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長崎市長批判の自民党議員・土屋正忠氏は、元武蔵野市長

12日付の中日新聞に、「長崎市長の平和宣言 批判 自民議員 集団的自衛権言及で」
という記事が載った。
自民党の議員が「核廃絶の祈りではなく、平和を維持するための政治的選択について語りたいなら長崎市長を辞職して国政に出ることだ」と書いたというから、地方自治のことなどまったく意に介しない国会議員なのだろうと思ったら、とても意外な方だった。

自民党の衆議院議員、土屋正忠さん。
強力で特色ある地方自治を築いてきた、東京都武蔵野市。その市長を長年務められた方だ。
土屋氏が優れていたのか、武蔵野市という自治体が優れていたのかは、わたしにはわからない。
けれど、「土屋市長」という名前は耳にしたことがある。
おそらく、地方自治という業界では随分名の知れた方だったはずだ。

土屋氏ご自身のホームページのプロフィールには、こう書かれている。
武蔵野市に育ち早稲田大学卒業後、市職員9年、市議8年を経て83年41歳で武蔵野市長となる。以来6期22年にわたって地方自治の現場から実践を通して強力なメッセージを全国に発信。地方行政改革の先駆けとなった市職員高額退職金是正問題、環境浄化条例、難航した吉祥寺駅前広場を土地収用法を適用して4年で完成、子育て支援施設0123、全国初のコミュニティバスのムーバス、自然体験学習セカンドスクール、介護保険改革、都に先駆けた生活安全条例等、政治と政策と経営が出来る真の意味の本格政治家。全国の若手市長の目標となっている。平成17年6月には、全国市長会都市政策研究特別委員会小委員会委員長を務め、都市と環境に関する提言を取りまとめた。
全国都市公園整備促進協議会会長、中央教育審議会義務教育特別部会臨時委員等を歴任。
“小泉郵政解散”による衆議院総選挙において『地方自治のエース』として選挙戦を戦い、初当選。自民党新人議員83人で構成された83(ハチサン)会会長。平成18年9月に発足した安倍内閣では総務大臣政務官に就任。


武蔵野市職員と市議会議員を経て、若くして市長になられた方だ。
地方自治の現場にあって通算39年。およそ、全国の地方自治体で起きる政策課題に全国のトップランナーで取り組んだ実践例は多数あると考えて間違いはないと思う。
当然、地方自治というものに精通されているはずだ。

そんな土屋氏が、被爆地の自治体の長に対して「祈り」は良い、けれど、国の「政治的選択」の話は市長の仕事ではないからダメ!と、やりたいなら、国会議員になれ、という意味のことを言った。

政治家は失言のあと、「真意が伝わらなかった」と弁解するが、今回の場合は自身のブログだから、そんなはずはない。
しかし、ブログを読んでも、真意は何かわからないから、逆に真意を知りたい。

地方自治に素人ではない土屋氏の言葉に対してではあるが、地方自治体の首長は、住民の意思を代表している。住民の意思を国に伝えなければならない。それは、国会議員の役割ではなく、自治体の長固有の役割である。
核廃絶への願いであろうと、国の「政治的選択」に関わる話であろうとも、それが住民の意思を代表するものであるのなら。

かりにそれが気に入らないとするなら、そのことに「ノー!」と言えるのは、国会議員ではなく、その自治体の住民だ。
だから、自治体の住民には、首長を罷免(リコール)する権限がある。
有権者は国会議員を罷免する権限を持たない。それは、国会議員は、住民の意思を代表するものではないからだ。

こうした理解の上に立って、わたしは自治体の住民と首長の関係を考える。首長は、国会議員になるよりも、首長であるほうが、住民意思を代表できる存在だ。

そういった意味では、今回の土屋氏の発言は、長崎市の住民意思、憲法に保障された住民自治の原則を軽んじる内容であると受け止める。

地方自治を知っているはずの土屋氏の真意を知りたい。

土屋正忠・衆議院議員(自民党)のブログ
広島、長崎の悲惨な原爆体験から、大勢の住民を無差別に殺害し負傷者も永らく後遺症に悩まされる核爆弾の悲劇を繰り返してはならないことは全国民の共通の願いであり、核廃絶は人類の目標である。

被爆地長崎市の市長が核廃絶を主張することは重大な使命である。

一方、世界中で紛争や軍事衝突が続き、平和を維持することの難しさを物語っている。

現に、日本の隣国にも核武装して「東京を火の海に」「アメリカにも核ミサイルの報復を」などと主張する北朝鮮のような国家も存在する。

同じ今日、アメリカはイラク国内の過激派「イスラム国」基地を空爆した。

核の悲劇を繰り返さないためにも、現実に立って抑止力を有効に組み立てることが政治の責任もった選択なのである。集団的自衛権も現実政治の選択肢の一つなのだ。

長崎市長は歴史的体験を踏まえた核廃絶について語るから権威があるのだ。集団的自衛権云々という具体的政治課題に言及すれば権威が下がる。

核廃絶の祈りではなく、平和を維持するための政治的選択について語りたいなら長崎市長を辞職して国政に出ることだ。


参考・武蔵野市政の歩み(Wikipediaより)
1966年(昭和41 年)7月 - 福祉会館完成。
1967年(昭和42年) - 全国初の児童扶養手当制度開始。学校給食共同調理場(現・桜堤共同調理場)事業開始。富士高原学園が完成。

1968年(昭和43年) - 市営西久保住宅が完成。武蔵野市開発公社が設立。10月、武蔵野市民会館開館。

1969年(昭和44年) 4月 - 荻窪 - 三鷹駅間高架完成。
11月 - 三鷹駅北口に世界連邦平和像(北村西望作)建立。
12月3日 - 吉祥寺駅北口に吉祥寺ステーションセンター「LONLON」(現:アトレ吉祥寺)オープン。

1970年(昭和45年) - 「公害排除都市」宣言。
1971年(昭和46年) - 吉祥寺大通りが開通。 9月 - 武蔵野市基本構想・長期計画(昭和46 - 55年度)を策定。
10月 - 宅地開発等に関する指導要綱制定(マンション規制)。
11月 - 吉祥寺FFビルB棟(伊勢丹吉祥寺店)オープン(翌年A棟がオープン)。

1972年(昭和47年) - 富山県利賀村と姉妹都市盟約(現南砺市と友好都市)。市営関前住宅完成。 7-8月 - 第1回むさしのジャンボリー実施(静岡県立朝霧野外活動センターキャンプ場)。

1973年(昭和48年) 1月 - 米軍施設グリーンパークが日本に返還される。
4月 - 「武蔵野市民緑の憲章」制定。
5月 - 障害児学級(べこのこ学級、いぶき学級)開設。

1974年(昭和49年) - 武蔵野市土地開発公社が設立。

1975年(昭和50年)2月 - グリーンパーク跡地を公園にする都市計画決定。

1976年(昭和51年)7月 - 市立コミュニティセンター条例が施行される。境南コミセンが開館。

1977年(昭和52年) 8月 - けやき橋通り立体交差完成。
11月 - 吉祥寺大通り全線開通。

1978年(昭和53年)4月 - 近鉄裏通りに防犯テレビカメラが設置される。
1979年(昭和54年) 3月 - 全市立小中学校校舎の鉄筋化完成。
4月 - 武蔵境駅南口駅前広場が完成。
5月 - 藤元政信市長就任。

1980年(昭和55年)8月 - 武蔵野市役所新庁舎が完成。
1981年(昭和56年) - 第二期基本構想・長期計画(昭和56 - 67年度)を策定。
1982年(昭和57年) - 「非核都市」宣言。西部図書館開館。武蔵野市少年自然の村(現武蔵野市自然の村)開設(長野県川上村)。
1983年(昭和58年) - 武蔵野市文化事業団発足。 5月 - 土屋正忠市長就任
9月18日 - 荒井源吉元市長が逝去。

1984年(昭和59年) - 武蔵野芸能劇場、市民文化会館が開館。クリーンセンターが稼動。
1986年(昭和61年)8月 - 玉川上水に清流が復活する。
1987年(昭和62年)3月 - 吉祥寺駅北口駅前広場が完成。保健センター、吉祥寺図書館が開館。
1988年(昭和63年)9月 - 第1回国際オルガンコンクール開催。
1989年(平成元年) 6月 - 都立武蔵野中央公園が開園。
8月20日 - 武蔵野開村百年記念花火大会が開催される。
11月 - 武蔵野総合体育館、武蔵野温水プールが完成。落成式典。

1990年(平成2年) - 吉祥寺・武蔵境市政センター設置。 10月 - 違法駐車の防止に関する条例を制定。
10月10日 - 第1回武蔵野市民大運動会が武蔵野陸上競技場で開催。

1991年(平成3年) - 中央市政センターを設置する。武蔵境駅南北自由通路が完成。
1992年(平成4年) - 乳幼児施設「0123吉祥寺」を開設。
1993年(平成5年) - 第三期基本構想・長期計画(平成5 - 16年度)を策定。 4月 - 第1回武蔵野桜まつり開催(武蔵野市民公園)。

1994年(平成6年) - 特別養護老人ホーム「吉祥寺ナーシングホーム」開設
現在の商工会館 1995年(平成7年) 3月28日 - むさしのFM(78.2MHz)開局。
4月 - 新・中央図書館が開館。
11月 - コミュニティバス「ムーバス」吉祥寺東循環が運行開始。

1996年(平成8年) 7月 - 武蔵野三鷹ケーブルテレビ開局。
9月 - 武蔵境駅北口再開発ビル「スイング」オープン。

1997年(平成9年) - 『むさしのリメイク - 武蔵野市緑の基本計画』策定。

1999年(平成11年) - 三鷹-立川駅間連続鉄道立体交差事業着工。テンミリオンハウス事業を開始。

2000年(平成12年) - 市役所がISO14001認証を取得。

2000年(平成12年) - むさしのみたか市民テレビ局放送配信開始 10月 - レモンキャブ運行開始。

2001年(平成13年) - 武蔵野三鷹ケーブルテレビコミュニティーチャンネルでの放送開始
仙川緑地に清流復活。「0123はらっぱ」、新商工会館、姉妹友好都市アンテナショップ「麦わら帽子」オープン
防災安全センター(市役所西棟) 2002年(平成14年) - 武蔵野市立吉祥寺美術館オープン。

2003年(平成15年) - 武蔵野三鷹地区保健衛生組合(武三保)が解散。 4月 - 古瀬公園内に「松露庵」オープン。

2004年(平成16年) - 吉祥寺駅周辺を路上禁煙地区に指定。家庭ごみの有料化・戸別収集が開始される。第四期基本構想・長期計画(平成17 - 26年度)を策定。

2005年(平成17年) - 吉祥寺シアターオープン。三鷹駅北口、武蔵境駅周辺を路上禁煙地区に指定。

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