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難病の人が働きやすい職場は、みんなにとっても働きやすい~大野更紗×麻美ゆま対談・後編

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自分の信じる力を大事にしていた

永田:残り時間が10分少しありますので、会場からの質問を受け付けたいと思います。

会場:大野さんに質問です。とても大変な闘病の状況で、大学院の博士前期課程にまた通われようと思ったきっかけは、一体何だったんでしょうか?

大野:『困ってるひと』が出たのが2011年6月で、今日は2014年7月なので、3年経っています。先ほど、自分がミャンマーの研究をやりたいと思っていたとお話しましたが、しばらく経つと前と同じことをやることは無理だということが、さすがにわかるわけですよね。

どう楽観的に考えても、無理。20代前半に「これのためなら、何を捧げてもいい」と思ったことを諦めないといけない。『シャバはつらいよ』の中にもちょっと書いたんですけど、文献を全部処分したんですね。

3.11が起きて親が消息不明になった時も、一滴の涙も出なくて、自分はそういう感情が枯れたと思っていたんですけど、文献を処分する時にもう泣けて泣けて。段ボールに文献を入れながら、「やっぱりこの研究を続けられないんだ」と実感してわかってきて。

ただ人は結構しぶといもので、「ちょうど当事者になったということもあるし、関心もあるし、面白そうだし、日本の社会保障のこと、福祉のこと、病気や医療のことをやってみようかな」と思って今に至る、みたいな感じです。今も、なかなか大変は大変、もともと凡庸以下ですし、病気も元気ですから。でも、これしかできないんですよね。

自分の中で「これだけは譲れない」というものが、人の一生の中にはあると思います。それは、どんな病気、災厄が降りかかってきても、その人の芯になっていて、それを揺るがすことはなくて。テーマは変わったんだけど、今の院生生活にもう一度戻るという選択になったのかなと思います。

会場: お2人は、病気になられた時は大変不幸だと、世界でいちばん不幸だと思われたと思いますが、その一方でお2人は乗り越えてきました。病気に立ち向かう姿勢とか、今思えば、何が闘病に役だったのか、是非教えて下さい。

麻美:私自身も闘病中は何度もくじけそうになって。抗がん剤治療を受けに行くのも、副作用がどうしても出るので、「何のために病院に行っているのだろう」という思いもありました。行ってもただ辛いだけだし、「病気が良くなるために病院に行ってるのかな」「受ける意味あるのかな」と思ったりもしました。

でも、その先に待っているものを自分は信じたくて。やっぱり動けるようになったら、これをこうしたいなとか。治療中は、まだまだ自分の先というものが見えなかったんですけど、その先にあるものを自分が見たい一心で、日々耐えるしかないと思っていました。自分の中で、自分の信じる力を大事にしていたかなと思いますね。

私も最初に「悪性の疑いがあります」と言われた時は、いろんなことを試しました。それこそ食事療法だとかいろいろやりました。でもきっと、自分が信じることが一番大事なんだろうと思います。自分を信じて、貫き通してほしいなとも思います。

また、やはり自分自身もそうですが、周りに支えてくださってる方が本当にたくさんいて。 家族、友人、たくさんの方なんですけど。自分のためもそうだし、周りのためにも、やっぱり頑張りたいとすごく思ったんですよね。自分1人の力じゃ乗り越えられなかった。その気持ちを返したい、これからみんなと楽しいことも共有したい、そういう気持ちで、治療を前向きに、前向きにと。

もちろん落ち込む時もありましたが、でもそうやって落ちた所で、考えても解決できないし。だとすれば信じるしかないと、信じて、前向きに闘いました。

大野:私、全然乗り越えてないですよ(笑)。もうぐっだぐっだに未練たらたらですから。

自分の病気を許しがたいと思う時もあります。正面から闘う時もありますし。免疫抑制剤を常に投与しているので感染症に罹患しやすいので、今マスクをしていますが、実は今年は2月と3月にノロとインフルエンザにかかって、もう大変でした。あやうく死にかけ、ドクターに怒られてしまいました。

そういう時は、劇的に病気と対峙しているのですが、そうじゃない時が、日常の大半の時間を占めるんです。全身の痛みや、言葉にできないような倦怠感、疲れやすさや病気のコントロールのために必要な朝から眠る前までの日常生活の工夫と服薬管理。そういう延々とした時間と、どうやって付き合っていくか。慢性の病気とか、治癒が困難な病気とか、再発のおそれのある病気を抱えながら、自分ではどうしようもないことを抱えながら生きるということは、そういう状況にサーフボードのように適当にユラユラのってみるというのも、それはそれで1つのあり方なのかなと思ったりもします。で、たまに無茶してドクターに説教される、みたいな感じですかね。

永田:最後にひと言ずつ、ご感想をいただければと思います。

麻美:今日はこういう場で大野さんともお話させていただいて、これから自分も頑張っていこうという力をいただきました。

今回、「女性と闘病」というテーマでしたが、今の時代、逆に病気にならない人って、いないじゃないですか。風邪だったり小さなものを含めれば、病気にならない人のほうが少ないと思うので、自分がどういう病気になったとしても、その病気にすべてを持っていかれたらいけないんだと思いました。

今現在、闘病なさっている方もいると思いますが、一番は自分だと思うので、その病気といかに向き合って、自分を大切に生きていけるか、ということがすごく大事だと思うので、これからも、一日一日を大切に過ごしていただきたいなと思います。今日はどうもありがとうございました。

大野:闘病記というのはいろいろあるのですが、とてもいい本です。『Re Start~どんな時も自分を信じて』著者、麻美ゆま。一気に読みました。

職業柄ご献本をいただくのですが、あまりお世辞は言わないほうなんです。でもこれ、いい本だと思いました。特に、女性が女性特有の病気に罹って、それと闘うということがどういうことなのかっていうのが、リアリティがあって。素直に一読者として読ませていただきました。

ガンと総称で言われても、5大疾病ですから、母数が大きい分だけ様々な状態があって逆にイメージが湧きにくいというところもあると思います。難病よりはガンのほうが“クジ”を引く確率が高いと思います。もし自分が“クジ”を引いたら、どういうことに備えれば良いのかな、どういう準備をしたらいいとか、すごくよく伝わってくる本ですので、ぜひ皆さん、読んでいただいたらと思います。

麻美:ありがとうございます!あと、ご来場の方にお伝えしたかったんですが、私の病気は、「卵巣境界悪性腫瘍」ということで、「ガン」とひとくくりになったりしますが、あくまでも良性と悪性の間のものなので、「ガン」と言うと語弊があるかなと思います。統一した見解がないそうで、先生の中でも「低悪性」と捉える方もいるし、「中間のもの」と捉えることもあるので、そのへんのところを理解していただけたらなと思います。

プロフィール

大野更紗
1984年生まれ福島県出身。上智大学大学院に在学中に、自己免疫疾患系の難病(皮膚筋炎、筋膜炎脂肪織炎症候群)を発症し休学。その体験を綴った『困ってるひと 』(ポプラ社)がベストセラーになる。都内で闘病・在宅生活をしながら、執筆も続けている。
・Twitter:@wsary

麻美ゆま
1987年生まれ群馬県出身。2005年にAV女優としてデビュー。その後、テレビドラマや映画出演など様々な分野で活躍を見せる。タレントとしての絶頂期に「卵巣境界悪性腫瘍」が見つかり、卵巣・子宮を全摘出。半年間に及ぶ抗がん剤治療を経て、現在は講演、タレント活動を続けている。今年5月、初の自叙伝『Re Start ~どんな時も自分を信じて~ 』(講談社)を発売した。
・Twitter:@asami_yuma


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