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小渕優子さん、女性閣僚「お断りするのもおかしくないですか」 平成研のシンデレラ、BS日テレで

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[写真]小渕優子・自民党衆議院議員、2014年8月26日放送のBS日テレ「深層NEWS」=筆者(宮崎信行)撮影。

 「何も要請をいただいていないのに、ここでお断りするのもおかしくないですか」

 政権交代後に、子育てに専念したいと安倍首相(自民党総裁)からの入閣を断ったとの説について「それは私の中の話ですから」と否定も肯定もせず、9月3日の内閣改造については、上記のように語りました。

 小選挙区連続当選5期、在職14年。

 内閣府特命担当大臣、自民党幹事長代理、財務副大臣と出世の階段を駆け上る、日本のシンデレラ、小渕優子衆議院議員、(40歳、群馬5区、自民党平成研究会)。

 きょう2014年8月26日(火)午後10時からBS日テレで生放送された「深層NEWS」に生出演しました。小渕さんのテレビ出演ってあったかな?と思ったら、やはり少なく、これまで、サラリーマンとしての古巣であるTBSに2回出演したことがあるものの、TBS以外のテレビに出演するのは国会議員になって初出演とのことでした。

 小渕さんは来月9月2日(火)の自民党役員人事、3日(水)の内閣改造について、「期待をしていただくことはありがたい」として、党幹事長や再入閣の噂がマスコミで流れていることはまったく意に介していないようすを示しました。 

 きょうの番組のなかで一つ分かったことがありました。

 2001年ごろ、当時26・27歳の小渕優子さんは衆議院議員となった直後、「衆議院議員会館で働く超党派の同年代の女性たち」を東京・王子の小渕邸に招待。ここで、同年代の野党・民主党の女性公設秘書らも招かれました。

 これについて、私は「さすが人柄の小渕総理の娘さん」との認識をしていました。しかし、実は小渕優子さんは26歳で当選してから、2回生となり、30歳で結婚するまでの3~4年間は、「期待されているのに自分は何もできない。自分を大きく見せるために無理をしていた。他人の目を気にしていた。2回目の選挙で票を減らしてたら、支えてくれた人にもうしわけない」と思い、「悩むだけ悩んで、迷うだけ迷った」。

 第42回衆院選(2000年神の国解散)では、群馬5区で、16・3万票(76・4%)。第43回衆院選(2003年マニフェスト解散)では14・4万票(77・0%)でなので、相対得票率は0・6ポイント増やしました。ここまでの3年~4年がきつかったようです。

 ちなみに、与党経験がない民主党女性若手公設秘書は、2001年ごろの小渕邸訪問で、「総理大臣の家というと、鳩山会館だけ知っていたけど、小渕邸はずっと質素で驚いた」と大いに触発されたようです。それから与党になるまで8年ぐらいかかっちゃいましたがその鳩山会館と小渕邸の違いは政治の本質そのものでしょう。優子先生は現在は、より国会に近いマンションにお住まいだろうかと思いますが、そういった体験を民主党若手秘書に与えてくれた優子先生に感謝です。

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[写真]小渕邸、筆者(宮崎信行)撮影。

 番組の中では、「日中、日韓関係は現実に即してみていきたい」、「私が1期生のときに比べて、たしかに政調部会での発言は静かになっているが、逆に税制調査会では以前では考えられなかったことだが、1期生が発言するようになっている」、「女性政策の推進は必ず男性にも関係してくる。例えば最近では男性の介護離職が増えている」「超高齢化社会と少子化社会のなか、将来的には移民政策も考えないといけないと考えている」と発言しました。

 ちなみに、古巣のTBS以外では、日テレが初めての出演ということでした。まあ、優子先生も日テレ、TBS以外はテレビ出演はほどほどにして、しっかりとやっていただきたい。

 お父さんの小渕恵三さんが内閣官房長官として発表した元号「平成」は、読売新聞社と日本テレビのおのおの社長と会長を歴任した小林輿三次(こばやし・よそじ)さんが座長としてとりまとめたもの。朝日新聞などの必死の取材にもかかわらず、小渕官房長官が発表するその瞬間まで一切漏れませんでした。当初は「朝日元年」という噂も流れましたが、「新しい元号は平成であります」と言った直後に、速報担当の若手政治部記者が「へいせい!」「へいせい!」と叫びながら、記者会見場向かって左側の出口から飛び出していった光景を今でも覚えている方はおおでしょう。この新聞社の社長を起用したからこそ、新聞に情報が洩れなかったことに、小渕官房長官は小林社長にかなり強い感謝の念を持っていたようで、その後、たびたび言及していたようです。まさに、小渕先生の下には人材が集まり、それを引き出す力に長けていたから、「即日改元(そくじつかいげん)」に成功したのです。

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[写真]「新しい元号は平成であります」と即日改元を発表する竹下内閣の小渕恵三内閣官房長官(自民党経世会)、昭和64年1月7日。

 2児の母ですが、初当選からは、14年強ですが、お母さんになってからは7年弱です。

 (関連エントリー2007年9月25日付小渕優子さん、長男出産

 ご存じのとおり、政権交代ある二大政党政治を一途にめざしてきた経世会・平成研究会は2つに分裂してしまい、自民党に額賀福志郎さん、竹下亘先生、小渕優子先生、民主党に前田武志さん、岡田克也さん、北澤俊美さんとなっています。ただ、昨年の小渕訪中団に長妻昭さんにが参加するなど、その系脈は、日本政治そのものです。

 解散前日、野田内閣で「殉職」した松下忠洋大臣の追悼演説をする小渕優子さんの姿がありました。 まさに平成研究会の代表者はいまや小渕優子先生といってもいいのかもしれません。

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[画像]民主党政権で「殉職」した松下忠洋大臣(民主党推薦、国民新党所属)の追悼演説をする自民党の小渕優子さん、2012年11月15日の衆議院本会議、衆議院インターネット審議中継。(当ブログ内エントリー2012年12月10日付エントリー松下忠洋先生「薩摩の人間である自分が、戊辰戦争で苦しんだ福島県の復興に身命を賭す」追悼演説

 岡田克也内閣が先か、小渕優子内閣が先か、というのは大きな問題ではありません。国民が衆議院小選挙区で政権を選ぶというのが、平成研究会のその前身の発足以来の底流の思想です。ぜひ、自民党下野直後の総裁選には、小渕さんが立候補して、当選していただきたい。どうでしょうか、おおむね45歳前後の総裁になるでしょうか。そして50歳前後で、内閣総理大臣になっていただきたいと思いますね。いかんせん民主党には小選挙区選出の女性衆議院議員がゼロなので、これはどう考えても、日本初の女性首相は自民党総裁から出ます。

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[写真]衆議院文部科学委員会をとりしきる小渕優子委員長、2014年6月18日(水)、衆議院インターネット審議中継からスクリーンショット。

 というか、優子先生、お父さんに似てきたんじゃないですか。

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