記事
- 2011年05月18日 01:00
文章という虚飾(雑感)
某大手ブログの人から、一文字「w」だけのタイトルで以下の記事のURLが送られてきたので読んだんですが、いろいろと思うところがあったので取り上げてみたいと思います。
もちろん、文章を書くこと、ブログに掲載し続けることに対する考え方や、価値観は様々ありますし、別段一方的に腐すとか批判するという意図があってのエントリーではないんですけれども。
【ブロガー必読】「目のつけどころが良い!」と言われる文章を書くための6つの方法
http://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-1440.html
一応、体裁は書評のような形を取っており、齋藤孝氏の『誰も教えてくれない人を動かす文章術』が元ネタのようです。個人的には、いわゆるエッセイを書くための作法のようなもので、書き手が事象を語るにあたって「他人との違う何か」を提示しなければならないシチュエーションに対するテクニックを「人を動かす」というテーマでまとめた内容であるように感じます。ただ、これに熟達したからといって、読んだ人が動いてくれるかどうかは当然別問題ではあるんですけれども。
画像を見る
誰も教えてくれない人を動かす文章術
この本のエッセンスをブログ執筆という個人の営みへブレークダウンしたのが上記の【ブロガー必読】と題される記事に昇華したのだろうと思いますが、これというのは平凡なブログにしないための記事作りを出発点としながらも、その到達点は立派な煽りブログの作り方なんじゃないのと思うところが大であります。
6つにまとめ直したエピソードで見ると分かりやすいんですが、
1. 凡庸さは恥と心得る
2. タイトルは意外なものを組み合わせる
3. タイトルに「具体的なもの」と「抽象的なもの」を組み合わせる
4. 同質のものの間の差異を見つける
5. 異質のものから共通点を見つける
6. 「引用」で「お得感」を出す
これ、全部釣り堀のエッセンスなんじゃないかと思うわけですよね。凡庸でない見解が導き出せなかったり、差異を見つけづらいテーマでブログを書くことに、本当に価値はないのでしょうか。また、煽るような記事タイトルや柱を掲げて記事を書き続けたブログは、本当に価値のある面白いブログになるんでしょうか。
もちろんテクニックに類するものはあるけれども、それは書き方の練習と割り切って取り組むことはあったとして、やはり本筋は「そもそも書き手が事象やテーマに対して思ったことを正直に書くこと」だろうと思います。というか、凡庸な見解ばかりでつまらないと言っているのはその本人がそう思っているなのであって、実際にはその人が問題に対して本当に思ったこと、感じたことというのは意外に普通の人とは違ってたり、差異を読み手が感じてくれたりということもあるんじゃないかと。
むしろ、私がブログや本や雑誌寄稿をする場合に心がけているのは、一番最初に言いたいことをきちんとセットしておき、書き出しからオチまでなるだけ一貫した構成にする、ただそれだけです。「この問題や事柄について、これがいいたい」というテーマセットがなければ、どんなに同質なものの中の差異を見つけようと論述にはならないと思うわけです。
論じるべき内容がなければ、文章を書き進めることは意外に困難です。すぐに言い尽きてしまって、それだったらわざわざブログで書かずともtwitterやプロフやモバゲーで書いていればそれで終わってしまう。140字あれば、ふと感じたことなど言い尽くせてしまうんですよ。
だから、どうしてもブログを書こうとディスプレイに向かってキーボードの上に手を置いたけど書き進められない、という人は、こういう6つのエピソードのようなテクニックの問題ではなくて、そもそも書くべきことが見当たらない状態から問題を論じ始められるところまできちんとテーマセットをするというより手前のところの課題をクリアできてないんじゃないのかと感じるわけです。
ある程度、書けるようになったらテクニックに気を遣えばいいんでしょうけれども、本来の意味での「目のつけどころの良さ」ってのは、個人的には最初のテーマセットに尽きると思ってます。そのテーマセットができないのでテクニックに頼るというのは、釣りと同じく無価値な論述を煽動的なタイトルでPVを集めようとする行為に他ならないんじゃないのかなあ。
また、文章力を磨くといっても、やはりその人固有の文体があったり、エッセイと小説とブログとtwitterでは書き方が本質的に違うんじゃないかと思ってます。ケータイ小説を書いていた人が一瞬売れてもその後本格的な小説家に転進できて成功した事例とかそれほど多くないと思いますし、ラノベで頑張っていた人が旬を過ぎたとたんに仕事がなくなるというプロの世界もありますし、ブログの世界でも更新する気力を失って人気の書き手が磨耗して消滅する事例も多々あります。
一番つらいのは、釣りで一瞬PVが増えて喜んでも、釣り続けないとあっという間に読み手が来なくなることなんですけどね。私もいろいろ考えてきましたが、妙な炎上も経験して、また盛り返したりメディアへの寄稿を増やしたり、ブログ移ったり反省したりして、いまではすっかり枯れて、アクセス履歴とかとんと見なくなりました。ライフワークってのは誰かのためにやるものじゃなくて、自分を磨くためにやるものなんだと勝手に自分を説得していたりするわけですけれども(笑)。
もちろん、文章を書くこと、ブログに掲載し続けることに対する考え方や、価値観は様々ありますし、別段一方的に腐すとか批判するという意図があってのエントリーではないんですけれども。
【ブロガー必読】「目のつけどころが良い!」と言われる文章を書くための6つの方法
http://kosstyle.blog16.fc2.com/blog-entry-1440.html
一応、体裁は書評のような形を取っており、齋藤孝氏の『誰も教えてくれない人を動かす文章術』が元ネタのようです。個人的には、いわゆるエッセイを書くための作法のようなもので、書き手が事象を語るにあたって「他人との違う何か」を提示しなければならないシチュエーションに対するテクニックを「人を動かす」というテーマでまとめた内容であるように感じます。ただ、これに熟達したからといって、読んだ人が動いてくれるかどうかは当然別問題ではあるんですけれども。
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誰も教えてくれない人を動かす文章術
この本のエッセンスをブログ執筆という個人の営みへブレークダウンしたのが上記の【ブロガー必読】と題される記事に昇華したのだろうと思いますが、これというのは平凡なブログにしないための記事作りを出発点としながらも、その到達点は立派な煽りブログの作り方なんじゃないのと思うところが大であります。
6つにまとめ直したエピソードで見ると分かりやすいんですが、
1. 凡庸さは恥と心得る
2. タイトルは意外なものを組み合わせる
3. タイトルに「具体的なもの」と「抽象的なもの」を組み合わせる
4. 同質のものの間の差異を見つける
5. 異質のものから共通点を見つける
6. 「引用」で「お得感」を出す
これ、全部釣り堀のエッセンスなんじゃないかと思うわけですよね。凡庸でない見解が導き出せなかったり、差異を見つけづらいテーマでブログを書くことに、本当に価値はないのでしょうか。また、煽るような記事タイトルや柱を掲げて記事を書き続けたブログは、本当に価値のある面白いブログになるんでしょうか。
もちろんテクニックに類するものはあるけれども、それは書き方の練習と割り切って取り組むことはあったとして、やはり本筋は「そもそも書き手が事象やテーマに対して思ったことを正直に書くこと」だろうと思います。というか、凡庸な見解ばかりでつまらないと言っているのはその本人がそう思っているなのであって、実際にはその人が問題に対して本当に思ったこと、感じたことというのは意外に普通の人とは違ってたり、差異を読み手が感じてくれたりということもあるんじゃないかと。
むしろ、私がブログや本や雑誌寄稿をする場合に心がけているのは、一番最初に言いたいことをきちんとセットしておき、書き出しからオチまでなるだけ一貫した構成にする、ただそれだけです。「この問題や事柄について、これがいいたい」というテーマセットがなければ、どんなに同質なものの中の差異を見つけようと論述にはならないと思うわけです。
論じるべき内容がなければ、文章を書き進めることは意外に困難です。すぐに言い尽きてしまって、それだったらわざわざブログで書かずともtwitterやプロフやモバゲーで書いていればそれで終わってしまう。140字あれば、ふと感じたことなど言い尽くせてしまうんですよ。
だから、どうしてもブログを書こうとディスプレイに向かってキーボードの上に手を置いたけど書き進められない、という人は、こういう6つのエピソードのようなテクニックの問題ではなくて、そもそも書くべきことが見当たらない状態から問題を論じ始められるところまできちんとテーマセットをするというより手前のところの課題をクリアできてないんじゃないのかと感じるわけです。
ある程度、書けるようになったらテクニックに気を遣えばいいんでしょうけれども、本来の意味での「目のつけどころの良さ」ってのは、個人的には最初のテーマセットに尽きると思ってます。そのテーマセットができないのでテクニックに頼るというのは、釣りと同じく無価値な論述を煽動的なタイトルでPVを集めようとする行為に他ならないんじゃないのかなあ。
また、文章力を磨くといっても、やはりその人固有の文体があったり、エッセイと小説とブログとtwitterでは書き方が本質的に違うんじゃないかと思ってます。ケータイ小説を書いていた人が一瞬売れてもその後本格的な小説家に転進できて成功した事例とかそれほど多くないと思いますし、ラノベで頑張っていた人が旬を過ぎたとたんに仕事がなくなるというプロの世界もありますし、ブログの世界でも更新する気力を失って人気の書き手が磨耗して消滅する事例も多々あります。
一番つらいのは、釣りで一瞬PVが増えて喜んでも、釣り続けないとあっという間に読み手が来なくなることなんですけどね。私もいろいろ考えてきましたが、妙な炎上も経験して、また盛り返したりメディアへの寄稿を増やしたり、ブログ移ったり反省したりして、いまではすっかり枯れて、アクセス履歴とかとんと見なくなりました。ライフワークってのは誰かのためにやるものじゃなくて、自分を磨くためにやるものなんだと勝手に自分を説得していたりするわけですけれども(笑)。



