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過去に知り得た情報を退社後に「暴露」する元メディア人に欠けるもの

ネットニュース編集者でありPRプランナーの中川淳一郎さんのブログは、いつもパンチがあって強烈に面白い。だが、「お上品さ」という意味で多くの方々に紹介するのはついついためらってしまうのが正直なところである。しかし、このブログの記事は「お上品さ」以上に優先すべきだと思った。ここに紹介させていただく。

コメント承認制 絶賛キャーキャーコメント殺到中の長谷川豊さんブログ、縦読みなら検閲すり抜けるぞ

縦読みで「バカ丸出し豊」

中川さんならではの、実に「愛のある批評」である。コメントを「承認制」にしているブログの筆者が、自分にとって都合が良いコメントだけを事前に「検閲」していることを見破って見事に皮肉っている。

ところで、この前日の中川さんのブログの中に、こちらは少し硬派な切り口(そうでもないでしょうか・・・!?)で、同じく「クソ助言」(中川氏いわく)を行っている。

ワシは取材していた--アピールが痛い:

堀潤さんもそうなのですが、アナウンサー出身者はやたらと「オレは取材をしていた」ということを売りにしますが、多分それは「痛い行為」だと思われます。「お前、今取材しているの?」という一言で瓦解します。

出典:僕と花子のルンルン生活だヨ!

今回、こちらの点について意見を書かせて頂く。

これはメディア人・マスコミ人全般が陥りやすい話だ。そして、最も気を付けなければいけないことでもある。ついつい「自分が偉くなった」という特権意識を持ってしまう。一般の人が入れない事件現場、一般の人が入れない記者クラブ、一般の人では会うことができない著名な人や政治家などにも、メディア企業の看板(名刺)を使えば、簡単に会ってインタビューすることができる。

多かれ少なかれ、誰もが「勘違い」をしがちになる。「相手が自分に会ってくれた。」「相手は自分に話してくれた」と自分自身の力を過信しがちになるのだ。

私にも状況はかなり違うが似たような経験があった。学生時代に1年間だけ国会議員の秘書(書生)のようなことをさせてもらった。永田町の議員会館で有給で働いていたことがある。議員の乗る公用車で、書類を届けたり、陳情客を役所に道案内したり。学生とはいえ仕事だったので国会議事堂や官庁などを公用車で出入りしていた。すると各持ち場の守衛さんが深々とお辞儀をしてくれる。ついつい自分が偉くなった気がしてしまうのだ。ある日、お辞儀を返さなかったことがあった。たまたま同乗していた議員が烈火のごとく私に怒った。「君にでも、私にでもなく、車(公用車)に頭を下げているんだ!勘違いするな。窓をあけてすぐにお辞儀を返せ!」と怒られた。

今思うと、とても真っ当な議員だった。正しい考えだ。人はついつい置かれた環境次第で、「自分」が偉いと思い込んでしまう。それをすでに見ぬかれていたのだ。

話を「報道」に戻す。

「自分が取材した」と思う場合、相手は実際は「自分」ではなく、自分が「所属する会社」「所属するメディア」のために時間を割いている。取材相手は時に「メディア」を「値踏み」する。「取材者」は誰でも構わないという場合は数多くある。(もちろん、「この人だから取材を受ける」という場合も多くあるが。)

長年フリーランスで活躍しているジャーナリストやコラムニストで、よほど独自のルートの人脈や、相手との信頼感を築いている人は別であるが、所詮は目の前の「あなた」ではなく「会社(メディア)」に対して取材対象者は時間を割く。時に物腰柔らかく話をする。そして時に世辞の一つも言う。

だからこそ、自分が勤めていた企業を退職したり、部署の他の業務に回った場合には、十分に気を付けねばならない。そこには「モラル」が欠かせない。それは自分が「取材上で知り得た情報」「勤務していた企業の内部情報」を、むやみに後から外部に漏らしてはいけないというジャーナリスト/メディア人として最低限のモラルだ。

もちろん「開示」することに「社会的意義」があることであれば、その「社会的意義」を優先するべきこともあるだろう。特に犯罪や不正に関わるような場合などだ。何事にも「絶対」はない。しかし、その場合であっても相手への十分な配慮が必要である。

十分すぎるくらい「謙虚」でなければいけない。

仮に自分が社章や腕章を付け会社(あるいは媒体)の代表として、警察なり国会議員なり、タレントなりに取材をしたとする。その取材の前後で「ウラ話」もしたとする。取材の相手は目の前の「この人」ではなく、その先にいる「国民」や「有権者」や「ファン」を相手に語っている。同時に、取材者が誰であろうと、この者の身に付ける「社章」「腕章」「名刺」の持つ信頼や威力に対して時間と情報を与えている。

これを勘違いする者は実にイタい。

もちろん「この者」が部署を異動したり、退社した後も取材対象者との間に人間関係が継続する場合もあるだろう。その場合にも、その取材時に知り得た情報、その時点では公開しなかった情報を、後からまるで「この者」が全て個人のチカラで取材したかのように「暴露」したりすることなどは、もっての他である。

その程度のモラルの取材者であれば、いずれは同じような状況で同じような振る舞いを繰り返す。今は「仲間」として共に働いていても、ある日、手のひらを返して「ウラ話」を暴露されるかもしれない。こうした姿勢は取材者/メディア人である自らのクビを締める。

同様に、多くの取材を行い、取材上のモラルとして取材後の守秘義務を持つ、ごく普通の誠実なジャーナリストたちにとっても実に迷惑千万な話である。

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