで重要なのが全要素生産性(TFP<Total Factor Productivity>)。労働、資本を含め、全投入要素の総体的な生産性です。この指標で考える方が合理的でしょう。

TFPは技術革新(イノベーション)等によって際だって上昇します。「賃金を上げるために賃金を下げる」経営や政策を行って、イノベーションが促進されるでしょうか。

自由な教育が生み出す創造的な人材、創造的なアイデアを生み出す環境と時間、そのアイデアを具体的な製品やサービスにつなげる企画開発力。こうしたものこそが生産性向上の鍵であり、本質です。

現在、世界で最も創造的な企業であるグーグル(Google)社では、経営者は、社員がいかにリラックスして自由に働ける環境をつくるかということに腐心しているそうです。

一方、「賃金を上げるために賃金を下げる」という倒錯・矛盾した政府の成長戦略に便乗する経営者。矛盾した政策や経営は中長期的には失敗するでしょう。

どちらを目標とすべきかは明々白々。これから起業を目指す若者には、是非前者のような経営者を目指してもらいたいと思います。

労働生産性、資本生産性、全要素生産性と並んで、もうひとつよく使われるのは国民経済生産性。国の経済全体の生産性を示す指標であり、GDP(アウトプット)を就業者総数(インプット)で除したものです。

分母を予算に置き換えて検証してみたいと思います。日本の予算の経済生産性は果たして高いのか、低いのか。検証のうえ、いずれメルマガでレポートします。

(了)

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