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朝日新聞の誠意が裏目に出た(?)従軍慰安婦検証報道 - 柴田鉄治

 8月は戦争を見つめなおす月である。6日、9日の原爆忌、15日の終戦記念日とつづく。集団的自衛権の行使容認の閣議決定をしたあとだけに、今年の戦争を見つめなおす思いには、これまでとは違うものがあり、今月はそれを取り上げようと考えていた。

 ところが、8月5日の朝日新聞に、アッと驚く記事が出たのでそれどころではなくなった。アッと驚くといってもスクープではなく、過去の従軍慰安婦報道に対する検証記事である。

 従軍慰安婦問題というのは、80年代から90年代にかけて、かつて従軍慰安婦だった人たちが恥を忍んで名乗り出たため、日韓の政治問題となり、日本政府は「河野談話」によって強制的に集めたことを認めて謝罪した。

 ところが、安倍政権が誕生してから、「河野談話」を継承すると宣言しながらその成立過程を検証しなおしたことで、再び韓国の怒りを煽ってしまい、日韓関係が一段と険しくなってきていた。

 そうした状況を受けて、日本の一部のメディアやネット上で「そもそも従軍慰安婦問題は、朝日新聞が火をつけたのがきっかけだったのだ」といった朝日攻撃が激しくなってきたため、朝日新聞社がそれに応えた検証記事を出したのだった。

 一面に朝日新聞社の見解を示す論文を置き、中面のまるまる2ページを使った膨大な記事量の検証だが、その内容を要約すると、2点に絞られる。1つは、自ら従軍慰安婦の狩り出しをやったと語り、著書も出している旧軍人の証言(吉田証言と呼ばれる)を計16回報道したが、詳細に調べた結果、この証言は信用できないと分かったのですべて取り消すこと。

 もうひとつは、最初に名乗り出た従軍慰安婦の記事を書いた朝日の記者の義母は、韓国人の社会運動家であることは事実だが、それによって記事がゆがめられたことはない、とこちらははっきり否定したこと。

 吉田証言を最初に報じたのは32年前だというから、なぜもっと早く真偽の判定ができなかったのかという疑問は残るが、それはともかく、記事に誤りがあればきちんと訂正するのはメディアの当然の義務であり、ウヤムヤにせずにけじめをつけたことは、評価されてもいいはずのものだ。

 ところが、この朝日新聞の誠意は、朝日攻撃をしている人たちにはまったく伝わらず、鎮静化どころか火に油を注ぐような結果となった。たとえば、朝日新聞とは論調の違う読売新聞や産経新聞は、まるで鬼の首でも取ったかのような紙面展開をした。

 読売新聞は一面の準トップの扱いで「慰安婦報道、朝日32年後の撤回、強制連行証言は『虚偽』」と報じ、産経新聞は三面をほぼ全面使って「『慰安婦』朝日検証、訂正まで32年、明確な謝罪避ける、挺身隊と混同『研究の乏しさ』」と報じている。

 しかも両紙とも社説欄をこの問題だけに集中する「一本社説」で取り上げ、読売は「『吉田証言』ようやく取り消し、女子挺身隊との混同も認める」、産経は「『強制連行』の根幹崩れた、これでは訂正になっていない」と、それぞれ激しく朝日新聞を攻撃する論調を展開している。

 新聞だけではない。テレビの朝日攻撃も新聞以上に激しかった。私がたまたま見た番組は2つだけだったが、読売系列の日本テレビの番組では、ある学者が「朝日が非を認めるまでの間、国際社会に日本の負のイメージをどれほど浸透させ、日本の名誉が傷つけられたことか」とまるですべてが朝日新聞のせいだと言わんばかりの解説をし、産経系列のフジテレビの番組では、先に従軍慰安婦問題で大失言をした橋下・大阪市長が大変な剣幕で朝日の非をならしたうえ、反論しようとした他の出演者に「黙れ!」と怒鳴りつける一幕まであった。

 週刊誌はさらにひどい。週刊新潮は「世界がこの大嘘を根拠に『日本を性奴隷国家』と決めつけた、朝日新聞『慰安婦虚報』の『本当の罪』を暴く」、週刊文春は「朝日新聞よ、恥を知れ、『慰安婦誤報』木村社長が謝罪を拒んだ夜」、週刊ポストは「全国民をはずかしめた『朝日新聞』七つの大罪」…というのだから、見出しだけで中身は想像できるだろう。

 こういう反応を見たり読んだりしたことで、私は「朝日新聞は検証記事の出し方を間違ったのではないか」という感想を抱いた。これは、あくまで私の個人的な意見であり、しかも後知恵なのかもしれないが、朝日新聞は、この検証記事を次のような三段階に分けて報じればよかったのではないかと思うのだ。

 第1弾は、「吉田証言」は調べた結果、信用できないので「おわびして取り消します」とその関係のことだけに絞ること。第2弾は、その他さまざまな朝日批判に対する反論や説明などを記すこと。そして第3弾に、これからも朝日新聞は従来と同じ姿勢で従軍慰安婦問題に取り組んでいく、という「決意表明」をすること。

 この3段階の順序がはっきりしていれば、同じ日の紙面でも構わないが、日を変えて連載にすれば、さらに分かりやすかったかもしれない。これをすべて一緒にしてしまったため、とくに一面の「決意表明」から始まっていることでいっそう、謝罪が明確でないとか、開き直っているとか、そんな印象を強めてしまったように思うのだ。

 さらにもうひとつ、検証記事に「他紙の報道は」という囲み記事を置いて、他の新聞も同じような間違いを報じていたと書いているが、これは書かないほうがよかった。私の「新聞論」は偏っているのかもしれないが、「他紙もやっているではないか」とあげつらうのは、それによって罪が軽くなるわけではなく、書くべきではなかったと私は思う。

 とにかく、こうした激しいバッシングを受けて、朝日新聞の今後の報道が委縮することのないようにと祈るばかりだ。

原爆忌、終戦記念日の報道に思う

 集団的自衛権の行使容認後の原爆忌として、今年のヒロシマ、ナガサキは、ひときわ注目を集めたが、6日の広島市は激しい雨で、雨中の式典となった。土砂降りの雨を見上げながら、参列した人たちは「この雨が69年前のあの日に降ってくれたら…」とか「水を求めてさまよったあの日の被爆者たちにこの水をあげられたら…」といった思いをあらためてかみしめたのではないか。

 広島市長の平和宣言には、集団的自衛権への言及もなく、「おや?」と思わせるような言葉もなかったが、子どもたちの平和宣言は素晴らしく、実に感動的だった。次世代を担う人たちが、核兵器の廃絶をぜひ実現してほしいものだとあらためて思う、力のこもった宣言だった。

 9日の長崎市は穏やかな天候だったが、長崎市長の平和宣言には集団的自衛権に対する国民の不安を訴え、政府に対応を迫る鋭い批判の言葉があった。両市長の平和宣言は全世界に発信されるものだけに、日本国民の気持ちを代弁してくれたものとして、よかったのではあるまいか。

 長崎市の式典では、被爆者代表のあいさつのなかに、集団的自衛権の行使容認は安倍政権の暴挙だという激しい批判の言葉があった。一部のメディアによると、この言葉は事前に準備した書面にはなかったもので、被爆者代表がとっさに思いついて入れたものだというのだ。

 こういう話は、すべてのメディアがしっかりと取材して報じてくれないと困る。

 式典後におこなわれた安倍首相と被爆者代表の懇談の場で、安倍首相は被爆者からの集団的自衛権に対する疑問の声を「見解の違いだ」と一言のもとに切り捨てたという場面も、もっと大きく報じられてもよかったのではないか。

 ヒロシマ、ナガサキの両式典に、米国の駐日大使が今年も出席してくれたのはよかった。あいさつや感想は報じられなかったが、しっかりと見ていてくれるだけでいい。

 私は、米国はいつか日本への原爆投下を謝罪する日がくると信じている一人だが、駐日大使が毎年出席してくれることが、その日に近づく一歩だと思うからだ。

 米国に限らずどこの国でも自国のしたことを謝罪したくないものだが、終戦記念日の安倍首相のあいさつに、東アジアに対するおわびの言葉が去年に続き今年もなかったことはいただけない。歴代首相が述べてきた言葉だったのだから…。日本はあの戦争で受けた被害の大きさを強調しがちだが、韓国や中国やアジア諸国に対しては加害国であったことも忘れてはいけないだろう。

11月の沖縄知事選前に既成事実をつくってしまおうという暴挙

 前回も記したように、11月の沖縄の知事選は、日本の今後を占う重要な節目になるだろうが、自民党の推す現職の仲井真知事の劣勢が伝えられるため、政府は辺野古基地の新設工事に突然、着手し、海の調査を始めた。知事選までに既成事実をつくりあげるためだという。

 「普天間基地の辺野古移転は県民の理解を得て」と繰り返し言っていた政府なのだから、これは間違いなく暴挙といっていいだろう。突如、海上にブイを浮かべて立ち入り禁止区域をつくり、海上保安庁が警察に代わって海上のデモ隊の排除に当たったというのだから驚く。

 当然、すべてのメディアが政府批判の砲列を敷いてもおかしくないところだが、例によって安倍政権を支持するメディアが、批判どころか支援するかのような報道を展開したのである。反対する住民たちのデモがあったことさえ1行も報じないメディアがあるのだから、なにをかいわんやだ。

 沖縄県民の政府や本土メディアに対する不信感は、ますます増大するに違いない。ともあれ、知事選までに既成事実をといっても、埋め立てが始まるところまでには至るまい。ここは、静かに11月の知事選の結果を見守るほかない。メディアはその間、政府が知事選に奇妙な振る舞いをしないよう、しっかりと監視していてもらいたい。

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