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弁護士「事件化」社会の危うさ

「小さなことでも弁護士に」「とりあえずは裁判所へ」。今回の司法改革が目指し、そして、いまでも国民に推進派が訴えかけているのは、こうしたことが当たり前の社会です。いまさらいうまでもないことですが、膨大な不正解決や泣き寝入りが、この国にはびこっているとした、この「改革」路線では、予防法務という意味でも、公正な解決を目指す意味でも、それが当然という描き方になっています。弁護士激増政策の一つの根拠も、そこにあったといえます。

 今でも日弁連はCMを作って、「小さなことでも」と訴えていますし、個々の法律事務所のホームページでも、この言葉をコピーとして使っているところがみられます。弁護士によって、とらえ方が違うもしれませんが、少なくともこの言葉には、顧客誘引のための、それこそコピー本来の意味が込められているようには思います。

 ただ、そもそもこの「小さなことでも」弁護士が介入し、とりあえず司法の判断を仰ぐ、という方向の社会を「当然に」望ましいものとして、社会は受け入れられるのか、という疑問を持ってしまうのです。以前も書きましたが、「訴訟社会、結構じゃないか」と言う弁護士がいました。これは、明らかに冒頭の「改革」のメリットの強調です。つまりは、「小さなことでも」弁護士が介入し、この社会にある紛争をできるだけ裁判所に持ち込む方向でなければ、結局、この国にはびこっている不正解決や泣き寝入りは解決しないじゃないか、ちょっとやそっとの「訴訟社会」化は、日本の社会ではむしろ歓迎すべきで、市民のためにもなる、という話です。

 しかし、時々、弁護士の口から聞かれる「事件化」という言葉に、立ち止まる市民も少なからずいます。弁護士側は、比較的抵抗なく、この表現を使っているようにもみえますが、市民のなかにはある種の違和感を持って受けとめられる要素があります。要は、「事件にする」あるいは「司法に持ち込む」必要がないもの、回避できるもの、さらにいえば、持ち込むべきものではないもの、までが、専門家の意思・主導で実行されるのではないか、という危惧が生まれているのです。

 だれのための「事件化」かといわれれば、もちろんすべての弁護士が「依頼者のため」あるいは「正義のため」といい、決して「自分のため」「利益のため」とは言わないでしょう。しかし、そこを社会がスレートに受け入れているのかどうかは、甚だ疑問といわなければなりません。

  「言いがかりの事件化」。昨今、こう表現したくなるようなケースを嘆く、市民の声を、以前よりよく耳にするようになった印象があります。およそ「言いがかり」のような相手方の主張に弁護士が加担し、法的に訴えてくるというパターンです。弁護士に聞くと、彼ら自身も訴訟の相手方に対してそれを感じている、という声が返ってきます。

 これは、弁護士側の大きく二つの問題が反映している現象のようにとれます。一つは、依頼者に対する説得という点。同業者からみても、依頼者が求める「言いがかり」のような主張に対して、弁護士が説得して諦めさせたり、諫めたりしないのだと。かつてならば、弁護士としては、信じられないような無理な主張が展開されるのは、要は、かつて行われていたことが行われていないから、ということを感じとっている同業者は少なからず存在しています。

 そして、もう一つは、第1点ともつながってしまうことですが、弁護士の「正義感」という点。つまり、そうした説得を試みないことで「事件化」されることに、弁護士が不正義なものを感じなくなっていることです。「言いがかり」の訴えで、相手を巻き込み、必要のない経済的時間的負担を課しても、最終決定者は裁判所。主張できるものは主張し、司法の判断を仰いだだけ、と弁護士はいえる、という話です。

 依頼者と話していても、「普通はこんなことでは訴えて来ない」と言いつつ、弁護士は、かつてよりもきっちりと注釈をつけなければならなくなっているようです。「でも、断言はできません。昔と違って、いろいろな弁護士がいるので・・・」

  「タレント契約」「営業委託契約」などをタレント事務所と締結した女子大生がアダルトビデオ出演を強要されている問題を取り上げた伊藤和子弁護士のブログがネット上で話題になっています。このなかで、仕事の実態を知って「やめたい」と申し出た若い女性に違約金を釣り上げてきたプロダクション側が、最終的に「人権派弁護士」を標榜する弁護士をたて、法外な請求をしてきた、というケースが紹介されています。

 この「人権派弁護士」の登場には、ブログ氏も驚いていますし、ネット上では同業者からも実名公開すべき、という声があります。ただ、こうした明らかに「公序良俗違反」で違約金請求など根拠がない事案が、弁護士によって「事件化」されてしまう。もちろん、この「人権派弁護士」も、当然、「正当な権利」主張として、それなりの言い分を掲げるでしょうし、裁判所が正しい結論を出せば、正義は守られるという人もいるかもしれません。しかし、ここで、前記二つの弁護士の問題が問われなくていいのだろうか、という気がするのです。

 そして、いうまでもないことですが、これはこの件に限りません。むしろ、たまたまこういう形で取り上げられた案件だったというだけで、多くのこの社会の紛争で、「事件化」の不正義が登場し、そこに弁護士が深くかかわっている現実があることを、われわれは警戒せざるを得なくなっている、とみるべきなのです。「改革」は、そうした弁護士を排除するどころか、生み出しているのではないでしょうか。

 冒頭のような、「国民のため」という「改革」の発想の先に登場した、「事件化」の社会。ただ、この「改革」推進者が求めたそうした社会は、このままでいくと、困ったことに、結局、その「改革」を受け入れた市民が「求めた」社会ということにされてしまいかねません。「そんな話は聞いていない」「こんな社会を求めたわけではない」。そういう声と目線を、この現実に今、向けなければなりません。


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