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不妊症にビッグデータを。「Glow」の挑戦

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CDC(米疾病対策予防センター)によれば、米国では15歳から44歳の既婚女性のうち、1年の夫婦生活を経ても妊娠できない、いわゆる「不妊」に悩む女性が約6%、既婚、未婚に限らず、何らかの理由で妊娠するのがむずかしいか、妊娠の継続がむずかしい女性は約11%にのぼるという。

一方で、体外受精などの不妊治療に必要な費用を補てんするような保険制度があるのは50州中、15州とまばらだ。1回の体外受精にかかる費用は平均1万2400ドル(約124万円)で、通常1回の治療では妊娠にいたらない女性が多いというから、その経済的負担は重いといえる。

今回はそうした不妊の問題に焦点を当て、自然妊娠を目指す人たちを、ビッグデータによって支援する新興企業「Glow」をご紹介しよう。同社はビッグデータの処理や分析を行うことで、女性やカップルの性と生殖に関する健康を管理することを方針として掲げている。

また、自然妊娠に関する情報提供を行うアプリ「Glow」を提供。同アプリの運用を始めてから、4ヶ月で600万ドル(約6億円)の資金調達に成功したという。

妊娠に関する情報を通知してくれるアプリ

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「Glow」アプリの運用は昨年5月に始まった。はじめは妊娠を望む女性のみをターゲットとしていたが、その後妊娠に関する情報提供もスタートし、現在では「妊娠を望まない女性」も利用できるようになった。

アプリの基本的な機能は、利用者の日々の生活に関わるデータを蓄積、それを分析学者や医療の専門者などで構成されたチームが情報を分析し、各ユーザーに情報提供やアドバイスを行うというものだ。

利用者はまず、アプリに年齢や生理周期などの基本データを入力。その後は日々の体温や気分、食事や運動量などのデータを継続的に選択形式で入力していく。

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するとアプリが生理周期や基礎体温をトラッキングし、妊娠しやすい日を割り出したり、排卵のタイミングなどを通知したり、「ビタミン摂取を」などのアドバイスをしてくれるようになる。

生理周期や健康状態やライフスタイルは個々の利用者によって大きく異なるが、同アプリではこうした差異も考慮し、それぞれに合った提案を行ってくれるという。また妊娠を希望するカップルが体験談をシェアできるコミュニティ機能もある。

なお、Glowはこのサービスにより、4ヶ月で1000人以上の女性が妊娠した、との発表を行っている。また同社のサイトの「Success stories」には、利用者からの経過報告・結果報告が日々寄せられている。アプリの利用には毎日こつこつと情報を入力しなければならないため根気が必要になるが、不妊に悩んでいたり、妊娠について真剣に考えている利用者には大きな味方となるだろう。

さらに今年の7月には妊婦を対象とするアプリ「Glow Nurture」も公開された。こちらのアプリでは体重管理の仕方や必要な栄養素などそれぞれの体調にあわせた情報を提言したり、妊婦同士で情報交換する場を提供したりすることができるとのことだ。

自然妊娠しやすい健康管理法の確立を

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Glowの創業者には決済サービスPayPalの開発者として有名なMax Levchin(以下、レヴチン)氏が名を連ねている。レヴチン氏のビッグデータに対する熱い想いはこのPayPal起ち上げ当初にさかのぼり、情報の蓄積や分析がいかに人間の行動を予測するのに役立つかを学んだという。

2011年にはビッグデータの活用に特化した新しいプロジェクトや企業を発掘し、投資することを目的としてHVFという会社を立ち上げている。GlowというアプリはこのHVFから生まれ、企業として独立するにいたった。

"データを活用すれば、世界の多くの問題が解決できると信じている。よく知られた問題に取り組みたかったし、医療、特に不妊治療については世の中の人々が必要としているだけのサービスを十分に受けられていないと感じたんだ"

レヴチン氏らは、Glowアプリを提供し、月経周期、性生活、精神状態及びダイエットなど、妊娠に影響を与えうる膨大な量のデータを蓄積することを考えた。

これらのデータを分析すれば、もっとも妊娠しやすい日付を知らせたり、子宮内膜症など不妊につながるような病気の可能性について指摘したり、ゆくゆくは自然妊娠しやすい健康管理法を世の中に広めたりすることが可能になるためだ。

またこうした自然妊娠サポートが効果を示すようになれば、医療費を抑えることもできるようになる。

体外受精は多胎妊娠の可能性が高い。その結果、合併症などのリスクを伴うこともあり、医療費を押し上げる。その点、自然妊娠しやすい健康管理法を確立できれば、リスクの少ない妊娠を増やすことができ、結果として医療費の削減につながる、というのがレヴチン氏らの考えだったのだ。

より多くのユーザーを募るための2つの取り組み

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データを数多く集めるには、当然それだけ多くの人々にアプリを活用してもらわなければならない。そこでGlowでは、他の妊活アプリとの差別化をはかり、新規ユーザーを取り込むために2つのユニークなサービスを行っている。

1つめは「Glow First」という、不妊治療を望む女性やカップルの医療費を埋め合わせする保険のような仕組みのサービスだ。

利用者がGlow Firstに登録すると、10か月間、毎月50ドル(約5000円)を支払うことになる。この500ドル(約5万円)のお金は同時期に登録した他のユーザーのものと一緒にプールされる。

プールされたお金は10か月を過ぎても妊娠しなかったユーザーの間で分配され、不妊治療の費用を補てんするために使われる。つまり、Glowのアプリを使って妊娠しなかった人たちをサポートするクラウドファンディングなのだ。

2つめは企業向けのサービス、「Glow for Enterprise」だ。こちらは「Glow First」で個人が支払っているお金を、会社が負担してくれるサービスと考えると良いだろう。

同サービスに参加した企業は福利厚生の一貫として、Glowアプリの利用を従業員に呼び掛け、通常なら毎月50ドルかかるGlow Firstの費用を従業員の代わりに支払ってくれる。

従業員は妊活などのプライベートなことについて上司に相談する必要はない。アプリをダウンロードし、職場のeメールアドレスか給与明細書の写真をGlowに送れば、期間内に妊娠できなかった人は支援金を得ることができるようになる。

なお、企業側が知ることのできる情報は、Glow Firstを利用している従業員の総数のみ。どの人がアプリを使っているか、どのような経過かといったプライバシーは守られるとのことだ。

福利厚生の充実は優秀な人材を確保するうえで欠かせない。特にまだ名前が知られていないベンチャー企業にとってはユニークな制度の導入は知名度を高める良いチャンスにもなり得る。現時点でこのサービスには6社の企業が参加しているという。日本でも知名度の高いEvernoteもその1社として名を連ねている。

健康に関するビッグデータの管理法

晩婚化、晩産化がすすむ日本でも不妊治療についての関心は高く、その費用の高さなど米国と重なる現状がある。Glowがユーザーを取り込むために打ち出したGlow FirstとGlow for Enterpriseという2つのサービスは日本のカップルにとっても魅力的に映るはずだ。

また、Glowが経営方針として掲げる女性やカップルの健康管理にビッグデータをどう反映させていくのかは注目したいところである。

一方で、こうした個人の健康に関係する情報を一企業がどうやって管理していくのかという法律の枠組みは米国でもまだ整っておらず、ビジネスが先行していることに警鐘を鳴らす弁護士やプライバシー擁護派も多い。アプリ開発会社が匿名化された情報を広告主や製薬会社、保険会社に販売したケースも過去にあったという。

Glowが扱うような情報は特にプライベートなものが多く含まれるが、その保護は企業が定める利用規約に頼っていて、企業が変えようと思えばいつでも変えられるものだ。他の企業に買収されたり、倒産したりしても、変更される可能性があり、ユーザーは意図に反して情報が流出するリスクに常にさらされることになる。

さらに、こうしたビッグデータをより有効に活用するには、医療機関や行政との情報共有も想定されるが、たとえ匿名化した情報であっても、二次利用をする場合にどうやって本人の同意をとっていくのかなど、社会を巻き込んだ議論も今後必要となりそうだ。

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