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ここ数日に感じ、また語ったこと

(一)
 二十四日の午後十一時から、NHKTVで、「日本人は何を目指してきたのか知の巨人たち④22歳の自分への手紙司馬遼太郎▽小説家の原点は敗戦の日の衝撃▽「龍馬が行く」誕生「坂の上の雲」その後▽ノモンハン事件の謎」という長い表題の一時間半に及ぶ番組を放送していた。

 番組の冒頭、あの司馬さんが語った。
「終戦の日、なんという馬鹿なことをしたのだろうかと思った」
 この「衝撃」が、小説家司馬遼太郎の「原点」であると彼は語り、NHKの番組も、この「原点」に基づいて流れていった。

 大東亜戦争ーなんという馬鹿なことーをしたのだろうか、というのが司馬遼太郎の小説の「原点」ならば、彼は、我々が現在、そこから脱却しなければ我が国家の存続を確保できないと思い定めている「戦後という時代」の代表的作家である。即ち、「国民的作家」だ。

 学生寮に住んでいた二十歳代の頃、司馬遼太郎の「龍馬が行く」や「坂の上の雲」また「国盗り物語」などをよく読んだ。

 三十歳代の後半に入った頃、馴染みになったキタ(大阪の繁華街)のスナックのカウンターに座っていると、顔見知りの初老の紳士が、「司馬遼太郎の、言うてること、だんだん鼻についてきたなあ」と言った。

 その人は、司馬遼太郎と同じ世代の方だった。私は、世代は違うが、「鼻についてきた」というその方の表現が実に適切だと思った。

 司馬さんと同じ世代は、陸軍士官学校でいえば、五十六、五十七および五十八期であろう。

 私の知っている陸士のこの期の人々は、岳父も含めて戦争のことは語らなかった。そして、司馬さんもNHKの番組で、戦争のことは語らなかったと言われていた。

 しかし、司馬さんは、実に、実に、よく語ったではないか。

 何しろ、「なんと馬鹿なことをした」=「敗戦の衝撃」が、小説家司馬さんの「原点」なんだから、必然的に彼の小説は、如何に「馬鹿なことをした」かを、繰り返し繰り返し、バッハの曲のように奏でることになる。

 それは、つまり、司馬さんと同世代の従軍兵士や戦死者が「馬鹿なことをしたなかで死んでいった」と繰り返すことに他ならない。

 スナックのカウンターで、司馬さんの同世代から、「鼻についてきた」と聞いたときから、自然に司馬さんの講演や評論に触れなくなった。そのうちに、我らはこの「国民的作家」を失った。

 とはいえ、司馬遼太郎は、私の二十歳代によく読んだ懐かしい小説家である。

 特に、三島由紀夫が市ヶ谷台で自決した翌日の毎日新聞朝刊に掲載されていた司馬遼太郎の評論の鋭さには舌を巻いた。抜群の力量であった。

 それで、NHKの放送があった翌日、本棚に司馬さんの随筆「ある運命について」があったので取り出して少し読んだ。

 冒頭の広瀬武夫を描いた司馬遼太郎独特の表現が「鼻につく」という表現を思い返させてくれて懐かしかった。
「広瀬は単に存在したのではなく、濃厚に江戸期を背負っていた・・・それらが発酵し、さらにくだって明治中期までに成人したひとびとのなかでさえしばしばそれが蒸留されつづけていることを見出す。そのうちの一滴が広瀬であると思うと、彼の精神のひびきを伝える詩文は、すべて後世においてもはや再生されることはない。」
 次に、「旅順と日本の近代の愚かさ」という表題の随想。
「日露戦争における旅順要塞の攻撃というのは、日本が西洋の思想と、知識でもってではなく肉体でもって激突した最初の体験といっていい。」
というこれまた独特の表現で始まる。

 そして、続く。
「軍人というものが戦争の専門家であるとすれば、なぜこんなばかな戦争指導をしたのか、いま考えても薄気味悪いほどの無能さというほかない。」
 これ以降は、読むのを止めた。読まなくとも分かる。

 なお、戦車隊の士官となった司馬遼太郎さんは、陸軍戦車学校に学んだ。その時の教官は、池田末男大佐だった。

 池田大佐は、司馬さんが「なんと馬鹿なことをした」と慨嘆した終戦時、千島最北端の守占島にいた。そして、池田大佐と彼が率いる六十四両の戦車を擁する戦車第十一聯隊には、司馬さんのように「慨嘆」に浸る暇はなかった。翌々日の八月十七日、ソビエト軍が約一万の兵力で守占島に武力侵攻してきたからである。

 池田末男大佐は、聯隊を率いて勇戦奮闘して戦死する。

 龍馬を描き、日露戦争における秋山好古を描いた作家である司馬遼太郎は、何故、終戦後に北の果ての孤島で敢闘した勇者、戦車学校の教官であり戦車第十一聯隊長池田末男大佐を描かなかったのか。

 これを司馬さんに聞いてみたい。

 これから、司馬遼太郎さんに関しては、「台湾紀行」をはじめとする「街道をゆく」シリーズだけを読み返してみようと思う。

(二)
 ウクライナ東部におけるマレーシア航空機撃墜事件について。

 今の段階で直ちに、親ロシア武装勢力の「犯行」であると思い込んではならない。

 調査は、まだ行われていない。

 調査結果が出てからでも遅くはない。
 
 今一度、アメリカという国家の癖を振り返る。

 アメリカは、世論を味方に付けるために、よく自作自演をする。

 スペインとの開戦に際して、メイン号を自沈させてスペインがしたと見せかけ、「メイン号を忘れるな」をスローガンにして戦争に突入した。

 ベトナムへの本格的軍事介入に際し、自作自演のトンキン湾事件をでっち上げ、それを切っ掛けに軍事行動を起こした。

 日本とドイツとの開戦に際し、真珠湾奇襲を知っていたのに騙し討ちを受けたように装って、「パールハーバーを思い出せ」をスローガンにして国内世論を開戦に向けさせた。

 そもそも西部劇を見ても、アメリカ人は、インディアンの土地を奪うのに、インディアンを悪者にしてから奪う。

(三)
 昨日、五十人ほどの経営者の皆さんに話をした。

 平成十四年九月十七日の小泉総理と北朝鮮の金正日との「日朝平壌共同宣言」の目的と内容を今こそ再確認すべきだ。

 なぜなら、この度のストックホルムから北京にかけた一連の日朝政府間協議において、冒頭に「日朝平壌宣言」に則ることが合意されているからである。

 では、「日朝平壌宣言」とは何か。

それは、我が国が北朝鮮に金を支払って国交を樹立する為の宣言である。北朝鮮によって拉致された日本人救出は、この「宣言」の目的ではない。また、北朝鮮が、この「宣言」で約束した核開発の停止とミサイル発射のモラトリアム(延期)は、全て見事に破られている。

 従って、この度も、既に北朝鮮が破っている約束を掲げた「日朝平壌宣言」をこれからの交渉の要として謳っているということは、この度の政府間協議も、主目的は国交樹立であり、拉致被害者救出ではないということである。

 これ、拉致被害者にとって「最大の危機」である。

 次に、中東のイスラエルとハマスについて。

 ハマスがミサイルをイスラエルに向けて発射しているガザ地区において、なぜ、イスラエルの攻撃によって多くのガザ地区の子供達が被害を受けるのか。

 それは、ハマスが、子供達のいる地域からミサイルをイスラエルに撃ち込むからである。

 そして、その発射地点を潰そうとイスラエルがミサイルを撃ち込んでくることを予知してマスコミのカメラが待機している。これが、傷ついた子供達の生々しい映像が撮影され世界に流されるからくりである。

 イスラエルだけを責めてことが解決するのではない。

 ハマスは、人間を楯としてはならない。

 我が国における地理感覚でいえば、川崎市から、横浜と東京に、ミサイル千発が撃ち込まれているとき、それを放置して国が維持できるであろうか。

 イスラエル首相のネタ二エフは、イスラエルという国家を護り維持するために、即ち自衛権に基づいて、ハマスのミサイル発射基地を潰そうとしている。

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