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- 2011年05月16日 20:25
馬鹿は馬鹿のはずなのに、なぜ滅ばないのか
環境は、適応していない個体を取り除くはずなんだけれども、自分も含めて「別に環境に適応してないはずなんだけど、どうにかなっちゃってる馬鹿」っていっぱいいるじゃないですか。普通は、環境が影響を及ぼして、競争に負けた個体は死んじゃったりするんだと思うんですが、振り返ってみて「ああ。私って馬鹿だなあ」と思っても、なんだかんだであれこれやらかしているうちに、どうにかなっちゃったりします。
振り返ってみると、あいつ賢いし、うまく立ち回ってるなあ、と感心してた奴が破産してたりとか。ちと原宿の某一件をさっき詳しく聞く機会があったのですけど、超うまくいってて、会社もガンガン拡大してるのに、著名で優秀なはずの本人がいろんな筋に喰い付かれて身を持ち崩していたりとか。もったいないというか、残念というか。
馬鹿が滅ばないのは周辺にいる奴らはもっと馬鹿だからだ、というのもあるかもしれませんけど、でも上にいる人とか偉い人とかが、何か変なことしてて「馬鹿だなあ」と思う機会が凄く増えたような気がするんですよ。「何でそこに拘ってるの? もうそれって、現実のルールからすると関係ないでしょ?」みたいな。
ベンチャー界隈とかだと、起業文化は大事だねという話と、日本産業の伝統的に良い部分を融合しようとか綺麗な掛け声が出てて、日本の産業はモノづくりが大事だ、製造業は日本の宝だとか言うわけですよ。いや、確かに日本の製造業は素晴らしい技術を持って頑張っておられるところはたくさんあります。それは事実です。でもねえ、そういう職人の伝統芸に対する信仰のようなものと、これから頑張っていくぜ的なベンチャー精神とって組み合わせればそれでOK的な話にはなかなかならんのではないのか、と思うわけですね。だって、40年とか時間を掛けて磨き上げた技術をおいそれとその辺の新参ベンチャーが真似できるはずがないじゃないですか。そこに凄い技術革新があって、職人芸がなくとも達成できるモノづくり上の何か、ってのがあるんなら話は別ですけれども、あんまりそういう話は聴いたことがないんですよね。それだったら、技術は歩けど経営が前近代的な中小企業がスムーズに第三者に事業継承できるような税制や投資の枠組みを充実させたほうが、よほどモノづくりの継続には役立つんじゃなかろうかと思ったりします。
ところが、モノづくりこそ日本の原点だと信じてやまない人が、その場その場の日本経済を語るキーワードに結び付けてそれっぽいことを言うだけで、じゃあどれだけ日本発の技術が継承され、利益を出して納税しているのか、日本の社会に貢献しているのかってことがきちんと検証されないまま方針策定されていて馬鹿なのかと。それって、空母の重要さを認識しながら戦艦を建造し続けてるのと大差ないじゃんとか思うわけです。
ちょっと前に、そういう不思議な人たちはモノづくりに「グローバルスタンダード」をくっつけてあれこれ語ってたりするんですよね。グローバルスタンダード。確かにそんな単語あったなあと思うんですが、輸出産業に磨きを掛けてコモディティ化に対応したり、資金調達の方法を多様化させて経営合理化を進めていこうという以上の話は何一つなかったりするのですが。
そういうマインドの人たちが、今度は東北の経済を再興しようとかいって、また工場誘致とかやらかしそうな気配で。いや、いいんですよ、勝算があって、競争力のありそうな会社さんに東北への投資が促せるのなら。でも、話を聞くと東北地場でいて被災して競争力を失った会社への融資を肩代わりして… って、それまんま破綻処理じゃないですか。ある種のゾンビ栽培ですわね。そりゃあ幾らなんでも馬鹿すぎるだろと思いながら、私も会議の置物になってるわけですが。
まあ、こんなのは一例で、敗戦処理というのは随所に山ほどあって、クールジャパンとか知財の方面もなかなか困難なところに直面しつつあるし、ソフトパワーとか一口に言うのは良いけど東京以外ではなかなか競争力を確保できる企業が育成できないという現実もあります。でも、みんな一枚どうしても噛みたいから、お題を増やして膨らませて、自分の席を確保しようと動くんですよね。馬鹿なのかなあと思いながら見ているわけですが。
誰が一番馬鹿かって、私なんですけどね。こんなブログで愚痴垂れてないで、とっとと本人に馬鹿なんじゃないですかその政策はと言うべきなんでしょうけれども。敗戦処理って地道に動いてればいつかは消化されるから、私自身が思考停止しているんでしょうね。頑張ってる自分に満足して、全体の利益を見失ってる的な。派手な存在に見えて得意とするのは地味な作業なもんで、どうしても埋没するわけでありまして。
どうして私はこういうスキルセットで満足してこのスペックのまま生きてきちゃったんだろうね。早く帰って勉強しよ。
振り返ってみると、あいつ賢いし、うまく立ち回ってるなあ、と感心してた奴が破産してたりとか。ちと原宿の某一件をさっき詳しく聞く機会があったのですけど、超うまくいってて、会社もガンガン拡大してるのに、著名で優秀なはずの本人がいろんな筋に喰い付かれて身を持ち崩していたりとか。もったいないというか、残念というか。
馬鹿が滅ばないのは周辺にいる奴らはもっと馬鹿だからだ、というのもあるかもしれませんけど、でも上にいる人とか偉い人とかが、何か変なことしてて「馬鹿だなあ」と思う機会が凄く増えたような気がするんですよ。「何でそこに拘ってるの? もうそれって、現実のルールからすると関係ないでしょ?」みたいな。
ベンチャー界隈とかだと、起業文化は大事だねという話と、日本産業の伝統的に良い部分を融合しようとか綺麗な掛け声が出てて、日本の産業はモノづくりが大事だ、製造業は日本の宝だとか言うわけですよ。いや、確かに日本の製造業は素晴らしい技術を持って頑張っておられるところはたくさんあります。それは事実です。でもねえ、そういう職人の伝統芸に対する信仰のようなものと、これから頑張っていくぜ的なベンチャー精神とって組み合わせればそれでOK的な話にはなかなかならんのではないのか、と思うわけですね。だって、40年とか時間を掛けて磨き上げた技術をおいそれとその辺の新参ベンチャーが真似できるはずがないじゃないですか。そこに凄い技術革新があって、職人芸がなくとも達成できるモノづくり上の何か、ってのがあるんなら話は別ですけれども、あんまりそういう話は聴いたことがないんですよね。それだったら、技術は歩けど経営が前近代的な中小企業がスムーズに第三者に事業継承できるような税制や投資の枠組みを充実させたほうが、よほどモノづくりの継続には役立つんじゃなかろうかと思ったりします。
ところが、モノづくりこそ日本の原点だと信じてやまない人が、その場その場の日本経済を語るキーワードに結び付けてそれっぽいことを言うだけで、じゃあどれだけ日本発の技術が継承され、利益を出して納税しているのか、日本の社会に貢献しているのかってことがきちんと検証されないまま方針策定されていて馬鹿なのかと。それって、空母の重要さを認識しながら戦艦を建造し続けてるのと大差ないじゃんとか思うわけです。
ちょっと前に、そういう不思議な人たちはモノづくりに「グローバルスタンダード」をくっつけてあれこれ語ってたりするんですよね。グローバルスタンダード。確かにそんな単語あったなあと思うんですが、輸出産業に磨きを掛けてコモディティ化に対応したり、資金調達の方法を多様化させて経営合理化を進めていこうという以上の話は何一つなかったりするのですが。
そういうマインドの人たちが、今度は東北の経済を再興しようとかいって、また工場誘致とかやらかしそうな気配で。いや、いいんですよ、勝算があって、競争力のありそうな会社さんに東北への投資が促せるのなら。でも、話を聞くと東北地場でいて被災して競争力を失った会社への融資を肩代わりして… って、それまんま破綻処理じゃないですか。ある種のゾンビ栽培ですわね。そりゃあ幾らなんでも馬鹿すぎるだろと思いながら、私も会議の置物になってるわけですが。
まあ、こんなのは一例で、敗戦処理というのは随所に山ほどあって、クールジャパンとか知財の方面もなかなか困難なところに直面しつつあるし、ソフトパワーとか一口に言うのは良いけど東京以外ではなかなか競争力を確保できる企業が育成できないという現実もあります。でも、みんな一枚どうしても噛みたいから、お題を増やして膨らませて、自分の席を確保しようと動くんですよね。馬鹿なのかなあと思いながら見ているわけですが。
誰が一番馬鹿かって、私なんですけどね。こんなブログで愚痴垂れてないで、とっとと本人に馬鹿なんじゃないですかその政策はと言うべきなんでしょうけれども。敗戦処理って地道に動いてればいつかは消化されるから、私自身が思考停止しているんでしょうね。頑張ってる自分に満足して、全体の利益を見失ってる的な。派手な存在に見えて得意とするのは地味な作業なもんで、どうしても埋没するわけでありまして。
どうして私はこういうスキルセットで満足してこのスペックのまま生きてきちゃったんだろうね。早く帰って勉強しよ。



