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アベノミクス「第二の矢」でデフレ不況を打ち抜け〔1〕 - 藤井聡(京都大学教授)

――戦略的な財政政策こそが「最先端」の学説である

周回遅れの正統派経済学


本稿は、財政政策、いわゆるアベノミクス「第二の矢」の重要性をあらためて論ずるものである。

筆者はこの主張を、「デフレ脱却のためには、財政政策が不可欠である」という趣旨にて、デフレが深刻化したリーマン・ショック以降、さまざまなデータに基づく客観的な理論実証結果を踏まえつつ、繰り返し主張し続けてきた。そうした研究、言論活動の延長として現在、第二次安倍内閣にて防災減災「ニューディール」を担当する内閣官房参与を仰せつかっている。

「ニューディール」とは、1929年に起こった世界大恐慌下で、ルーズベルト大統領が断行したケインズ理論の考え方に沿った「公共投資」を主軸とする経済政策である。当方がいま、「ニューディール」の言葉を冠した担当参与を仰せつかっているという事実は、「公共投資を主軸としたデフレ脱却策」の重要性が政治的に認識されたことを意味している。

ただし、日本の多くの方々は、「財政政策による経済対策なんて――昭和時代でもあるまいし、何を古くさい」と感じているのではないかと思う。

実際、筆者が主張する「財政政策・必要論」は、国会やメディア上でしばしば取り上げられてきたが、そのなかで、藤井は財政出動をすればそれで景気が良くなると主張しているにすぎず、かつその主張は「一世代前のもの」にすぎない、という趣旨で政治家、エコノミストに「揶揄」されることは少なくない。客観性を重んじるべきはずの学界ですら、「主流派経済学者」たちによって、公共投資の有効性は低いと繰り返し主張され続けている。

こうした状況のなか、「公共投資が日本を救う」というような筆者の主張は、「トンデモ論」として扱われることが一般的となりつつある。

しかし、こうした一般のメディアそして主流派経済学者たちの認識は、何重もの意味で間違っている。

そもそも、筆者も含めた多くの財政政策・必要論者は、景気対策では財政出動をやりさえすればよいなどと考えていない。デフレ不況下では国内の需要が少なく、かつ人びとの投資や消費が伸びないがゆえに、政府支出の拡大をせざるをえないと考えているにすぎない。したがって、デフレが「本当に」脱却できたのなら、財政の拡大は(少なくとも景気対策という意味においては)必要ない、というのが筆者らの平均的な見解だ。

ただし何よりも重要な誤りは、「財政政策・必要論は、一世代前の説だ」という説それ自体がすでに「一世代前」の説だ、という点にある。たしかにリーマン・ショックまでは、財政政策や公共投資の不要論は日本のみならず、世界の経済学者のあいだでも広く共有されていた。しかし、リーマン・ショックによって世界各国がデフレに陥ったあとは、多くの経済学者が前言を翻し、筆者と同様の「財政政策・必要論」を主張し始めている。

たとえば、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツは、2010年の『Real Time Economics』誌上にて、リーマン・ショック以後アメリカの景気が改善しない「最大の問題」は、財政の「規模が小さすぎること」だと主張している。2013年6月に来日した折には安倍総理と会談し、「金融緩和のみならず、政府の拡張的な財政政策を連携させるべきであり、とくに長期的な成長の基礎(教育、技術、研究、インフラ強化)や社会問題の解決のために政府支出を拡大すべきだ」と総理に進言した旨が報道されている。

あるいは、同じくノーベル経済学賞を取ったクルーグマンは、2013年1月『ニューヨーク・タイムズ』紙上にて、安倍総理が断行したアベノミクスの「第二の矢」として決定した10兆円超の財政出動を高く評価しつつ、「長期不況からの脱却が非常に困難であることは確かであるが、それは主として、為政者に大胆な政策の必要性を理解させるのが難しいからだ」と述べている。まさに、国会で財政政策や公共投資の必要論を主張する筆者等を「揶揄」するような発言を繰り返す政治家たちこそが、「長期不況からの脱却」を妨げている諸悪の根源だと指摘しているのである。

しかもクルーグマンは同コラムにて、そうした政治家や経済学界の多くの学者たちが信じ込んでいる経済学を、「悪しき正統派経済学」と断じている。そして「世界の先進各国の経済政策は麻痺したままだ。これは皆、正統派経済学のくだらない思い込みのせいなのだ」と述べ、そんな悪しき正統派経済学と「決別」することこそが、デフレ脱却において必要なのだと論じている。

こうしたリーマン・ショック以後の米国経済学界を中心とした劇的な変化を受け、経済学者スキデルスキーは『なにがケインズを復活させたのか?』(日本経済新聞出版社)という書籍を取りまとめ、いままさに、その本が全世界の多数の経済学者たちに読み込まれている。実際米国では、こうした経済学者たちのケインズ政策への「転向」を受けて、景気対策としての公共投資が大きく注目されており、オバマ大統領はリーマン・ショック後、72兆円という、昨年度のアベノミクスの「第二の矢」のじつに「7倍」もの水準の超大型財政政策を断行した。それ以後も、年始の一般教書演説で、「毎年、インフラの老朽化対策や高速鉄道整備等のための公共投資の拡大を通して、雇用拡大、景気浮揚をめざす」と主張し続けている。

つまり――「景気対策として財政政策、公共投資を」という説こそが、デフレ不況が世界的に蔓延した今日においては「最先端」の説であり、わが国で幅を利かせる「悪しき正統派経済学」者たちが主張する「財政政策、公共投資なんて一世代古い」という説こそが、「周回遅れの一世代古い」考え方なのである。

公共投資削減がデフレ不況を深刻化させた


以上、財政政策、公共投資の有効性を論ずる議論を紹介したが、これらは客観データでももちろん裏付けられている。

たとえばそれは、リーマン・ショックによって不況に陥った国のいずれが早く回復したのかについての国際比較分析からも、明らかにされている。この分析では、金融政策の程度(マネタリーベースの拡大率)や「公共投資額の拡大率」に加えて、産業構造や貿易状態、財政状態などの28個のマクロ指標と、OECD加盟の34の先進諸国のデータを用いて分析されている。

結果、「名目GDP、実質GDPと失業率」の3尺度すべてと統計的に意味のある関係をもっていたのは、28指標中、ただ1つ「公共投資額の拡大率」のみであった。図1は、そのなかの1つ、名目GDPの回復率と公共投資の拡大(変化)率との関係を示したグラフである。ご覧のように、公共投資を大きく拡大した国ほどGDPの回復率が高いことを示している。つまりリーマン・ショック後、いち早く公共投資の拡大を図った国がいち早くショックから立ち直り、その政治決断ができなかった国はショックから立ち直ることに失敗する傾向が明確に存在していたのである。

一方、わが国において公共投資は効果をもっていたのか。この点について、筆者らはバブル崩壊後の景気に対する公共投資の効果を分析した。

この景気に影響を及ぼす変数には多様なものが考えられる。そこではとくに、日本のマクロ経済に大きな影響を及ぼす政府系の建設投資額(以下、公共投資額と呼称)と総輸出額の2変数に着目し、これらが景気動向(名目GDPとデフレータ=物価)にどのように影響を及ぼしたのかを統計分析した。

その結果、図2、図3に示したような「関係式」(一般に、回帰式といわれる)が導かれたが、これらが示しているのは、「1兆円の公共投資が、2.43兆~4.55兆円の名目GDPの拡大と、0.002~0.008のデフレータの改善につながっている」ということであった。そしてこれらの「効果」は、「総輸出の拡大」に伴う効果よりも、格段に大きなものである。

ここで重要なのは、この「関係式」を用いると、図2、図3に示したように、実際の名目GDPやデフレータ(物価)の変動をほとんど綺麗に再現できる点である。つまり、「1兆円の公共投資が2兆~4兆円程度のGDPと0.002~0.008のデフレータの改善につながる」という数値は、それなりに高い再現性をもつ一定の信頼性のある数値と解釈できる。

これらの結果は、91年以降のバブル崩壊後の日本において公共投資は、物価下落というデフレ化を止め、名目GDPを改善させる巨大な景気浮揚効果を持ち続けていることを明確に示している。つまり、90年代前半ならびに、小渕政権下で行なった大型の公共投資の拡大がなければ、デフレはより一層深刻化し、物価も名目GDPもさらに下落していたこと、そして橋本政権、小泉政権以降に行なった公共投資の過激な削減が、日本のデフレ不況を深刻化させていたことが示されたのである。

クルーグマンは、先に紹介した『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで、「(バブル崩壊後の日本で)公的事業への多額の支出が行なわれたが、政府は、負債増大への懸念から、順調な回復が確立する『前』に引き返してしまった。そしてその結果、1990年代の後半にはデフレが定着してしまった」と論じていたが、上記の分析は、このクルーグマンの指摘を実証的に裏付けるものである。

(『Voice』2014年9月号より/〔2〕につづく)

■藤井 聡(ふじい・さとし) 京都大学教授・内閣官房参与
1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、同助教授、東京工業大学教授などを経て、現職。専門は国土計画論、公共政策論、土木工学。社会的ジレンマ研究にて、日本学術振興会賞など受賞多数。近著に、『巨大地震【メガクエイク】Ⅹデー』(光文社)がなどある。

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■『Voice』2014年9月号
<総力特集:断末魔の朝鮮半島>
総力特集では、北朝鮮問題と慰安婦問題を中心に議論を展開した。中西輝政氏は中韓首脳会談を取り上げ、「力ずくで韓国を中国の属国として取り込もうとする露骨な外交の手法」と習近平外交を斬って捨てる。また、徐才厚・前中央軍事委員会副主席や周永康・政治局常務委員らにメスを入れたことを、「スターリンの大粛清」と比較して警鐘を鳴らす。習近平外交によっていまや「半島の安定」は、完全に崩れたといっても過言ではない。それゆえか、北朝鮮は日本になびき、拉致問題の早期解決を模索しているのだろうか。しかし、荒木和博氏は「拉致問題で安易な幕引きを許してはならない」と説く。

また、兵頭二十八氏は、人民解放軍のスパイ機関が繰り広げる作戦計画をもとに、北朝鮮の崩壊をシミュレーションしてみせた。朝鮮半島からの邦人救出の難しさを考えさせられる論考でもある。一方、慰安婦問題に関しては、テキサス親父ことトニー・マラーノ氏が、国連欧州本部に乗り込んで思ったことを率直に語っている。曰く「国連はひどいところさ!」「次は米軍慰安婦問題だ」。最後に、山田宏氏と高橋史朗氏が「河野談話の検証」について対談。中韓の国を挙げた反日プロパガンダに対抗する必要性を指摘し、慰安婦問題に伴う在外邦人子弟のいじめ問題などへの対策を論じた。
第二特集では、「経済戦略を問う」とのテーマで経営戦略と経済政策について考えた。 巻頭インタビューでは、ノーベル平和賞受賞者として世界的に有名なムハマド・ユヌス氏にご登場いただいている。

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