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藪をつついた末に出てきた残念過ぎる“折衷案”

産業構造審議会小委での議論もひと段落した中で、どこかで一言・・・と思いながら、なかなかこのブログの中で書くタイミングがなかった「特許法35条改正」問題だが、審議再開を見越して、か、日経新聞の法務面に、渋谷高弘編集委員*1の記事が掲載されたので、そのタイミングに便乗して(苦笑)、ここ数か月の動きについて少しコメントしてみることにしたい。

昨年から、知財法分野における「重点検討項目」として取り上げられ、一時期は、産業界の要望に添う形での法改正が「確実」というアドバルーンさえ挙がっていたこのテーマだが、産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会に議論の場が設けられて以降は、一気に揺り戻しの動きが強まっている。

日経の法務面の記事も、以下のようなリード文で、現在の状況を端的かつ克明に伝えている。

「企業の研究者などが仕事で生み出す『職務発明』の帰属を巡り、特許庁の小委員会での議論が難航している。企業の競争力向上を目指す政府の方針を受けて、職務発明を現在の『従業員のもの』から『会社のもの』へと転換できるか審議しているが、企業側と従業員側の委員の間で意見は真っ向から対立。目標とする今年中に結論が出るか不透明だ。」(日本経済新聞2014年8月18日付朝刊・第15面)

1年以上前に、この話が湧いて出た頃から、自分は、「35条改正」をやみくもに唱えるのはいかがなものか、ということを散々書いてきた*2

今日の記事でも書かれているように、平成16年法改正で、発明者補償について使用者が定めた額の合理性が法的に担保される可能性が高まったにもかかわらず、その効果も見極めないまま、さらに“再改正”を唱える、というのはあまりに拙速だし*3、法定の発明者補償が廃止された後の発明者へのインセンティブ付与制度について、企業側が十分な青写真を示せてこなかった*4、といったことから、議論の場に載せれば、「異論続出」という事態になることは十分予想できたことである。

そして、そのような異論を克服できるだけの強固な立法事実を示せない限り、産業界の要望通りに話を進めることが難しい、ということも、分かり切ったことであった・・・。

もちろん、要望を出している「産業界」の側も、ここ1,2年の間の瞬間的な思い付きで「法改正」を唱えているわけでは決してないはずで、述べられている内容にしても、平成16年改正の議論が始まった頃からずっと、ほぼ一貫しているように見える*5

そして、そういう歴史を背負って、切実な思いでロビイング等で先頭に立って動いている方々も、きっと大勢いるはずだから、産業界側が今回改正を持ち出したことそれ自体を批判するのは、さすがに行き過ぎだろう。

しかし、議論を重ねれば重ねるほど、旗色が悪くなっていく、という現在の展開を見てしまうと、どうしても、戦うための備えは本当に充分だったのか、逆サイドの利益への配慮が不十分なまま、「そうあるべき」論だけが先行してしまっていたのではないか、と思わずにはいられない。

そして、何よりも、今回の審議会の議論の過程が良くないのは、このような混迷状況ゆえ、

「発明者に権利がなくても報奨金や処遇で報いる基準を企業が示し、それを同庁(注:特許庁)が『審査・認定』した企業だけに職務発明の法人帰属を認めることを検討する」(同上)

という特許庁の(良く分からん)「折衷案」を生み出してしまったことにある。

今年の春先に(法人帰属化と引き換えに)「発明報奨規則を義務づける」という不穏な動きが打ち上げられた時に*6、すごく嫌な予感がしたのであるが、いざ審議が始まって出てきた案は、もっと過激なものだった。

本来、使用者と従業者との間の、内部関係の問題に過ぎない「発明者に対するインセンティブ付与」の領域に、よりによって役所が「事前規制」の形で土足で踏み込んでくることを「是」としてしまうようなことが到底許されるはずもないわけで*7、何で、こんなことになってしまっているのか・・・と、外野の人間としては嘆かずにはいられない。

前記の日経の記事は、産業界、労働側、発明者等、様々な角度からの声を一通り紹介した上で、

「関係者は拙速ではない議論を続けるべきだろう。」(同上)

と括っている。

しかし、公開されている最新の議事録(第7回特許制度小委員会、6月18日開催)*8で、中間的な“まとめ”として確認されている、以下の6点の内容を見る限り、どんなに頑張っても、産業界側が当初描いていたような“思惑”を達成できるとは到底思えない*9

1「研究者の研究開発活動に対するインセンティブの確保と企業の国際競争力、イノベーションの強化をともに実現するべく、職務発明制度の見直しが必要と考えられる。」

2「オープン・クローズ戦略といった多様な知的財産戦略を使用者等が迅速・的確に実行するためには、一定の場合には、例えば、従業者帰属を使用者帰属とするなどの制度の見直しの合理性が認められる。」

3「一定の場合に、使用者帰属を認めるとしても、全ての使用者等について一律に従業者帰属を使用者帰属に変更する必要があると認められるほどの事情の変化が平成 16年以降に生じていることまでは見出せない。」

4「使用者等の自主性のみに委ねても、従業者等の発明のインセンティブが確保されるとは言えない場合がある。」

5「従業者等の発明のインセンティブが実質的に確保されている場合には、現行法のように法定の対価請求権を設ける以外の方法も考えられる。」

(強調筆者)

だとすれば、“折衷案”をベースに、妥協に妥協を重ねて議論が明後日の方向に行く前に、ひとたび議論を打ち止めにして、平成16年改正法の下で、更なる法改正のために必要な立法事実が生じているのかどうかを、じっくり見定めた方が良いのではないだろうか。

今般の改正議論の中でも言われていたように、各企業において、発明者に対する補償金算定の実務を緻密に行おうとすればするほど、知財部門には大きな負荷がかかるのは間違いないし、現に今でも相応のエネルギーを、その部分に費やしているのは間違いない。

でも、企業の知財部門を担っている実務者のほとんどは、「発明をする人がいるから『特許』が生まれる」(そして自分たちが食える)ということは十分理解して、研究、開発の前線にいる社員を常にリスペクトしながら仕事をしているわけで、現在の実務の下で「しばらく様子を見る」くらいの手間を厭うような者はいないはず。

「競争力」とか「イノベーション」といった言葉に踊らされることなく、関係する全ての実務者が、地に足を付けた、冷静な思考を巡らせることこそが、今求められていることだと思うのである。

*1:渋谷氏は、かつて「職務発明」のネタで本を一冊出されたほどの方であり、この分野に関しては、メディア界でも「別格」と言ってよいくらい精通されているお方である。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20051227/1135707123

*2:例えば、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130527/1371404833など。

*3:今日の記事の中でも、「現状は法改正が必要だと主張するための差し迫った状況がない」という指摘がなされているし、竹田稔弁護士の『さらなる法改正は時期尚早』というコメントも紹介されている(なお、改正法施行後の特許を対象にした訴訟、として、少なくとも1件は公表裁判例があるはずで、その部分のコメントは正確ではないように思う)。

*4:「法人帰属」化することによるメリット、が強調される一方で、その後に来る新たな“インセンティブ付与”のスキームについては、「企業の方でちゃんとやるから」というレベルの抽象的な話に留まることが多かったように思う。

*5:その意味で、特許発明の「法人帰属化」は、産業界にとっての“悲願”ともいえるミッションになっている、といえる。

*6http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140324/1396018081参照。

*7:訴訟になれば、結局裁判所が金額に介入するのだから同じことではないか、という意見があるのかもしれないが、私人間の争いを中立な第三者機関が裁く、という司法制度の機能と、行政機関が事前に審査して、企業の制度の適否を決める、という行政規制の機能は決定的に異なる。「企業の自由度を高めよ」という主張を掲げながら、後者のような前時代的な制度の元に甘んじるようなことになるとしたら、正直目、目も当てられないことになってしまうだろう。

*8http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/tokkyo_seido_menu/newtokkyo_007.pdf

*9:最初の数点で、産業界側の主張を取り込んでいるように見えて、コアな部分ではざっくり退ける形になっているのが、いかにも・・・である。

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