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<担当放送作家として語る>『みのもんたの朝ズバッ!』はこうして誕生し、こうして解体した②[全6回]

『はなまるマーケット』は成功への道を着々と歩んでいたが、前時間の番組は視聴率が上がらない。

私は、『おはようクジラ』の失敗の責任を取る形で降板したが、その後も、とよた真帆やリサ・ステッグマイヤー、木村郁美アナが担当した『エクスプレス』は、あからさまな女性層狙いで「討ち死に」し、局員でありながら安住紳一郎アナを口説き落とせずに背水の陣で臨んだ、露木茂、久保田智子アナコンビの『おはよう!グッデイ』も、苦戦。

この頃私は、再び番組に関わるようになっていたが、ネット局の幾つかが番組の後半部分を、独自編成番組に差し替えるという屈辱を味わった。

そして、始まったのが『ウォッチ!』である。司会は、土井敏之アナと城戸真亜子。『おはようクジラ』までは、ニュース重視であったが、それ以後は「女性層を狙うならもっとナンパな企画や、占い、芸能である」という、プロデューサーの信念はゆるがず、雑多なコーナーを段積みする構成で臨んでいたが、視聴率はピクリとも反応しない。

私は、これに対し「主婦はニュースなど関心がない」というのは間違いではないのか、と思うようになっていた。

『ウォッチ!』が始まって半年、プロデューサーが交代した。新しく、やってきたのは「あの男」だった。私は「この男」を捕まえて、まくしたてた。

「ニュースだ。ニュース。発生物のニュースをやろう」

「主婦がニュースを見ないなんて、それは主婦を馬鹿にした考えだ」

「ニュースをやれば視聴率は取れる」

まくしたてる必要はあまりなかった。「その男」も同じ考えだった。わずか、1ヶ月ほどでキャストの体制をたてなおさねばならない。既知のラサール石井が出演を快諾してくれた。売れっ子だった小林麻耶アナもつかまった。これまでメインを務めていた土井アナは、面白くはないだろうが、プレゼンターに回ってもらいラサール石井を、メインに据える。「やってきた男」との話は気持ち良いくらい、とんとん進んだ。

男は「できない」とは言わない性質の持ち主なのであった。一方で視聴率一直線、出演者の交代も泣いて馬謖を斬るのだという顔をして、無慈悲に行える厚顔さを持っていた。

私が、この男・Yプロデューサーと知り合ったのは1993年10月からTBSで毎週水曜日の夜、放送した『スペースJ』でのことである。気取ったお洒落をするいけ好かない男、というのが第一印象だった。人を見た目で判断してはいけない事の典型例であった。

『スペースJ』も最初は、視聴率狙いの余計な企画を、ただ、段積みにした構成で、これでは視聴率は上がらない。そう、進言しようと思っていたころに、男といっしょに若いディレクターがつくった癌患者の闘病を追った特集VTRをプレビューすることになった。見ていると、患者のインタビューのシーンに日記や、写真などのインサートが挟み込まれている。男と私は同時に叫んでいた。

「だめ、だめ!」

男と私の意見は同じだった。

インタビューにインサート映像を挟むとは何事だ。インタビューというのはその目や表情に本音が出るのに、それをインサート映像で隠すとは何も考えていないと同じことじゃないか。インタビューを編集できるかどうかで編集の力量がわかるんだ。

男はさらに付け加えた「“interview”という英語を考えてみろ。interは、「中を」viewは、「見る」つまり人の内面を見るのがインタビューだ」なるほど、うまいことを言うと僕は思ったが、少し考えたらinterは「中」ではなく「互いに」という意味だ。だから面接のことも“interview”という。細かいことはおいて、私はこの男とテレビ論については意見が一致するのではないか、と思った。

少し横道に入りすぎた。

『スペースJ』は、NHKから引き抜いた、福島敦子を、司会に迎えていたが、今ひとつ知識量が少ない。重石がなく浮ついた感じだ。そこで、男がTBSのベテラン山本文郎アナをキャスティングして並び司会とした。初登板の日、キャスター席に座った山本アナは、本番前のカメリハで、スタッフにこう挨拶をした。

「私の役目は、スタッフがつくった番組を、出来るだけたくさんの人にみてもらえるように伝えることです。指示通りにやりますので、どんどん指示を出して下さい」

このひとことは、スタッフの士気を鼓舞した。

そして、男は番組を「発生ニュース重点主義」に変えた。阪神・淡路大震災では、この天災一本で90分を埋める。番組は1994年の松本サリン事件以前からオウム真理教のロシア進出を取材していた。松本サリン事件発生後、事件とオウム真理教との関係や河野義行さんが無実である可能性をいち早く指摘した。

1995年3月に起きた地下鉄サリン事件以降は、オウム真理教に対する追及ルポを徹底的に展開。記者やディレクターを大量に投入し、捜査機関をも凌駕する圧倒的な調査能力と取材力で、スクープを連発した。

一時は視聴率が30%を超え、すべての番組のランキングで週間チャンピオンとなった。定時報道番組としては異例である。男は社報に勝利宣言の文章を寄せた。そのタイトルは「ゴールデン・ジャーナリズム」CM料の高いゴールデン帯でのジャーナリズムはどうあるべきかが書いてあった。その回答は、文章の中身を皆忘れてしまったので、今書くことはできない。「ゴールデン・ジャーナリズム」は、男の造語である。こういうアジ文句を考えるのが男は得意だったが、そこが私は今ひとつ好きになれなかった。同族憎悪、自分と同じ臭いがするからであろう。『スペースJ』自体はTBSのオウムビデオ問題での整理対象となり番組は終わった。

その男が、局の上層部の命を帯びて、視聴率低迷が続くTBSの朝番組『ウォッチ!』の新プロデューサーに就任したのである。私の男への訴えは続いた。「決められないプロデューサーを、ヘッドにするスタッフほど不幸なものはいない。」「なんでもいい、決断してくれ」

男の決断は『スペースJ』と同じ、重点報道主義だった。関心のあるテーマをできれば1つで、もたなければ2つで、深く深く掘り下げる。男が標榜したのは「最大関心事」である。コーナーとして「日刊 最大関心事」が誕生し、きょう一日で、最も関心があるニュースを、新聞の1面を模したな大ボードで、紹介する。

ラサール石井は新聞コーナーを担当したが、記事は自分で選ぶと言って、毎朝3時半にやってきて赤鉛筆を持った。こういう仕事ぶりには頭が下がる。視聴率は徐々に上がり6%も珍しくなくなった。スタッフの番組への愛も、結束力も高まっていった。

男は、私達スタッフに、視聴率アップへ向けたロードマップを示していた。「1段ロケットは発射できたようだ。僕は2段ロケットを発射するために動く」2段ロケットとは具体的には何を指すのか。スタッフはいぶかしがっていたが、男は私に打ち明けていた。「大物タレントを司会に起用する」関口宏でも、そう、みのもんたでも。

そうして男はまず、関口宏に交渉して玉砕した。みのもんたは当時、日本テレビの昼ベルト番組『午後は○○おもいッきりテレビ』の司会だった。他局の昼ベルトをやりながら、TBSの朝ベルト番組をやる。時間的には可能だが、そんなことは常識では考えられない。

でも、男は時々常識を逸脱して動く人間であった。水面下でみのもんたに交渉していたのだ。

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