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わからないことだらけで、ネガティブな思考との闘いだった~大野更紗×麻美ゆま対談・前編~

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1年以上、診断がつかない医療難民生活を過ごした

永田:大野さんはいかがですか。元々、ミャンマーの難民支援に興味をもって、現地でフィールドワークなど精力的に活動されていた分、ご自身の病気に気付かれた時のギャップもあったと思いますが。

大野更紗氏(以下、大野):私の場合、ちょうど大学の学部4年が終わって、大学院に進学したばかりでした。タイとミャンマーの国境に10か所くらいキャンプがあって、常時14~15万人ぐらいミャンマー難民の人たちがいたんですが、そこをメインのフィールドにして、その人たちの調査をする準備をしていたんです。タイで調査を行うためのアカデミック用のビザを取得する手続きが結構煩雑で、それに四苦八苦していました。

一番最初に覚えている自覚症状というのは、2008年の夏の終わりぐらいのことですね。当時、お友達とシェアハウスしていたんですよ。東南アジアで頭がいっぱいで、それ以外のことには頓着しない貧乏学生だったので、今どきベッドもなくて煎餅布団に寝ていたんですが(笑)、布団から起き上がれないことに気が付いた。

それまでは、まともに病院に行ったことがない、絵に描いたような健康優良児でした。かかった病気で一番大変なものといえば、インフルエンザというぐらいでした。日本の大学病院なんて、行ったこともないし見たこともなかったですね。医療の世界というのは、私にとっては、東南アジアでフィールドワーク中に、バラックみたいな簡易病院にNGOのドクターたちが各国から集まっていて、急性症状や感染症の治療をしているイメージですよね。慢性疾患とか、重い病気とか、高度な医療に対するイメージが、そもそもまったくなかったんです。

「なんか、起き上がれないな」というその段階で症状が相当進行していたのだ、ということはずっと後になってから知りました。……実は人間の頭って結構重いんですけども、筋膜への炎症がひろがっていて、自分の頭を持ち上げる筋力が既になかったんだということを、ずっと後になってから主治医のドクターと話ながら気が付きました。炎症で筋肉が破壊されて、その時には、自分の頭が上げられなかったと。これに限らず、いろんなことはすべて、後になってから理解するんですが、その時はとにかくわけもわからずに「何かおかしい」っていう感じですよね。

今まで、どのぐらい「健康」だったかというと、布団から起き上がれなくなった時に家に体温計を持ってなかったんですよ。大学の研究仲間たちが、さすがに「おかしいよ、絶対におかしい」と言ってくれるわけです。それでルームメートに頼んで、体温計を買って来てもらって、計ったら39度ある。タクシーに乗って、近くの総合病院に行ったのが、一番最初でした。

その時は、奇妙だなと。自分の体ながら、本当に奇妙だなと思いました。今でも覚えているのですが、徐々に両腕に点々と紫の斑点みたいなのが出てきたんです。「これはどこかにぶつけたのかな」と思いました。病院にはたくさんの診療科がありますけど、まずどこの診療科に行けばいいか分からなかったので、ひとまず整形外科に行ったんですよ。そうしたら、その病院のドクターが嫌な感じの表情を浮かべて、「こういうのはちょっと、内科の先生にちゃんと診てもらったほうがいいと思うから、また予約を取り直しますから明日もう一度と」言われて、次の日、同じ病院にまたタクシーで行ったんです。

その時から1年以上、診断がつかない、長い医療難民生活が始まったんです。38~40度レベルの高熱が、24時間ずっと下がらない。熱があるだけで消耗しました。思考も朦朧とした。だんだん体中の粘膜が真っ赤になって、血が出てくる。だんだん髪の毛も抜けてきて…。自分では何が起きているのかさっぱりわからない。だけど、加速度的に病状が進行していく。それでもなお、どこの病院に行っても、ドクターから「よくわからない」って言われる。何の判断のしようもなかったですね。

永田:「よくわからない」という診断を受けた後は、「じゃあ別の科に行ってみよう」とか、「もっと大きな病院に行ってみよう」というアクションをとられるわけですか?

大野:当時、すごい高熱で、細部の記憶がところどころ抜けているんですが、友人の話によると、ほとんど飲み食いもできない状態で、一人では布団から立てる状態でもなくて、部屋の中を這って移動していたということなんです。その時は、中央線沿線に住んでいたので、中央線駅前の評判のいい皮膚科のクリニックにたまたま行ったんです。とりあえずタクシーに乗って、駅前に出て、その病院に入って、ドクターに腕を見せたら真っ青な顔になって、走ってどこかに行ってしまったんですよ。「先生、どっか行っちゃった」と思っていたら、5分くらいして戻って来て、分厚い医学書を持ってきて、パラパラパラとページを開きはじめたんです。

「大変な病気かもしれないので、今すぐ大学病院行ってください。紹介状を書きますからね」と言われました。本当に健康っていうのは怖いもので、当時の私は、病気の恐ろしさがなんにも分かっていなかったんですね。自分が難病にも関わらず「先生、私、今週中にタイの大使館に行かないといけないので、来週まで待ってもらえませんか」と。「来週までの熱冷ましの薬もらえませんか」と言って、ロキソニンをもらって、うちに帰って、それから大学病院に行ったわけです。そして、初めて大学病院に行って、そこでもずっと「わからない」と言われたんですよね。

永田:大野さんの場合、何だかわからないまま「なんだなんだ」と思っている時間のほうが長かったんですね。

大野:「なんだなんだ」と思っている期間が1年以上ありました。その期間の間にも病状は進行してしまいます。さらに問題なことに、診断名が付かないんです。診断名がつかないと、大学を休学するとか、お仕事や研究をお休みするといった時に、診断書も書いてもらえないわけですよね。

さらに、社会制度があっても、診断名がつかないと使えないんです。どんどん体も疲弊していきますが、さらに心も追い詰められていましたね。「このままだったら、私一体どうしたらいいんだろう」って、精神的にも追い詰められていましたね。

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