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日本の領土と魚を狙う中国1000万漁民の正体

※本シリーズは、8月27日発売の「文藝春秋SPECIAL 2014秋」との共同企画です。本誌掲載記事の一部を4週にわたって配信いたします。(BLOGOS編集部)

中国の狙いは海底のエネルギー資源だけではない。軍事訓練を受け、当局の指揮下にある漁民に警戒せよ


東海大学海洋学部教授 山田吉彦


 2012年、中国共産党の総書記となった習近平は、「中国は、海洋強国を目指す」と宣言した。海洋強国とは、地球の表面の70%以上を占める「海」への影響力を高め、国際社会の主導権を握ろうとする野望だ。そのために、海軍力、海上警察力の強化を図るとともに、海底資源開発、造船、海運、水産など海に関わる多分野の産業への進出に注力している。

 海洋強国の先には、習近平の念願である「中華民族の偉大なる復興」という旗印がある。
 15世紀、「明」の時代、中国は、武力、経済力により、近隣国を朝貢国として、その支配下に組み入れ、中華思想による中国中心のアジア社会を形成していた。現代においても再び、中国中心の国際社会を作り、漢民族だけの繁栄を目指そうとしているのである。

中国漁船団が東シナ海を実効支配

 まず、13億人もの国民の生活を維持するために、身近なアジア海域の水産資源と海底資源の獲得を目指している。  中国政府は、2013年、それまで分散していた海上警備機関の統合を行い、海洋権益の監視、海上治安維持、漁業監視、海上における税関の取り締まりを一元化した「中国海警局」を創設した。この統合の中心になっているのは、公安部の海上武装警察機関であり、漁業や海洋資源開発など海上で行われる行為は、一括管理されることとなった。

 中国の海洋強国形成の尖兵となっているのが、国内に1000万人はいるといわれる漁民である。
 中国は世界最大の水産大国である。2012年の国際連合食糧農業機関(FAO)の水産物の漁獲量・生産量の国別統計の推定値によると、中国は、およそ7037万トンで、世界一となっている。全世界の漁獲量、生産量の合計は、1億8294万トンであり、その4割近くを中国が占めていることになる。

 日本に身近な例をとると、東シナ海および黄海における国別漁獲高は、中国の約800万トン、韓国の約100万トンに対し、日本はわずか20万トンにも満たない。さらに、2000年に発効した日中漁業協定(新協定)により、東シナ海中央部に日中両国がそれぞれ自国の漁船を管理する暫定措置水域が設定されてからは、不法操業の取り締まりも難しくなっている。しかし、過去の乱獲を反省し管理が厳しくなっている日本と、水産管理体制が未整備な中国とが同じ基準で漁業管理を行うことなど不可能である。

 また、暫定措置水域内では、操業できる漁船の数は、日本側が年間800隻、中国側が1万8089隻と取り決められている。東シナ海は中国漁船によって席捲されているといっても過言ではない。また、漁獲量の上限は努力目標として設定され、日本が10万9250トンなのに対し、中国側は169万4645トンと15倍もの規模で漁業を行っているのである。

 特に近年、中国は「トラ網」と呼ばれる大型の巻き網のような網を使った漁法による乱獲を行っている。トラ網漁法は、日本では禁止されている強い光度の集魚灯を付けた船を沖合に浮かべ、集めた魚を1000メートル以上の長さの網で囲い、文字通り一網打尽にしてしまう。魚の量が多過ぎるため網を引き揚げることはできず、ポンプで運搬船の船倉へと送り込み本国に輸送するのだ。

 東シナ海で漁業をしていた長崎県の漁船がトラ網に囲まれてしまったという報告もあり、日本の漁民は、トラ網漁船団を見ると逃げるしかない。

 中国は漁船団を使い、日本漁船を締め出し東シナ海の実効支配を進めているのである。
 東シナ海および南シナ海で活動する中国の漁民の多くは、海上民兵であるといわれる。多くの漁民は軍事訓練を受け、その行動は当局の指揮下にある。

五島列島で起こった居座り事件

 2012年7月、長崎県五島列島福江島にある玉之浦という入江に106隻の中国漁船が侵入し、艦隊のように整列した。この漁船の大きさは、100トンから500トンほどあり、五島列島の地元漁船の10倍以上の大きさだ。そして、船上に中国の「五星紅旗」を掲げた船が隊列を組み並ぶ光景は、まるで福建省あたりの中国の港を彷彿とさせるものであった。

 中国漁船団の目的は、台風からの緊急避難ということになっていたが、玉之浦は日中漁業協定で合意している両国の漁業境界ラインから100キロ以上離れているため台風避難とは言い難い。だが、避難名目での入域申請があると、人道的な見地から受け入れを拒むことはできない。そして1週間にわたり居座ったのである。

 玉之浦町の人口は、1800人。この時、玉之浦の海上にいた中国人漁民の数は、3000人ほどであったという。仮に漁民が上陸を始めたら、それを防ぐことはできないだろう。上陸する漁民に銃器はいらない。ナイフや包丁を持つだけで五島列島を占拠することも可能であろう。漁民が相手では自衛隊が対応することは難しい。この中国漁民への対応は、海上においては海上保安庁、上陸後は警察の任務となるが、両機関ともに上陸を阻止するだけの人員はない。これが、まさにグレーゾーンである。早急な対応が求められる。

 同年8月に90隻弱の漁船団が再び現れた時には、座礁船を救助するためかタグボートまで同行していた。通常の漁船団ではないことは明白である。

 中国漁船団が玉之浦に侵入した本当の目的は、漁船団を使った日本の島嶼部の制圧訓練であり、また、近海の海洋警備の役割をもっていたようだ。

 特に漁船団は、東シナ海ガス田周辺で活動することが多い。これは日本との中間線付近で一方的に進めているガス田開発のカモフラージュであり、日本および米国の艦船が近づくことを阻止する役目を持っている。これらの漁船は、魚群探知機を使い海中に潜む潜水艦をも監視しているのである。

 漁民が一斉に尖閣諸島に上陸を企てる可能性もある。すでに中国当局は、最大1000隻もの漁船団を、東シナ海に送り出す体制を整えているのだ。

 2011年以降、中国当局は富裕層に対し、外洋漁船の建造を推奨している。中国の造船所では、100トンクラスの漁船を、およそ1億円で建造することができる。中国のお金持ちたちは、政府の求めに応じ外洋漁船のオーナーになり始め、既に1000隻以上が完成しているという。魚の供給が需要に追い付かない中国では、魚は売り手市場になっている。そのため100トンクラスの外洋漁船の水揚げ高は、年間6000万円ほどにもなり、新造船は、富が富を呼ぶ魅力的な存在である。また、中国政府としても肉類に比べ安価な魚を国民に提供することで、食に対する不満をそらす意味もあり、漁業を奨励している。

 中国は、南シナ海においても強引な漁業取締策を推進している。2014年1月、中国の海南省は、「『中華人民共和国漁業法』実施方法」を改正し、中国の支配が及ぶ南シナ海の海域内で操業する外国人、外国漁船や調査船は、事前に中国当局の承認を受けなければならないとし、実際に罰則を適用するとしている。この海域は、南シナ海の60%にもおよぶ広大な海域であり、フィリピンやベトナムが管轄権を主張している海域でもある。中国の手法は、まず、中国漁民を獲得したい海域に送り込み、中国の領海法や漁業法に基づき、人民の保護を名目に海軍もしくは海上警備機関が侵出し、島を実効支配してしまうというものだ。

 1995年にはフィリピンが管轄権を主張するミスチーフ礁、2012年には、スカボロー礁を同様の手法で支配海域に組み入れてしまった。獲得した島々や環礁を基点として、支配海域をさらに拡大しているのである。中国にとって漁業繁栄と支配領域の拡大の野心が一体であることは忘れてはならない。

 また、中国漁民にとって、東シナ海においてたびたび摘発される赤サンゴ、南シナ海におけるウミガメの密漁など、金になれば、環境破壊などお構い無しだ。

 かつて日本も乱獲の時代があったが、日本は反省し、次世代の漁業へ向け動き出したところだ。東シナ海、南シナ海における中国の動向に目を光らせ漁場を守ることは、アジアの国々の平和と安定につながることなのである。

プロフィール

山田吉彦
やまだ よしひこ 1962年千葉県生まれ。公益財団法人国家基本問題研究所理事。専門は海洋政策、海洋安全保障。『日本は世界4位の海洋大国』など著書多数。

「文藝春秋SPECIAL 2014秋」

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