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社長謝罪、朝日新聞はどうして産経新聞に敗れたのか デジタルからの考察

朝日落城


朝日新聞が落城した。木村伊量(ただかず)社長は11日、記者会見を開き、東京電力福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会が作成した「吉田調書」に関する記事を取り消し、読者と東京電力の関係者に謝罪した。

従軍慰安婦の検証記事で、韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏(故人)の証言を虚偽と判断して記事を取り消したことについて、木村社長は「訂正が遅きに失したことについてお詫びいたします」と述べた。

杉浦信之取締役編集担当の職を解き、自らも改革と再生に道筋をつけたあと進退を決断するという。

朝日新聞は5月20日付で「福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」と報じたが、社内調査の結果、「命令違反で撤退」という記述には裏付けがないと判断した。

従軍慰安婦報道については、朝日新聞の第三者機関「報道と人権委員会」(PRC)とは別に社外の弁護士や歴史学者、ジャーナリストらに依頼して第三者委員会を新たに立ち上げ、過去の記事作成や訂正の経緯、朝日新聞の報道が日韓関係などに与えた影響を徹底的に検証するという。

まさに解体的出直しだ。編集方針の転換とデジタル改革を急ピッチで進めてきた木村社長は世間の反応と時代の変化を読み誤り、完全に自滅してしまった。「進退を決断する」と表明したあと、社内改革を完遂する求心力が果たして残っているのかどうか。

朝日デジタル路線の蹉跌


朝日新聞は何に敗れたのか。デジタル・ジャーナリズムの観点から考察してみたい。

木村社長は、新聞のデジタル化の先陣を切ってきた英紙ガーディアンがあるロンドンで欧州総局長を務めた経歴を持つ。その後、朝日新聞のデジタル改革のグランドデザインを描いたとされる。

朝日新聞の関係者によると、社長になってからもデジタル改革を促進、在京新聞社の社長の会合でその重要性を説き、他社から「このまま紙の新聞を売り続ければ、新聞社はあと10年は安泰だ。余計なことをするな」と反発を食らったそうだ。

なぜ、木村社長のデジタル改革に関心があるかというと、2007年初め、筆者は産経新聞でデジタル改革のプロジェクトマネージャーを務めた。総勢13人の若手社員とグランドデザインを設計したとき、朝日新聞のデジタル改革に関する木村社長の論文を読んで「勝った」と確信した。

筆者はガーディアン紙の「アンリミテッド(無制限)」という考え方を取り入れ、新聞社と読者の間に垣根をつくらず、ニュースを解放するシステムを設計した。

これに対して、木村社長は「朝日新聞の質の高い報道を維持するためには良質な社員を確保する必要がある。だから、ニュースは無料で提供するべきではない」という考え方にとらわれていた。朝日新聞は「ペイ・ウォール(課金の壁)」を築こうとしていた。

当たり前のことだが、情報をマネタイズしようとした場合、囲い込んで、特定の読者に買ってもらう必要がある。価値のある情報を高く売りつけようと思ったら、読者をより限定して配布しなければならない。

2010年にノーベル化学賞を受賞した鈴木章・北海道大学名誉教授は触媒を用いて有機ハロゲン化合物と有機ホウ素化合物を結び付けるカップリングを発見したが、その技術の特許を取得しなかった。

特許を取得していれば大金持ちになれたが、鈴木さんは世紀の発見を無料でみんなと共有することで社会の効率性に貢献する道を選んだからだ。

ニュースを囲い込むことはできない


共有地を囲い込んで所有者を明確にして排他的に利用する英国の「囲い込み運動」の歴史を思い起こしてほしい。情報は囲い込まなければ、カネにはならない。インターネットがない時代、新聞社やラジオ局、テレビ局は紙の流通や電波という媒体を独占することで巨額の利益をあげてきた。

インターネットの普及で情報を囲い込むのは難しくなり、ニュースは一瞬のうちに世界中を駆け巡る。産経はニュースを解放する道を選び、朝日はニュースを囲い込む道を選んだ。この過ちが、朝日新聞とネットの間に埋めようのない溝を作った。

朝日新聞の朝刊発行部数は約760万部。しかし、ネット上の読者は発行部数をはるかに上回る。ノンフィクション作家、門田隆将さんはブログを通じて、「吉田調書」の意図的とも言える誤報を告発した。ブログはBLOGOSに転載され、一気に広がった。

インターネットは既存メディアを上回る「第5の権力」になった。朝日新聞も約760万の購読者だけを相手にしているわけにはいかなくなった。ペイ・ウォールを築き上げてもニュースの流れを堰き止めることはできない。

影の薄い朝日新聞の編集担当


木村社長の名前は知っていても、謝罪会見で横に並んだ杉浦編集担当を知らなかった人は多かったのではないか。戦後、日本の新聞社で「名物編集局長」として名をとどろかせた人がどれぐらいいるのだろうか。

英国では、ガーディアン紙のラスブリッジャー編集長の名前は知っていても、社長の名前は知らない人がほとんどだ。ガーディアン紙と言えば、ラスブリッジャーなのだ。

同紙は1821年に地方紙マンチェスター・ガーディアンとして創刊された。「ガーディアン紙の財政と独立性の安定を永遠に保てるように」とスコット・トラスト(信託財団)が設立され、1959年に題号をガーディアン紙に変更した。

名門ケンブリッジ大学で教育を受けたラスブリッジャーがガーディアン紙の編集長になったのは95年、42歳のときだった。前年、米シリコンバレーを訪れたラスブリッジャーは「インターネットは未来だ」と確信する。

いずれ紙の新聞は部数減に直面する。デーリー・テレグラフ紙、タイムズ紙、フィナンシャル・タイムズ紙…。ひしめく高級紙の中で、ガーディアン紙が生き残るのは難しい。

ラスブリッジャーは「ガーディアン・アンリミテッド」と銘打ち、フリーのニュースサイトをスタートさせる。労働党支持を打ち出すガーディアン紙伝統の左派色を薄め、「報道」と「論説」の間に一線を引く。

ガーディアン紙は「ペイ・ウォール」を築かず、とにかくオンライン読者を増やした。2001年の米中枢同時テロを境にユーザーはどんどん増え、米紙ニューヨーク・タイムズ、英大衆紙デーリー・メールに匹敵するニュースサイトになった。

ラスブリッジャーになれなかった木村社長


木村社長は朝日新聞のラスブリッジャーにはなれなかった。

ラスブリッジャーの存在がなければ、ガーディアン紙が告発サイト「ウィキリークス」の米軍機密文書、米外交公電、米国家安全保障局(NSA)による市民監視を暴いたスノーデン・ファイルを相次いでスクープすることはなかった。

ラスブリッジャーの外見は優しく見える。しかし、どんな権力にも屈しない鉄の意思と先見の明、決断力を兼ね備えている。「曇りなき真実の剣」を持つエディターだ。

これに対して、朝日新聞が振りかざした「剣」には一定の方向性という曇りがあった。反原発報道にせよ、従軍慰安婦報道にせよ、最初に結論ありきでストーリーを作り上げてしまった。

欧州でエネルギー事情を取材した経験から言うとエネルギーがない島国の日本は原子力を含めたベストミックスを目指すしか道がない。石油や天然ガスの輸入だけに頼っていると経常赤字が膨らみ続け、いずれ輸入インフレに火がつく。

日本経済がおかしくなると金融バブル崩壊後のように自殺件数が跳ね上がる。こうしたシナリオを回避するには、手続きや組織の透明性を確保して原発の安全性を高め、国民に原発再稼働を受け入れてもらうしかないというのが筆者の意見だ。

従軍慰安婦の場合、日本をひたすら糾弾して追い込むのではなく、近隣諸国との関係改善という視点があれば、報道の仕方も変わっていたはずだ。

「吉田調書」が木村社長が陣頭指揮をとる未来メディアプロジェクトのデジタル紙面で公開されたのは皮肉だった。お手本は米紙ニューヨーク・タイムズが制作に総力をあげたデジタル紙面の「スノーフォール」である。

NYタイムズのインタラクティブなスポーツ動画を見ると、このレベルのデジタル改革に対応できるのは日本のメディアでは朝日新聞と日経新聞、NHKぐらいだろうと筆者は思う。

朝日新聞の未来メディアプロジェクトはコンセプト、人材、資金面でデジタル時代に対応できない既存メディアを淘汰していく強烈なインパクトを秘めていた。

しかし、朝日新聞の戦略はエリーティズムに基づく新たな朝日ブランドの確立であり、ネットを通じて読者とつながっていき、社会を向上させていくというデジタル・ジャーナリズムの本質を見落としているように筆者には思えてならない。

ジャーナリズムは朝日新聞の考え方を一方的に押し付けるためや朝日ブランドを高めるためにあるのではなく、国民一人ひとりの幸せを実現するためにある。レッテルをはるのではなく、レッテルを剥がすのがジャーナリズムの役目である。

偏見と先入観という曇ったガラスを破壊するのが解体的出直しの第1歩になるだろう。

(おわり)

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