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特集:再考・GDPと景気と消費税

景気の先行きに陰りが差し始めています。4月の消費増税以後の個人消費は、思った以上に戻りが早かったように見えたのですが、ここへ来て久しぶりの物価上昇が実質所得を減らしている様子が窺えます。企業部門もやや元気がなく、待望の輸出は7月分統計でようやく「復活の兆し」が見えてきたところです。

特に注目されるのは、8月13日に公表された4-6月期GDPの1次速報です。市場コンセンサスとほぼ同水準だったとはいえ、年率▲6.8%という結果は「ドキッ」とさせられました。さて、GDP統計の意味するところは何か。景気の現状をどう読むべきか。さらに年末に予定されている消費再増税判断はどうあるべきか。いろいろ考えてみました。

●GDPと月例報告で悩ましい8月

8月中旪に発表される「4-6月期GDP速報値」は、エコノミストにとって鬼門である。しばしば予想を大きく裏切るからである。その意味で今年の年率▲6.8%は、市場コンセンサスの▲7.1%とほぼ同じであり、概ね予想通りであった。悪い結果が出たけれども、それは「想定の範囲内」だったということになる。

それでも、内閣府が判断に困っている様子もなんとなく見てとれる。それというのも、今月の月例経済報告の発表予定日が8月26日と遅めになっているからである。

次ページに、直近5年分の「QE」(Quick Estimation:実質GDP一次速報値の発表日)と当月の月例経済報告が、それぞれ何日に行われたかを一覧表にしてみた。QEは毎年8月中旪に発表されるが、官庁エコノミストも人の子なので「お盆休み」を意識する。そのために、2つの日程は年によって接近したり離れたりするようになっている。

○内閣府「8月の逡巡」の軌跡
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2013年は、アベノミクス発足直後の分かりやすい景気回復局面だったので、GDPは改善がほぼ見えており、景況判断もあまり悩む必要はなかった。

ところが2012年はややこしいことになった。QEはまあまあの結果が出て、お盆にはのんびり休みを取れたものの、8月22日に出た貿易統計が悪くて、月例報告の基調判断をどうするかが悩ましくなった。その結果、「当初は8月24日の予定だった報告が、28日に延期される」というめずらしいことが起きている。このときは、5月から3か月連続で据え置かれていた基調判断が、8月になって下方修正されることになった。

2010年と11年は、月例報告を早めに済ませてしまうことで夏休み問題をクリアしている。これではQEの結果が基調判断に反映されないので、まるで官庁側が仕事をサボタージュしているように見える。しかし2010年は参院選で大敗した後の民主党代表選、2011年は菅直人首相の退陣攻防戦と、「民主党政権下の夏は政局の季節」であったことを考えると、むしろ政治の側に原因があったと考えるべきだろう。

さて過去のパターンから行くと、2014年は「悩ましい2012年型」ということになる。内閣府としては、非常に苦しい立場なのではないだろうか。なにしろ先月、基調判断を3か月ぶりに上方修正したばかりである。これを8月に再び下げるとなると、判断を誤っていたことを認めるような形になってしまう。

○月例経済報告「基調判断」の系譜
1月:景気は緩やかに回復している(↑)
2月:景気は緩やかに回復している(→)
3月:景気は緩やかに回復している。また消費税率引き上げに伴う駆け込み需要が強まっている(→)
4月:景気は、緩やかな回復基調が続いているが、消費税率引き上げに伴うかけ込み需要の反動により、このところ弱い動きもみられる(↓)
5月:景気は、緩やかな回復基調が続いているが、消費税率引き上げに伴うかけ込み需要の反動により、このところ弱い動きもみられる(→)
6月:景気は、緩やかな回復基調が続いているが、消費税率引き上げに伴うかけ込み需要の反動により、このところ弱い動きもみられる(→)
7月:景気は、緩やかな回復基調が続いており、消費税率引き上げに伴うかけ込み需要の反動も和らぎつつある(↑)
8月:???


●GDPは「前期比マジック」にご用心

とはいうものの、▲6.8%という数値に慌てふためくのは考えものである。GDPとは、一国の経済の1年分の付加価値を価格で示したものであるが、使われるときは「前期比」のパーセンテージであることがほとんどである。これを下記のように実額ベースにしてみると、少し雰囲気が変わって感じられるだろう。

今年1-3月期の実質GDPは、年率換算で6.1%の高成長であった。それが4-6月期ではマイナス6.8%と下落した。つまり「行って来い」になった。その主原因が消費税増税に伴う駆け込み需要と、その反動減にあることは火を見るよりも明らかだろう。

○実額ベースで見たGDP
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ここでこんな思考実験をしてみよう。日本経済がゼロ%成長で、GDPが実額ベースで100億円だと仮定しよう。この場合、変化率は以下のように推移する。

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次に第3四半期から消費増税が行われて、需要が20億円分、前期にずれ込んだと仮定しよう。第3四半期はGDPが80億円に減るが、第4四半期には元通り100億円に戻ると考える。この場合、実額ベースのGDPは下記のようになる。

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この場合、第3四半期の▲33.3%を見てつい慌ててしまうけれども、それは第2四半期という「山」から「谷」を見るために生じる錯覚である。第4四半期はまたプラスで元に戻る。つまり需要の先食いをやってしまうと、変化率はプラスよりもマイナスが大きく見えてしまうのだ。

普通、GDPは前期比で表す。だからこそ、上記のような「ドッキリ効果」が起きてしまう。同じことを前年比で表すならば、「ゼロ%、+20%、▲20%、ゼロ%」という表示になり、あまりドラマチックには見えないことになる。

ちなみに日本経済の実質GDPを、前期比と前年比で比較すると下記のようになる。GDPを「景気のスピードメーター」として使うのなら前期比が良いが、「景気のトレンドを確認する」目的であれば前年比の方が良いかもしれない。中国がGDPを前年比で発表していることはつとに有名だが、計画経済を旨とする国においてはたぶんその方が合理的なのであろう。逆に先進国の市場経済を読み解くためには、前期比の変化を見ることが重視されるわけである。

○実質GDPの前期比と前年比
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●GDPというクセモノをどう使うか

「前期比マジック」は、小学生でも理解できる「統計の罠」の一種といえよう。が、GDPはよく使われることもあって、とにかくこの手の誤解が多いのである。

以下は、以前にも本誌で取り上げたことがあるGDPに関する初歩の知識である。しかるに、説明するたびにエッと驚かれることがまことに多いのである1

1 2010年8月20日号「GDPから考える日本経済」

1. GDP は他のいくつもの経済統計を使って作成する推計値であるから、「これが正しい」という絶対的な数値ではない。0.1%くらいの差は当然、誤差の範囲内である。また、推計手法も時代につれて進化している。

2. 内閣府は、新しい経済データが発表されるたびに、速報値、改定値、確定値と何度も推計を変更し、そのたびにGDP は大きく変化する。プラス成長だったはずの年が、数年後にはマイナス成長に変更されていた、ということもめずらしくはない。

3. 推計に時間がかかるために、最初の速報値が出るのは当該期間から2か月半も後になる。ちなみに他国と比較すると、日本は発表が遅い方である。そして確定値は、皆がすっかりその存在を忘れた頃にひっそりと公表される。

4. GDP はよく国際比較に使われるが、この作業も非常に難しい。普通は米ドル換算で行うけれども、為替レートが動けばGDPも変化することになる。購買力平価(PPP)による比較もあるが、これまた実感しにくいところがある。

5. GDP は常に市場価格を参照して計算されるので、例えば専業主婦の家事労働などは経済活動としてカウントされない。ゆえに家族が外食するようになれば、GDPは増大することになる。この点に限らず、改善の余地はまだまだたくさんある。

つまりGDPは、「遅くて、曖昧で、しょっちゅう変化する」まことに使い勝手の悪い経済指標なのである。 それでは、GDPは何の役に立っているのだろうか。

GDP(GNP)という概念が発見されたのは、実は比較的最近になってからである2。「大恐慌時代、米国のGNPは半分になった」(1929年の1040億ドル→1933年には560億ドル)などと言われるが、これは後知恵というもので、その当時はまだGNPが発見されていなかった。つまり「何だかよく分からないうちに、米国の経済規模が5年で半減してしまった」というのが大恐慌という現象であった。

今日のわれわれは、「一国の経済力を表す単純明解な指標」としてのGDPを既に知っている。自国経済の成長速度(もしくは失速の度合い)を知るにせよ、他国との経済規模を比較するにせよ、GDPがあるのとないのでは大違いである。

つまりGDPは便利だから良く使われるわけだが、便利なものほど気をつけて使わねばならない。それだけ「誤用」される機会が、多いからである。

●消費再増税をめぐる判断材料として

さて、このGDPという武器を使って、今日の日本経済をどう見るべきか。さしあたっての大問題は、目先の景気が腰折れしていないかということである。

政策的に大きな意味を持つのは、足元の7-9月期GDPということになる。年末になると、政府は来年10月からの消費税率の再増税(8%→10%)を決断しなければならない。7-9月期のGDPは、1次速報が11月17日、2次速報が12月8日に発表される。12月15日に発表予定の日銀短観と併せて、増税を判断する最重要材料となるはずである。

ここで再び注意が必要なのが「前期比マジック」である。たぶん財務省の目から見れば、4-6月期が悪くてもそれはさほど問題ではなく、むしろ7-9月期がちゃんとプラスに戻ることの方が重要である。極論すれば、7-9月期が見栄えのする数字になるためには、4-6月期が悪い方がむしろ都合が良い。それだけ「深い谷から山を見る」ことができるという理屈である。

しからば、本当に消費税を10%に上げてしまって良いのだろうか。この問いに対する答えはまた別で、筆者は「たとえ7-9月期が高めに出たとしても、状況を見て慎重に検討するべき」だと考えている。慎重に、とは消費税増税法案の付則18条を適用した増税の一時凍結も除外せず、という意味である。

正直なところ、6月までは景気の先行きを楽観していたのだが、天候不順とともに7月から不安を感じ始めた。理由は以下の3点である。

① 消費税増税は何とか消化しつつあるが、久々の物価上昇が家計に響き始めている。
② 円安にもかかわらず輸出の伸びが思わしくなく、生産の動きも今一つである。
③ マレーシア機撃墜事件(7月17日)を契機に、国際情勢の不透明感が増してきた。


まずは物価上昇により、デフレ脱却が軌道に乗っているのは結構なことである。が、久々の物価上昇に対する戸惑いもある。特に地方へ行くと、「リッター170円台のガソリン価格は痛い」「年金世帯に物価上昇はきびしい」といった声をよく聞く。景気ウオッチャー調査の7月分を見ても、現状判断DIが改善される一方、「実質賃金の上昇が追い付かない」「価格高騰が続き、経営が圧迫されている」といった悲観的なコメントが目につく。

次に生産に関するデータが振るわない。円安が続いているにもかかわらず輸出は低調で、特にアジア向けが不満足な水準にとどまっている。今週8月20日に発表された7月分の通関統計において、ようやく改善の兆しが見られたところで、それだってもう少し様子を見る必要がありそうだ。企業の設備投資も、1~3月期に盛大に伸びた後が続かない。

それに加えて「地政学的リスク」の問題がある。ウクライナ問題や中東情勢の混乱次第では、石油価格の高騰、安全通貨としての円資産買いによる円高の進行、貿易量のさらなる減少などといった事態が考えられる。現時点では「言葉が先行」している感もあるが、こればかりは先行きどうなるか全く読めないところである。

全体として景気回復の基調はまだ崩れてはいないと思うが、ちょっと嫌な感じが漂い始めている、といったところだろうか。

●「プランB」を考えておくべき

果たして予定通り増税を決めていいものか。それとも増税を凍結するべきなのか。景気の腰折れは何としても避けなければならないが、「わが国の厳しい財政事情を直視すべき」、あるいは「国際公約となっている増税を止めるべきではない」などの意見もあるところだろう。

逆に増税の先送りを決めるのであれば、年末まで待たずに早めにそう宣言すべきだ、との意見もある。実際には法改正が必要になるので、そう簡単な話ではないけれども、確かに消費者心理への影響を考えるのであれば、早く決めてしまう方が良いだろう。納税する事業者にとっても、事情は同様であるはずだ。

さらに予定通り増税は実施するけれども、新たな景気対策を用意せよ、あるいは金融面で追加緩和策を行え、などの選択肢もあり得るところだ。もちろんその両方、ということでも良い。すべては今後の景気動向に懸っているが、おそらくこの秋には侃侃諤諤の論議となるのではないだろうか。

消費税増税に伴う景気対策としては、食料品などへの軽減税率の導入を求める声がある。世論調査などでは多くの支持があるが、対象品目を決めるのが政治的に難しいことと、むしろ高所得層により多くの恩恵が及ぶことから、税務当局は否定的であるし、エコノミストの間でも効率性を疑問視する声が多い。

また、公共投資の積み増しというお馴染みの手法は、ここへきて急速に深刻化している建設関係の人手不足を考えると、その景気浮揚効果には疑問符が付く。おそらく、公共投資をこれ以上増やしても、むしろ民間事業が抑制されるだけで、効果は打ち消されてしまうのではないだろうか。

この問題について、飯田泰之明治大学准教授は来年の消費増税は一時凍結が望ましいものの、それが政治的に難しいのであれば、ショック対策として社会保障費の半額免除という手段があると提案している(Voice 9月号)。

国民年金保険料は一人当たり1万5250円であるから、それが半額になれば月7625円の負担減となる。低所得者ほどその恩恵を大きく感じることになるだろう。しかも財源は、基礎的消費の5%軽減税率適用に要する財源と大差ないとのことだ。

社会保障費を一時的に免除する手法は、生活保護世帯や年金未納者など「真の弱者」に及ばないという問題点はある。が、それは別途手当てすれば良いことであって、景気腰折れを防ぐ緊急避難措置として十分に検討に値するアイデアではないかと思う。おそらくコスト的にも、「地域振興券」よりも安上がりであろう。

いずれにせよ、年後半の景気は慎重に見ておく必要がある。もちろん景気回復を続けながら、2度目の増税をこなせればそれが一番良い。が、希望的観測だけではいささか心もとない。あらかじめ「プランB」の議論を用意しておきたいところである。

*速報値は年率。上記は一次速報値なので、これらの数値はその後修正されている。
2 正解は本号の”From the Editor”欄をご参照。

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