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「情報はフリーになるべきだ」から「情報はフリーになりたがる」への変遷にみる「モノの式神化」

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モノの式神化

 ところで、『近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』〜劇的な回心を引き起こす乙女の絶技 - 太陽がまぶしかったから』においては片付ける、ではなく「モノの定位置を決める」と表現していますが、これは「モノは定位置に戻りたがる」という擬人化ファンタジーを付与するためのものです。ちょうど式神のようです。

 「モノは定位置に戻りたがる」を信じた時に、それを物理的に動かしているのは確かに私ではあるのですが、そこに判断が発生しないでオートマチックに進みます。「散らかっているから、戻さないとなー」という義務感からの行動を達成してしまうと、いちいち良い事をした気分になって「今日は頑張ったからビールを2本呑んでしまおう」といった見返りを求めてしまいます。

 このような判断をいちいちしていると「自分へのご褒美」をしたくなるトリガーが増えてしまい、実際的な成果に較べて、「自分へのご褒美」に使われるコストが跳ね上がる傾向にあるため、出来るかぎり「現象」として捉える事が有効なのです。さらに進めると「私は本を読みたがる」みたいな嗜好すり替えがあったりするのでしょうが、それはまた今度検討する事にしましょう。

他者の式神化と互酬の錯誤

 政治的スタンスへの同調を求められるのであれば、それを求めた相手に互酬を求めたくなるのは当然ですが、対峙している相手にまで、第三者と同じような「現象」と捉える傾向が強いと錯誤をしてしまいやすいのかもしれません。

 第三者がこう思っているから」を使う癖がついてしまうと「あなたがこう思っているから」を使ってしまいがちですが、そこには「そうでもないけど」という可能性を当然はらみます。それでいて、ファンタジー内に収まらず、「あなたがこう思っているから、私はこうするんだよ」という形で互酬を求められて二重の理不尽を感じます。

 つまり相手の立場としては「こう思わないといけない」という同調をさせられながら、恩着せがましくされて、気持ち悪くなってしまうのです。それなら「あなたは、こうあるべきだ」だと言ってもらった方が幾分かマシです。

意志力の外部化と、他者のキャラクター消費

 「現象」と捉えることで発生する意志力の外部化は、自身では取りたててやりたい事がないけれど、何かをするためのリソースが余っている人々にとって楽な形式です。しかし、本当に意志がないモノへのファンタジーなのか、明確に意志ががあるけど認知しにくい人や動物に対して、そのような事をしてしまっているのかは意識した方がよいとは思います。

 現代社会では他者をキャラクターとして消費する傾向が強くなったと言われてますが、「キャラ化」は他者を「現象」として、その行動原理をパーマネントに捉えてしまう傾向に拍車をかけます。しかしながら、人々の函数は日々更新されていきますし、把握しきれない量の変数更新も行われています。少なくとも私は「太陽がまぶしかったから」と不合理と非一貫性を主張し続けていきたいと考えています。

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