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【読書感想】弱いつながり 検索ワードを探す旅

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弱いつながり 検索ワードを探す旅


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弱いつながり 検索ワードを探す旅

内容紹介


グーグルが予測できない言葉を手に入れよ! 統制されたネット時代に「かけがえのない生き方」は可能か?著者初の挑発的人生論


人間関係を大切にするな! 友人に囚われるな!


「かけがえのない個人」など存在しない。私たちは考え方も欲望も今いる環境に規定され、

ネットの検索ワードさえもグーグルに予測されている。

それでも、たった一度の人生をかけがえないものにしたいならば、環境を意図的に変え、

グーグルに与えられた検索ワードを裏切っていくしかない。

それを可能にするのが身体の移動であり、旅であり、弱いつながりなのだ――。

人生に自由と強度を与える「偶然性」と「ノイズ」へ向かう道筋を示す。

これ、東日本大震災の際に、早々に東京を「脱出」した東浩紀さんの「言い訳」みたいな内容ではないか、と予想しつつ読み始めたのですが、さすがにそんなことはありませんでした。

「検索している側のほうが、ビッグデータの一部にされ、『自分が好きなはずのものの方向へ』誘導されている」という現実に対して、どう向き合っていけばいいのか、それが書かれている本です。

 ネットは階級を固定する道具です。「階級」という言葉が強すぎるなら、あなたの「所属」と言ってもいい。世代、会社、趣味……なんでもいいですが、ひとが所属するコミュニティのなかの人間関係をより深め、固定し、そこから逃げ出せなくするメディアなネットです。

 グーグル検索のカスタマイズは、すでにかなり進化しています。あなたがなにか調べ物をするとき、「○○さんだったらこんなことを知りたいだろう」とまえもって予備検索をしてくれる。この技術は今後ますます進むでしょう。自由に検索をしているつもりでも、じつはすべてグーグルが取捨選択した枠組みのなか。ネットを触っているかぎり、他者の規定した世界でしかものを考えられない。そういう世界になりつつあります。

 とはいえ、ぼくたちはもうネットから離れられない。だとすれば、その統制から逸脱する方法はただひとつ。

 グーグルが予測できない言葉で検索することです。

 ではそのためにはどうすればよいか。本書の答えはシンプルです。場所を変える、それだけです。

 僕たちはもう、「検索すること」から、逃げられない。

 なんでも検索すればわかる世界は、逆に、「検索しなかったものは、わからない世界」でもあります。

 グーグルは、あなたを快適にするために、さらに「あなたが好きなもの」「検索しそうなもの」を、さらに検索しやすくなるような仕組みをつくりあげているのです。


 新しい世界を知るには、新しい検索ワードを見つけなければならない。

 そのためには、「場所を変える」「環境を変える」のが最も簡単な方法なのだ、と著者は述べているのです。

 ぼくらはいま、ネットで世界中の情報が検索できる、世界中と繋がっていると思っています。台湾についても、インドについても、検索すればなんでもわかると思っています。しかし実際には、身体がどういう環境にあるかで、検索する言葉は変わる。欲望の状態で検索する言葉は変わり、見えてくる世界が変わる。裏返して言えば、いくら情報が溢れていても、適切な欲望がないとどうしようもない。

 いまの日本の若い世代――いや、日本人全体を見て思うのは、新しい情報への欲望が希薄になっているということです。ヤフーニュースを見て、ツイッタ―のトピックスを見て、みんな横並びで同じことばかり調べ続けている。最近は「ネットサーフィン」という言葉もすっかり聞かれなくなりました。サイトから別のサイトへ、というランダムな動きもなくなってきていますね。

 ぼくが休暇で海外に行くことが多いのは、日本語に囲まれている生活から脱出しないと精神的に休まらないからです。頭がリセットされない。日本国内にいるかぎり、九州に行っても北海道に行っても、一歩コンビニに入れば並んでる商品はみな同じ。書店に入っても、並んでる本はみな同じ。その環境が息苦しい。

 国境を越えると、言語も変わるし、商品名や看板を含めて自分を取り巻く記号の環境全体ががらりと変わる。だから海外に行くと、同じようにネットをやっていても見るサイトが変わってくる。最初の一日、二日は日本の習慣でツイッタ―や朝日新聞のサイトを見ていても、だんだんそういうもの全体がどうでもよくなっていく。そして日本では決して見ないようなサイトを訪れるようになっていく。自分の物理的な、身体の位置を変えることには、情報摂取の点で大きな意味がある。

 というわけで、本書では「若者よ旅に出よ!」と大声で呼びかけたいと思います。ただし、自分探しではなく、新たな検索ワードを探すための旅。ネットを離れリアルに戻る旅ではなく、より深くネットに潜るためにリアルを変える旅。

東さんは「ネットに惑わされず、リアルに帰れ」というわけではなく、「ネットライフを充実させるため、現実の環境を変えろ」と言っているのです。

「何それ?」と最初は思ったのですが、あらためて考えてみると、同じような生活をしていると、同じようなサイトを巡り、同じような言葉を検索してしまうんですよね、とくに意識もしないまま。

そして、「自分が好きなもの」に囲まれ、興味がないものに対しては、その存在すら忘れてしまう。

「いざとなったら、ネットで調べればいいんだから」と思っているけれど、「何を調べたらいいのか」が、なかなか思い浮かばない。

たしかに「旅に出る」とすれば、行き先の情報を調べますよね。

その多くは、そこに行こうと思わなければ、調べなかったことのはず。


この本のなかで心強かったのは、東さんが「気合いの入った旅」を求めていないところでした。

 家族でも秘境に行けるようになった、というと、そんなに秘境じゃないというひともいるでしょう。しかし、ヒッチハイクで移動しユースホステルに泊まるような旅行は、そもそも若い健康な独身男性を標準にした旅のスタイルなんです。自分探しの旅は元気でないとできない。たしかに観光地はオリジナルの良さをなくすかもしれないけど、子どもや高齢者や障害者など、そうしないと行けないひとがたくさんいる。その意味では観光地化はいいことです。

 観光なんてものごとの表層を撫でるだけだから、観光で行くぐらいならむしろ行かないほうがましだというひともいます。しかしそれは違うと思います。表層を撫でるだけだろうとなんだろうと、どこかに「行く」というのは、それだけで決定的な経験を与えてくれることがある。ぼくはそれを、まだ学生のころ、アウシュヴィッツを訪れたときに感じました。

 この後、東さんのアウシュヴィッツでの体験が語られるのですが、他者からみれば「ありきたりのパッケージツアー」でも、当事者にとっては、かなりのインパクトを受けることって、少なくありません。

 その場の「空気」というのは、テレビ番組やネットの情報ではわからないし。

 海外旅行に出かけることが簡単になり、ネットで多くの人が情報を発信する時代になって、多少の「珍しい旅行」くらいでは、誰も驚かなくなってしまいましたが、それでも、自分の知らない世界を覗いてみるというのは、その人自身にとっては大きな体験になるのです。

 「冒険」じゃなくても、その人が置かれた環境なりで、良いんじゃない?

 ツアーでも、豪華ホテルに泊まっても、無意味なんてことはない。

 むしろ、そういうふうに決めつけて、同じところから動かないほうが、機会の損失になっているのです。

 たしかに、それなりに安くて、それなりに安全・快適な海外旅行って、けっこうありますものね。


 この本のなかで、いちばん印象に残ったのは、この文章でした。

 いまはソーシャルメディアの時代と言われます。そこでは他人の評価が富に変わると言われます。評論家の岡田斗司夫さんは、そんな社会を「評価経済社会」と呼び高く評価しています。

 しかし、そこでの評価とは、サイトのページビューやツイッタ―のリツイートやフェイスブックの「いいね!」の数のことです。そしえ、その数を増やすのは、純粋に体力勝負のところがあります。むろん、投稿者が何も努力しなくても、自然と大きな注目を集める事例もあります。しかし、たいていの場合は、露出の数が多ければ多いほど確実に注目度は上がります。ツイッタ―にしてもフェイスブックにしてもメルマガにしても、更新の頻度が高ければ高いほど読者は増えるし、評価も高まります。

 その行き着くさきはたいへん悲しい世界です。ぼくはいまゲンロンという小さな会社を経営しています。会社の売り上げを伸ばすためには、じつは、ぼくが、ずっとネットに張り付き、ブログを更新しツイッタ―をやり続けるのが効率的です。実際、同じような理由で、ネット系の言論人たちは、みなできるだけ長い時間ネットに張り付き、できるだけコンテンツを小出しにして発信するようになっています。メルマガの購読者数やダウンロード数を上げるため、必死にリツイートを繰り返し、ニコ生で宣伝を繰り返すそのすがたを見ると――ぼくもそのひとりではあるのですが――、アメリカ生まれのソーシャルメディアが日本ではじつに古くさい「どぶ板選挙」に変わってしまったように思い、憂鬱なきもちになります。そこで行われているのは、新しいコンテンツ発信でもなんでもない、純粋な体力の消耗戦です。

 本当に新しいコンテンツ、本当にすばらしいコンテンツは、決してそのような消耗戦からは出てきません。「いまここ」の売り上げを最大にしようとすればするほど、ひとはすぐ体力勝負に巻き込まれます。

 うーむ、結局は「ネットによる言論の世界」も、「フラットな議論の場」というより、「純粋な体力の消耗戦」になってしまっているのです。

 まさに「どぶ板選挙」。

 そうなると、やはり、既存の勢力が有利なわけで。

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